~伝えたいよ、この気持ち~
心輝が今、猛る。
白き炎を身に纏い、これ以上に無い闘志を漲らせながら。
対するギューゼルはもはや戦慄を隠せない。
まさに不死鳥の如き登場を果たした存在を前にして。
ただ、驚いている理由はきっとそれだけでは無い。
先程、ギューゼルは宣った。
茶奈や心輝には己の防御を突破出来る力は無いのだと。
それでも茶奈が突破出来たのは、【アストラルエネマ】という特殊技能があったからで。
その出力を前にすればそう至るのも必然だったのだろう。
でも心輝は違う。
そんな特殊技能も無ければ、特別命力が高い訳でも無い。
戦闘技術に優れている訳でも無ければ、それほど信念が強い訳でも無い。
なら何故か。
それがわからない。
わからなくて、理解出来なくて戦慄している。
長年生きて来て初めて見る体験だったからこそ。
「なんなのだ、キサマはッ!!」
ただ、そうであろうとも負ける訳にはいかない。
そんな想いがギューゼルを突き動かさせる。
破片を撒き散らしながら、壁に埋まったその身を押し出して。
目の前の敵に再び闘志を燃やして。
ただし、その目の前の敵とやらは既に懐だが。
「なんッだとッッ―――」
無駄の無い、鋭い接敵だった。
音も無く、認識させる間も与えない程の。
いや違う。
音を感じさせるより、ただ速いだけだ。
バグォンッッッ!!!
ただ愚直に、ただ真っ直ぐに。
そうして突き出された拳が、ギューゼルの腹へと捻じり込む。
「グゥオアアアッ!!?」
あの心輝が再びギューゼルの防御を貫いた事によって。
それを体現する力が、白炎にあったからこそ。
そしてその勢いは留まる事を知らない。
たちまち反動を利用した拳一閃がギューゼルの胸甲へと打ち込まれる。
ガッキャァァァーーーンッ!!
そこはさすがの魔剣装甲か、砕く事は出来ない。
それでもその衝撃、打撃は内部にまで響き渡る。
ギューゼルに再びの吐血を誘発する程に激しく。
魔剣【マルクアルグ】は確かに圧倒的な防御力をもたらしてくれるのだろう。
しかしそれは決して全てを防いでくれるという訳ではない。
衝撃や熱、慣性などの副作用は受け流してくれないのだ。
その性能だけで言えば、魔装よりもずっと簡素と言える。
それらも強靭な肉体があればこそ。
強靭な肉体ならば、その様な作用など跳ね返す事が出来るだろう。
だがそれが今、貫かれた。
ならばもう、魔剣の防御力に意味など成しはしない。
たちまち胸元がメキメキと軋みを上げていて。
「ごぉふッ!!」
白炎で焼ききれない程の吐血が吹き出し、心輝へ降りかかる。
それだけの威力が今の二連撃にあったからこそ。
でも。
それでも。
なおギューゼルは諦めない。
その二連撃の直後、影が心輝を覆う。
巨体が強引に前傾し、巨大な頭を振り下ろしていたのだ。
ガッゴォッ!!
強烈な頭突きである。
手足に限らず、頭までをも殺傷武器へと換える。
体を強靭とさせる魔剣あってこその攻撃と言えよう。
その衝撃は凄まじく、万全状態ははずの心輝を床へと叩き付ける事に。
しかもそんな心輝へと更なる追撃が。
巨大なつま先を蹴り込んでいたのだ。
ドッッゴォォッッ!!!
