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時き継幻想フララジカ 第二部 『乱界編』  作者: ひなうさ
第二十六節 「白日の下へ 信念と現実 黒き爪痕は深く遠く」
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~心に優しくて~

 双塔の一つが事ある度に瞬き、夜闇を押し退ける。

 景色の彼方、他の建物の明暗(コントラスト)をも変化させながら。

 それだけ、勇とデュゼローの打ち放っていた光が凄まじかったからこそ。


キィンッ!!

ギャァンッ!!


 光だけではない。

 火花や命燐光までもが弾け飛び、屋内を幾度と無く照らしつけ。

 更には割れた窓の隙間からも飛び出しては闇に溶けていく。


 斬っては斬られ。

 躱しては受け流し。

 動き回って軌跡を刻んで。


 二人の攻防はあれからもなお続けられ、屋内はもはやボロボロだ。

 その斬撃が壁や床、天井までをも切り裂いていたのだから。

 それも離れていようが関係無く、斬圧だけで。


「あの二人無茶苦茶だぜ……!!」


「まさかこれ程とは。 フジサキユウ、侮り難し」


 この二人でさえも今は必死だ。

 公言したからにはと、撮影組を守り続けてはいるが。

 それでも壁を裂く程の超斬撃が来たら、千野とモッチを運んで避ける他無い。


 故に撮影組二人はイビドとドゥゼナーに抱えられて成す術も無く。

 ただただ唖然とカメラを回し、驚きの悲鳴を上げるのみ。  




 そんな外野を気にする事も無く、勇とデュゼローが剣を交え続ける。

 少なくとも勇に周りを気にする余裕は無いからこそ。


「おおおッ!!」


 それでも戦意はまだまだ充分だ。

 気迫の乗った振り下ろし斬撃が光の軌跡を激しく刻む。


「チィ!!」


 余裕が無いのはデュゼローとて同じなのかもしれない。

 歯を食い縛り、両手で掴んだ魔剣の鍔元から斬撃を滑らして受け流す。

 その魔剣の表皮をガリガリと削らせながら。


 勇の放つ斬撃はいずれも一撃必殺、しかも小手先の手が通用しない。

 単純ゆえに強烈、それでいて確実に芯を突くという、実直を突き抜けた攻撃ばかりで。

 剣聖達の教えにこそ従わずとも、馬鹿正直な勇には今の形が最もらしいと言えよう。


 ただ、そうだとしても扱い易いという事実に変わりは無い。


 実直な攻撃は反撃さえも容易に。

 漆黒の曲刃がぐるりと弧を描き、勇の頭上目掛けて斬り降ろされる。

 相手の斬圧を旋回力に換え、鋭い斬撃へと昇華させた事によって。


 しかしその反撃も、ただ虚しく空を斬るのみ。


 勇が斬撃の勢いのままに身を前屈させて躱していたのである。

 それもそのまま刃の如き回転蹴りへと繋げて。


 軸足を強引に捻り、更には命力の強引な加速をも加え。

 一回転に満たないにも拘らず、その姿はまるで駒の如き様相だ。


 その一撃を前にして、デュゼローが空中へふわりと舞い上がる。

 身に纏う外套を激しく揺さぶりながら。


「ッ!?」


 でもその外套はフェイクだ。

 反撃の刃を悟らせない為の。


 黒衣の影で金属の光が瞬く。

 勇目掛けて斬り降ろす為に。


キュウンッ!!


