~でも切なくて~
勇がデュゼローに苦戦を強いられていた頃。
茶奈達もまた、巨漢ギューゼルを前にして攻めあぐねていた。
あれだけの猛攻を前にしてもギューゼルの勢いは衰えない。
まるで仁王の如く腕をゆるりと振り回し、囲う相手に牽制し続ける姿が。
三対一なのにも拘らずの戦況に、茶奈達も焦りを隠せないでいる。
ただ、ギューゼルの方からは仕掛けてこない。
それが戦闘準備を再び整える余地すら与えてくれた様だ。
茶奈は再び【フルクラスタ】を身に纏い、鳴音を響かせていて。
しかも先程より濃度が濃いのだろう、先程よりもどこか輝きが強い。
心輝は一転、纏っていた炎を取り去って腕に集約している。
身体能力よりも攻撃力に重点を置いた結果である。
瀬玲は壊れた弾倉を捨て、ベルトに下げた未使用弾倉を側部へグルリと寄せる。
残弾こそ心もとないが、【カッデレータ】が通用しない今ならば充分だろう。
誰も諦めていないからこそ。
早くギューゼルを倒して勇へと追い付く為にも、今持てる全てを出し切るつもりだ。
瀬玲が突如として両腕を広げ、両手指を「シュババ」と素早く動かして見せつける。
仲間に向けた戦術指令のサインである。
魔特隊が始まってから約二年。
勇達はここに至るまでにありとあらゆる戦術・戦略の手段を学んできた。
講師やインストラクターまでを呼び、戦闘技術の基礎から応用まで色々と。
その知識を素に試行錯誤を加え、戦闘訓練にも加えて。
その集大成がこの戦術サインだ。
今の茶奈達は指をどう動かすかだけで、自分達の役割を把握出来る。
そして指令役に今最も相応しいのが、冷静沈着でいられる瀬玲だからこそ―――
そのサインを示された瞬間、心輝が再び飛び出していく。
ギューゼルへと向けて一切の迷いも無く。
「先陣切るのはよォ!! 俺の役目だってえッ!!」
両腕を腰へと引き込んで爆風を放ち、一直線に飛び込んでいく。
炎を撒き散らしながら突き進む姿はまるで炎の弾丸が如し。
しかしそれをギューゼルは見逃さない。
揺り動かしていた片腕が突如として鋭く動き、迫る心輝を迎え撃つ。
小さな体を砕かんばかりの剛腕豪速拳で。
だが―――
バヒョウッ!!
拳が打ち当たったと思えた時、ギューゼルはその目を疑う事となる。
まるで心輝が炎そのものに成ったかの如く、炎に溶けて消えた事によって。
「ヌウッ!?」
たちまち拳が残炎を撃ち貫く。
手応えを一切感じぬ中で。
ヒュババッ!!
そんなギューゼルの首がまたしても炎の縄で縛られる事に。
心輝がなんとギューゼルの背後に回り込んでいたのだ。
直撃の間際、炎の壁で己の身を眩ませて。
「うぉらあッ!!」
でもそれは先程の様な身動きを止める為ではない。
自身の速力に更なる推進力を得る為だ。
縄を思いっきり引く事で、己の身をギューゼルの下へと強引に手繰り寄せたのである。
更にはその左腕を力の限りに引き絞らせる姿が。
引き込む慣性、爆発力、そして体の回転力。
その全要素を合わせ込んだ渾身の拳こそが心輝の本命だからこそ。
「やらせぇんッ!!」
「アンタがねッ!!」
「ぬぐうッ!?」
しかもギューゼルが心輝への迎撃に拳を振り上げた途端、その腕関節に衝撃が走る。
瀬玲がその肘に鋭い一撃を加えた事によって。
どうやら一瞬の隙を突いて急接近していたらしい。
ただそれも所詮は牽制に過ぎない。
その直後には、ギューゼルの振り上げようとしていた腕が動けなくなっていた。
一撃を加えたと同時に、その腕を捕縛したからこそ。
炎の縄を模倣した光の縄が引き絞られた腕を強引に縛り、固定していたのだ。
ガンッ!! ドゴンッ!!