例え弱っていようが関係無し。
力を振り絞って打ち抜けば、心輝の体など砕くに容易い。
直後にはその体が再び壁を跳ねて宙を舞っていく。
先程の光景にデジャヴを重ねてしまいそうな力無き姿で。
「オグ、うゥお……」
ただ、ギューゼルも満身創痍だ。
素直に喜べない程に。
立つ事さえ苦痛を伴う程に。
とはいえ、これで魔特隊三人組は全員倒れた。
ならばもう憂いは無いだろう。
そう、思っていた。
そう思っていたのに。
その認識は間も無く、塗り替えられる。
「ハァァァーーーーーーッッ!!!」
なんと茶奈が、構内の奥から駆け抜けてきていたのである。
それも、先程にも劣らない極光裂波の超速度で。
「あ、あああッ!?」
故にこの時、ギューゼルは恐怖した。
長い年月を経て忘れていた感情を取り戻したのだ。
【魔烈王】の銘を冠してから抱く事も無かった感情を。
その感情が巨体を退かせる。
本能が、感情が、異常信号を発した所為で。
「なっ、なぜだあッッッ!!??」
茶奈の足は先程折ったはず。
なのに今、全力疾走で迫ってきている。
〝人間ではない、化け物か〟
〝コイツも不死身なのか〟
そんな疑念が異常信号を発したのだ。
有り得ない、常識を超えた存在が迫って来るのだと。
そこから予感したのは、終わりなき猛攻。
自分が倒れるまで終わらない、永遠に勝てない戦いだ。
そう予感させる程に、茶奈達の勢いが凄まじかったからこそ。
「なぁぜだァァァーーーーーーッッッ!!!??」
それでも応じなければならない。
戦いを辞める訳にはいかない。
脅迫概念にも近い衝動が、ギューゼルの身を絶望のままに揺り動かす。
間も無く裂光拳が肩に撃ち込まれ、骨が、筋肉が軋んで砕けて千切れゆく。
それでもなお意思が抗う事を止めず、その身を回しては裏拳を見舞って。
弾いて退かせば、またしても驚愕が襲い来る。
心輝が、空からまたしても飛び掛かって来たのである。
しかも更に強大な白炎を巻き上げて。
炎が体を焼き、打撃が肘を貫く。
それでもなお抗い、叩き飛ばして。
その間にも茶奈が膝を打ち、腰を落とさせる。
それでもなお抗い、地面に叩き伏せて。
それでもなお、二人が飛び掛かって来る。
止まらない。
終わらない。
何度叩いても、打ち上げても。
殴っても蹴っても握り潰しても。
幾度二階の彼方に吹き飛ばそうとも、何度も帰ってくる。
その現実を前にして、ギューゼルの顔がとうとう絶望の蒼白へ。
いっそ負けた方が良いのではないか、そう思えてしまう程に。
しかし体は止まらない。
本能が止めてくれない。
きっと四肢が千切れても止まらないのだろう。
そんな自身の培ってきた本能さえもが恐怖を押し上げる。
「あ、あり、えん……こいつらは、本当に、不死―――はッ!?」
だがこの時、遂にギューゼルが気付く。
茶奈達の不死身の秘密、そのからくりに。
その根源であろう存在に。
迫る相手が〝二人しか居ない〟という事実に。
「まさか……まさかあッ!!」
その直感が、予感が、再び体に力を取り戻させて。
たちまち身を屈ませ、一気に宙へと飛び上がる。
茶奈が慌てて見上げるその中で。
そしてギューゼルは見た。
そのからくりの正体を。
瀬玲が心輝に命力を送り込むその姿を。
「やばっ、バレたッ!!」
そう、全ては瀬玲の企み通りだった。
やられたフリをして二階に潜んでいて。
【連鎖命力陣】によって二人を即時再生し、密かに送り込んでいたのだ。
この秘術の強みは何と言っても驚異の治癒能力だろう。
傷を負って間も無くならば、即時に元の形へ戻す事が出来る。
体が、意識が傷を認識していないからだ。
しかもおまけに命力の補給まで容易に行えるという。
そこに茶奈が入れば、無限の命力を循環させて全快可能で。
後は繰り返し交互に治癒させるだけで、この戦術は完成する。
そう、これが瀬玲の示した作戦。
圧倒的な格上を相手にする為の捨て身戦法。
その名も、【魂を敵に捧げよ】作戦。
常に全力でぶつかり、打ちのめされても再生して繰り返す。
そうすれば如何な相手だろうといつかは力尽きるだろう。
茶奈達の強靭な精神力だからこそ出来る、常軌を逸した戦術なのである。
「ま た し て も キ サ マ かあああーーーーーーッッッ!!!!」
しかしそんなからくりを見せつけられて、ギューゼルが猛らない訳も無い。
残る力を振り絞り、跳び上がった勢いのままに瀬玲達へと飛び掛かる。
バッギャァァァン!!!
