~忘れてしまいたくないから~
茶奈達とギューゼルの戦いが熾烈を極めていく。
目にも止まらぬ猛攻を続ける茶奈達と、それに対し怯む事無く反撃を奮うギューゼル。
そんな彼女達の戦いは既に外から丸見えで。
人間離れした攻防を前に、誰もが絶句する様子を見せていた。
「なんなんだよあれ、人間技じゃねぇ……」
「あれが魔特隊……」
スマートフォンを掲げ、動画を撮る者も少なくは無い。
でも恐らく、そんなちっぽけなカメラで撮れる動画などたかが知れている。
いや、恐らくは報道陣が誇るテレビカメラでさえも全ての事象を捉える事は叶わないだろう。
それも当然か。
肉眼で見ても何が起きているのかわからないのだから。
光と炎が渦巻き、残光が糸を引いて。
爆風と爆音と、衝撃波が耐えず入り口付近を揺らして響かせる。
そう至れる理由がわからなければ、理解する事など到底不可能だ。
「まさかあれほどとはッ!?」
「あのギューゼル殿が……お、押されているのか」
むしろ理解出来る領域に至る者はこの場には居ないだろう。
門番として立ち塞がっていたあの二人の魔者でさえも例外無く。
目の前の出来事を前にして、思わず腰を退かせる姿が。
この二人も間違いなく強者である。
魔者の王と同等レベルの実力者だ。
そんな彼等が今、慄いている。
彼等もまた恐ろしいのだろう。
茶奈達の驚異的な戦闘能力が。
巻き込まれれば間違いなく命は無いのだと。
でも人々はまだ知らない。
この魔者達も知らない。
茶奈達もギューゼルもまだまだ上がるのだという事を。
「オオオオーーーーーーッッッ!!!!!」
その時、突如として叫びが場に響き渡る。
外の喧騒さえ掻き消す程の重く低い雄叫びが。
ギューゼルがまたしても咆えたのだ。
先程茶奈と心輝を跳ね返したものよりもずっと強く。
その身をこれでもかという程に反り返らせて。
ただ茶奈達にこの咆哮はもう通用しない。
放たれた衝撃波に体を乗せて、風に靡く羽根の如くふわりと地面に舞い降りる。
とはいえ、今の咆哮はどうやら攻撃の類では無かったらしい。
「コォォォ~~~ッ!! よくぞここまでやるッ!! だがこれ以上はやらせん!! 俺の全てを賭けてでもおッ!!」
たちまちその身を丸めては両腕を首元で交差させ。
身体から湯気の如き命力を纏いて、周囲を光で覆い尽くしていく。
その表情、阿修羅の如し。
もはや一切のゆとりを殺し、牙さえ剥き出しとさせる。
敵意、戦意、闘志、ありとあらゆる戦闘意思を詰め込んだ―――まさしく鬼の形相である。
その姿を前にして、茶奈も心輝も再び身を引き締めさせる。
ギューゼルの纏っていた空気がガラリと変わったからこそ。
そう、今までの闇雲に反撃していた時とはまるで違う。
腕を、肩を、背を丸め、腰を低く落として動こうとはしない。
完全な防御体勢へと移行していたのだ。
「へへ、第二形態って奴かよ。 燃える展開だねぇ……!!」
「まだまだ終わるとは思えません!! 気を抜かないで!! スゥー―――ッ!!」
その構えの意図はわからない。
もしかしたら起死回生の手段なのかもしれない。
でも、だからといって茶奈達に止まる理由にもなりはしない。
「でも関係ねえーーーーーーッ!! ぶちかますッッ!!!」
「はああッ!!」
だから二人が、再び嵐を巻き起こす。
光と炎が織り成す怒涛の連撃旋風を。
動かないならむしろ好都合。
連続攻撃に拍車を掛けるだけだ。
例えそれが罠だとしても。
それさえも乗り越えて倒そうという鋼の気概が、今の茶奈達にはある。
ドガガガガガッ!!