そうして生まれた隙が、心輝と―――そして茶奈の一撃にも繋がる事となる。
心輝の渾身の一撃が右肩へ。
茶奈の抉らんばかりの拳が腹部へと。
容赦無き一撃一撃がギューゼルへと突き刺さる。
あの堅牢なギューゼルが身をよじらせる程に効果的な一撃として。
たちまち三人が揃って飛び退いては体勢を整える。
下手な追撃が無用な反撃を呼ぶ事を知っているから。
それに、生半可な攻撃を続けた所で、圧倒的な防御力を崩す事は叶わない。
だからこその、息を合わせての同時攻撃が必要不可欠だ。
それが最も有効な手段であるが故に。
「フフ……面白い、なかなか息の合ったコンビネーションだ」
とはいえその同時攻撃も、数を重ねなければ意味はないが。
今の連続攻撃を前にしても、ギューゼルの余裕は消えない。
よじれた身体をゆらりと戻し、しまいには首をゴキリゴキリと捻っていて。
それも、まるで「打たれ足りない」と言わんばかりの不敵な笑みを浮かべながら。
「だが、威力が圧倒的に足りん。 俺の鋼鉄の肉体を貫ききるにはな」
そう、届いていないのだ。
今の様な連撃であろうとも、こうして余裕を見せつける程に。
ギューゼルに深手を負わせる程には、力が一歩も二歩も及ばない。
ただし一人を除いて、ではあるが。
「だからと言って、この壁が突破されないとも言い切れん。 その可能性を抱いているのは、貴様だ」
その一人に向けて剛腕がゆるりと持ち上がる。
そのまま示されたのは言うまでも無く、瀬玲である。
そう、瀬玲ならばギューゼルの肉体を唯一貫く事が出来る。
【アストラルエネマ】を持つ茶奈でさえ貫けない相手をも。
【命力の針】は防御無効の刺突撃だ。
決まれば間違いなく損傷を与えられるだろう。
もし急所を貫ければ、倒す事さえ不可能ではないかもしれない。
でももし、その瀬玲が倒れたならば。
「すなわち、貴様を真っ先に倒せば―――俺を倒せる可能性は無くなるという事だあッ!!」
その瞬間、ギューゼルが大地を蹴り上げる。
爆破の如き衝撃力を伴って。
掲げていた腕を力の限りに引き込みながら。
今までの攻防で理解したのだ。
瀬玲こそがこの三人の要なのだと。
故に、狙うは瀬玲ただ一人。
瞬時に肉迫する程の超速度を以って、引き込んでいた腕を豪快に打ち下ろす。
その速度、威力を前にすれば、瀬玲とて反応しきれはしない。
当然、茶奈と心輝でさえも。
避けられない。
防ぎようがない。
だがこの時、瀬玲は驚くべき行動を取っていた。
なんと、彼女もまた拳を振り上げていたのだ。
己の体全身で跳ね伸ばし、全力の両拳で迎え撃っていたのである。
バッギャァァァーーーーーーンッ!!
衝撃が響く。
空気が震える。
塔が揺れ、地響きが立つ。
それ程までの威力の拳が打ち合ったが故に。
たちまち顔を歪ませたのは―――双方。
ギューゼルの拳が鮮血で爆ぜる。
瀬玲の渾身の反撃が防御を貫き、表皮を肉ごと千切ったのだ。
それも剛腕が跳ね上げる程の衝撃を以って。
瀬玲も無事では済まされない。
双拳の弾倉が爆散し、更には魔装の命力珠までもが弾け飛んで。
果てには筋肉や骨格にまで衝撃が響き、言い得ない激痛が神経を突く。
「ぐぅおおッ!?」
「うああッ!?」
ただ、その体勢の優劣が勝敗を分けた。
瀬玲はいわば跳び上がった所を撃ち落された様なものだ。
そこに腕を破壊する程の衝撃が加われば、床に叩き付けられるのはもはや必然。
対するギューゼルは叩き落しからの跳ね返り。
そこからの自由度は瀬玲と比べれば天地の差である。
ならば追撃さえも可能としよう。
その時動くは再びのギューゼル。
もう片腕の拳が床面を抉るかのごとく半月を描いて迫り行く。
床に伏した瀬玲へと目掛けて。
「やッめッろおぉぉぉーーーッッ!!!」
そのギューゼルの背後には茶奈と心輝が。
一歩遅れてだが既に飛び出していたのだ。
ドゴゴォッッッ!!!!
たちまち二人の拳が突き刺さる。
今持てる力を振り絞った渾身の拳を。
でも、ギューゼルは止まらない。
全く止められない。
怯ませるだけの一撃には、届かない。
ゴッシャア!!!
故に、無情の拳が瀬玲を打ち上げる事もまた必然だった。
石片と共に鮮血が舞う。
力無き体と共に宙を舞う。
たった一撃。
たったそれだけで、茶奈達の抱く希望が一つ潰えたのだ。
希望の残滓が二階の果てへと音無く消える。
もう縋る事が出来ないのだと知らしめるかの如く、ただ静かに。
ただ一つ、彼女の置き土産を残して。
ブシャアッ!!