間も無く拳が二階床を打ち抜き、破片を撒き散らす事に。
もちろん、瀬玲も心輝も避けた後だが。
とはいえもうギューゼルの猛りは収まらない。
その眼は離れ飛ぶ瀬玲一身にむけられたままだ。
欺かれれば怒りもしよう。
例えその秘術の正体を知らなくとも。
ここまで追い詰められたのならば当然だ。
「貴様が何をしたのか知らぬがァッ!! バラバラに引き千切ってしまえばもはや何も出来ぬゥーーーッ!!」
満身創痍であろうとも、今の瀬玲を砕くには充分な力が残っている。
ならばその力を振り絞って瞬殺すればいい。
その猛りが遂に瀬玲へと身を跳び込ませる事に。
でも、こうして飛び込んだのはギューゼルが何も知らないからだ。
瀬玲がそれさえも想定出来る、したたかな女であるという事を。
掴み取らんばかりの勢いで、ギューゼルの両腕が瀬玲に迫る。
壁に追い詰められた瀬玲へと向けて。
そうして肉迫した時に初めて気付くだろう。
追い詰めていたのが自分ではなく、瀬玲だったという事に。
その不敵な笑みを前にして。
ギャギャギャギャァァァンッ!!!
この時、突如として二人の空間が烈風音と共に虹色へと包まれる。
なんと壁から無数の光刃が突き出してきたのだ。
それも瀬玲だけを避け、ギューゼルの各所を貫きながら。
そう、これも瀬玲の張った罠の一つ。
その正体は、無数の光槍を一挙に突き刺す【幻虹閃光陣】の応用だ。
それも魔剣無しで実現するという。
戦闘当初にこの技を使っても、きっとバラバラに砕かれるだろう。
しかし今は違う。
茶奈と心輝がこれ以上に無く弱らせていたからこそ、砕く事はままらない。
それどころかまともに動く事さえ出来ず、笑みを向ける瀬玲を前にして唸りを上げるのみ。
しかもそこに、心輝の炎の縄もが加われば―――もはや不動は免れない。
「ぐぅおおおッッ!!?」
「今だあああーーーッ!!」
「茶奈ーーーッッ!!」
でもこれらは所詮、前準備に過ぎない。
魔特隊が勝利を収める為の。
決定的な一撃を与えるのは他でも無い―――茶奈だからこそ。
この時、茶奈が階下で携えるのは魔剣。
半月の刃を持つ杖型魔剣【イルリスエーヴェ】だ。
しかしてその特異な形状は決して砲撃を行う為のものではない。
茶奈の弱点である白兵戦を補う為の、いわば前衛的意匠だからこそ。
その刃が象る力の形こそ、万物を斬り裂く刃となろう。
この時顕現せしは、超巨大光刃。
己の身の何十倍もあるという、裂断不可避の輝光大刀である。
その輝き、太陽が如し。
その威力、推し量れず。
それこそ【エベルミナク】の光刃など話にならない。
勇の【片翼の光壁】さえも圧倒する程に強大無比。
その様な刃が今、茶奈の意思の下に振り上げられる。
二階床を裂いて、建物をも裂いて。
何もかもを消し飛ばし、ギューゼルへと迫り行く。
「う、お、おあああ!!?」
圧倒的な力を誇っていた鬼神を今、断ち切る為に。
ズガゴゴゴッッッ!!!!
そしてその巨大刃が振り上げられた時―――
ギューゼルの両腕が遂に、一刀の下で断ち切られたのだった。