例え相手が動かなかろうが容赦はしない。
更に加速し、時に威力を上げ、縦横無尽に跳ね飛び叩く。
先程までよりもずっと速く強く激しく。
観衆ももはや驚き慄き声さえ出ない。
動画を撮っている事さえ忘れ、目の前の光景にただただ心を奪われるのみ。
それ程までに強く輝き、瞬き、眩しかったのだから。
「……ッ!!」
一方のギューゼルはその嵐の中でも不動だ。
強靭な体を固めれば、そう簡単には揺らす事さえ出来はしない。
しかしその影では、小さく何かを呟いている。
口元を両腕で覆い隠している所為で茶奈達は気付いていないが。
その様子はまるで数え歌を歌うかのよう。
体へと衝撃が走る度に、唇が、舌が細かく動きを刻み続けていて。
「だぁりゃッ!!」
でもその最中も猛攻は続いている。
肉の壁を打ち破らんとばかりに。
持てる力を振り絞って。
だが、その力は有限である。
例え振り絞ろうとも、根源が尽きれば捻出する事は叶わない。
なんと心輝の命力の底が見え始めていたのだ。
炎や爆発の規模が小さくなり、先程までの速度を維持する事が出来ないという。
それどころか体力の消耗も激しく、突き出す拳にも威力が伴わない。
見紛う事無き完全失速である。
心輝は元々、無駄に体を動かす事が多い。
それが牽制となり、隙を生み出す事にも繋がるからだ。
しかしそれは余計な持久力消耗をも誘発してしまう。
ギューゼルの様な強敵相手ならばなおさらだろう。
その得意の戦術が今、皮肉にも足を引っ張っていて。
「さっさとぶっ倒れやがれえッ!!」
声だけは威勢がいいが、焦りは隠しきれていない。
顔は疲労で歪み、一発一発を刻むごとに苦痛さえ滲む。
そしてその弱った相手を、あのギューゼルが狙わない訳が無い。
「オオオーーーッ!!」
それは心輝がなけなしの命力で殴ろうとしたその時の事。
突如としてギューゼルもが拳を振り上げていたのだ。
それは明らかな反撃。
鈍った拳に合わせた跳ね上げの一撃である。
ドッゴォ!!
「ぐがッ……!?」
ギューゼルは狙っていたのだろう。
弱って隙が生まれるこの瞬間をずっと。
カウントし、力を見極め、タイミングを計って。
その計算から生まれた反撃はもはや、躱す事もままならない。
たちまち巨大な拳が心輝を穿ち、その身体を宙に舞わせる。
それも天地動転する程に激しく暴れさせて。
しかも体の自由を失ったこの時、再び無情が迫り来る。
強引に、豪快に振り被った拳が心輝へと撃ち当てられたのだ。
バッギャオンッッッ!!!!
例え潰された拳であろうとその威力は健在。
殴られた途端、心輝の体が壁へ壁へと打ち跳ねる。
まるで跳ねたピンボールの様に直線的な軌跡を描いて。
その姿にもはや力は無い。
ただただ鮮血と共に宙を舞う。
張りの失った体を揺らめかせながら。
戦意も虚しく、その姿は二階の先へ消え行くのみ。
呻き声一つ上げる事も無く。
「シンさんッ!? くっ!!」
でも茶奈にはもう心輝を心配する余裕は無い。
何故なら、ギューゼルが茶奈へと狙いを付けていたから。
殺意を篭めて輝く眼で、空舞う茶奈を追っていたからである。
その体に滾る命力はもはや闘志そのものと言えよう。
熱気さえも纏う赤く濃い命力がまるで燃え盛っている様にさえ見せつける。
「後は貴様だけだッ!! 【アストラルエネマ】、今ここで潰すッ!!」
「潰されない……私達は負ける訳にはいかないんですッ!!」
だからといって怯む茶奈ではない。
むしろ心を更に昂らせ、身纏う光を更に強く輝かせる。
仲間の意思に報いる為にも、勇の下に向かう為にも。
その強き意思から生まれた闘志は、ギューゼルにも負けない程に強く逞しい。
「まだ上がるか、アストラルエネマァァァ!!」
故に今、茶奈はその顔を上げる。
強敵と対峙する事を望んだからこそ。
目前に立つ阿修羅を討つまで、幾らでも上がり続けよう。
仲間達の屍を踏み越えてでも。