瀬玲を打ち上げたギューゼルの拳が、またしても爆ぜていたのである。
反撃技の【命針鎧】がもう片手と同様に引き裂いた事で。
「セリィィィーーーッ!! てんめぇぇええーーーッッ!!!」
「うぁぁぁああーーーーーーッッ!!!」
そして瀬玲がやられた今、この二人が黙っている訳も無い。
例え攻撃が届かなくとも、無駄なのだとしても、引き下がれる訳が無い。
瀬玲が体を張ってギューゼルの両拳を潰したのだから。
ならばこの二人とて、その身を捧げる覚悟で挑むだろう。
身体を前面に押し出し、ギューゼルの巨体へと連撃を打ち放つ。
力の限りに、怒りの限りに。
ドガガガガガガッ!!
「うおおッ!?」
攻撃は届かなくとも衝撃は通る。
物体である以上は絶対に。
だからこそ叩いて、叩いて、叩きまくる。
今の二人が出来る事を全て乗せ、叩き貫くのみ。
「ぬぅああッ!!」
周囲を飛び回る二人を振り払わんと、ギューゼルがその体を両腕ごと振り回す。
その様相はまるで竜巻の如く、無数の破片が飛び散る程に豪快そのもので。
けれど二人が止まるには至らない。
どちらも反撃を避けていたからこそ。
そう、避けていたのだ。
攻撃では無く速度に重点を置いた事によって。
ここまでの戦いで、ギューゼルの欠点に気付いたのである。
確かにギューゼルの防御力を貫くには困難を極めるだろう。
それこそ幾度と無く攻撃を打ち当てなければならない程に。
それでも、数を打てば必ず通じよう。
相手が消耗し、弱り、肉体が解れるまで叩き続けられれば。
まるで肉の筋切りが如く。
その連撃が実現出来るかと言えば―――答えはYES。
ギューゼルの攻撃は凄まじく強いが、実は遅くもある。
速く見えたのは、勢いと迫力がその事実を覆い隠していたからに過ぎない。
その仕組みがわかってしまえば、茶奈達ならば躱す事が可能だ。
茶奈も心輝も、速さを重視した格闘スタイルだからこそ。
だから跳ねて打ち、舞って打ち、避けて打つ。
攻撃を喰らわずに打って打って打ちまくる。
そうすれば必ず光明が見えるのだと信じて。
そしてその予想は的中していた。
ギューゼルは二人の動きを捉えられていない。
腕を振り、足を跳ね上げようとも、一切掠りもしなくなっていて。
電光石火の如き鋭い動きに順応しきれていないのだ。
「グッ!! 貴様等あッ!!」
ヒットアンドアウェイ。
蝶の様に舞い蜂の様に刺す。
更にはギューゼルの腕脚肩腰さえも蹴り、縦横無尽に飛び回って。
その末に攻撃の隙間を縫い、打てるだけの連撃を打ち放つ。
気付けばギューゼル劣勢という意外な展開に。
歯を食いしばる表情には苛立ちと憤りが覗き見え、余裕は残されていない。
間違いなく追い詰められている。
ギューゼルも相手がこれ程素早いとは思ってもみなかったのだろう。
ならばと、茶奈も心輝も更に己の力を高めていく。
独自の技術を応用し、回避や攻撃に磨きを掛ける事で。
茶奈を掴もうとしても、命力の鎧が阻んで事を成させない。
まるで空気の様にするりと抜け、更には反撃まで見舞うという徹底ぶりだ。
心輝は相変わらずの炎によるトリックで惑わし、攻撃の隙さえも生み出す。
それに対して幾ら反撃しようが、その爆速を前にして届く事は無い。
そうして刻んだ無数の連続攻撃が遂に実を結ぶ事に。
なんとギューゼルの肌が所々黒ずみ始めていて。
そう、内部出血だ。
連続攻撃が遂に身体内部へと影響を与え始めたのである。
「間違いねぇ、効いてんぞおッ!!」
それに気付き、心輝が叫ぶ。
茶奈も頷き、更に加速する。
こうなったらもう二人も止まらない。
ギューゼルを倒すか、止められるまで。
そうして生み出せしは光と炎の渦。
閃光が、爆炎が、敵を焼き尽くさんばかりに荒れ狂う。
緋と朱の命燐光をも無数に撒き散らして。
今こそ強敵を討ち倒す為に。