 黒刃一閃。

 殺意の刃が真っ直ぐ斬り降ろされ、残光が刻まれる。

 それも空中からとはとても思えない鋭さで。




 だが、それでも勇は避けきっていた。

 反転した身をその指先で、床を抉る程の力で以って跳ねさせていたのだ。




 間も無く、勇が居た場所に黒刃が斬り刺さる事に。

 それも、まるで豆腐へ包丁を通したかの様にさくりと。


 軽い様に見えて相応に重い。

 これもまたまともに喰らえば命は無いだろう。


「予想以上だな。 その命力量でここまで戦えるなどとは」


 勇が体勢を立て直し、デュゼローが刃を持ち上げる。

 互いに再び距離を保たせたままに。


 どちらも疲労を隠せない。

 共に汗を浮かばせ、息を荒げていて。


 ただ、その違いはと言えば明確だ。

 勇の方は肩を揺らす程に呼吸が荒い。

 加えて大粒の汗をもダラリと流していて、著しい消耗を露わにしている。


 でも一方のデュゼローは、比較的余裕か。

 鼻息こそ荒いが表情を崩す事は無く、汗もしっとりとしか浮かんでいない。

 それどころか再び魔剣を勇へ向け、頑なな姿勢を見せつける。


 まるで〝これが二人の実力差だ〟などと誇示するかの様に。


 だからといって勇が劣勢という訳ではない。

 呼吸など整えればいい。

 疲労など取り除いてしまえばいい。

 そんな事など昔から繰り返してきた。


 むしろ恐ろしいのは相手のペースに引き込まれる事だ。

 消耗した心に付け込まれ、感情に囚われてしまえば勝ち目は無い。




 冷静(クレバー)を徹底しなければ。

 最強の一角であるデュゼローに打ち勝つ為にも。




「フゥッ、フゥッ……!!」


 今のところは冷静を保てている。

 だからデュゼローの斬撃も全て見えていた。

 ならばこの平常心を維持させればいい。


 そう心に言い聞かせ、呼吸を整える。

 目の前の相手を視界へ捉えたままに。


 互いの間隔は僅か七メートル程度。

 一つ飛び出せば一瞬で斬撃が届く距離である。


 それでも二人は全く動こうとはしない。

 いや、動けないのだろう。

 今、先手を打つ事がどれだけ危険かを理解しているからこそ。


 二人には、後手であろうと反撃を被せる自信があるからだ。

 故に、下手に手を出せば逆にやられかねない。


 だから今の二人は、不動で牽制し合っている。

 どちらが先に動くかを待っているのだ。


 勇もデュゼローも、相応の達人であるからこそ。

 しかも人間を超えた魔剣使いとして。




 なればもはや、常人の常識など当て嵌まりはしない。




 膠着状態の二人を、カメラがじっくりと撮り続ける。

 先程までの激しさから一転しての静けさに、千野もモッチも緊張を隠せない。

 二人は予感していたのだ。

 この後、先程よりもずっと激しい戦いが待っているのだと。


 イビドとドゥゼナーに至っては身動きが出来ない。

 二人の間で繰り広げられている静寂の戦い(サイレントウォー)がなまじ理解出来るから。

 下手に動けば巻き込まれると錯覚させられているが故に。


 一触即発。

 誰もが見てもそう思える程の。


 だがその静寂は突如として意外な形で幕を退く事となる。




「お前は何故、力を奮おうと思った?」




 デュゼローの一声が凍り付いた空気を動かした事によって。


 魔剣は未だ向けられたまま、膠着状態である事に変わりはないのだろう。

 だから勇も踏み込む事が出来ないし、隙を突く事も出来ない。

 隙を見せまいと、声を返す事も叶わない。


 ただ聴く事しか、出来はしない。

 

「何故お前はその力を鍛えようと思った? 愛する者を守る為か? 敵を滅ぼす為か? 世界を救う為か?」


「ッ!!」


「……答えられんか。 ならばこれでどうだ」


 しかしその時、勇は驚愕する事となる。

 なんとデュゼローの方が切っ先を降ろしたのだ。

 自ら隙を見せつけたのである。


「何が狙いだ……ッ!!」


「……ただ、訊いてみたくなっただけだ。 お前をそこまで強くした信念は何なのか、とな」


 その真意はわからない。

 単に問答をしたい為なのか、勇の隙を作りたいだけなのか。

 それとも、剣を降ろしてもなお返り討ちにする自信があるのか。


 ただ、それでも興味はあったのだろう。

 ここまでの戦いをして見せる勇という存在に。


 だから敢えて今、訊く。

 こうして面と向かっている今だからこそ。

 例え敵であろうが、戦いの最中であろうが関係は無い。


「世界を救うつもりも、敵を滅ぼすつもりも無い。 ただ、俺は守りたいだけだ。 誰だとか関係なく。 理不尽に晒されて不幸になる、そんな事が許せないから」


 そして想いを伝える事は勇もが望む所だ。

 例え理解してもらえなくとも。

 

 言わぬまま問答無用に斬るなど、今の勇は望んでいないのだから。


「それが結局独善になると知ってもか?」


「独善でも、それで救える人が居る! 助けを求めて、理解し合って、一緒に生きられるなら、それが明日を創る礎になるッ!! 俺が創るんじゃない、皆が創るんだッ!!」


 今までも勇は何度も敵にこうして言葉を伝えて来た。

 そして力を見せつけても、可能性があるならば手を差し伸べて来た。


 剣聖達に〝後を任された〟から。


 それ決して〝伝言を残された〟からではない。

 剣聖が勇達の意思を汲んで託してくれたからだ。

 魔者と手を取り合って生きる事を理解してくれたからだ。


「だから俺はお前の結論を認める訳にはいかない! 殺し合う世界を推奨する事を認めて堪るかよッ!!」


「なるほどな。 言う事だけは立派だ」


「何ッ!?」


 でもデュゼローは知っている。

 勇達が剣聖に〝後を任された〟事を知っている。

 知っている上でここまで呼んだのだ。

 

 ()に任される()()が無い、と判断したからこそ。


「では改めて訊こう。 お前がその願いを本当に成せると信じているのか? ちっぽけな〝人間〟という枠から抜け出せないお前に」


「どういう意味だ!?」


「言葉通りの意味だ。 【アジャーシ・ルザメナ】、〝力あれど命無し〟という。 具体的に言えば―――お前程度の命力では何も成せん、という事だ」


「ッ!?」


 あまつさえ、デュゼローはあの事実も知っているらしい。

 勇の持つ命力が残り少ないという事実を。

 今なお減少を続け、今にも消えてしまいそうだという事を。


「なのに今、世界を滅亡に追い込もうとしている。 命尽きる寸前のお前が、その独善で、だ。 〝どうせ死ぬから自分の好きにしてやろう〟とでも思っているのか? 滑稽だな……ッ!!」


「例え俺が繋げられなくても、俺の意思を汲んでくれた人達が居る! 任せてくれた人が居る! だから俺は迷い無く突き進めるんだ!! それのどこが滑稽だ!!」


「何も知らずにしている事が滑稽と言うのだ!! 知りもすれば後からでも行いも正せよう。 しかしお前は知ろうとすらしていないではないか!!」


「なッ!?」


 勇がもし高い命力を持つならば、きっとこうはならなかっただろう。

 デュゼローも説得しに直接現れて話し合っていたかもしれない。

 例え道を違えても、折り合いをつける事は出来たかもしれない。


 でも勇は今にも命力が尽きてしまいそうな存在だ。

 その様な存在が、世界を救う手段に真っ向から反論している。

 それも、その手段に至った経緯も理由も要因も何もかも知らないままに。


 滑稽と思わない訳が無い。


「何故世界が混じり合ったのか、何故命力が自分の体に宿るのか、何故心が通じるのか。 不可解な事など幾らでもあったハズ。 その根源を、お前は追い求めた事があるのか?」


「そ、それは……」


 現象の仕組みを探求し模索した事はあった。

 でも原理や発生原因、その根源まで追求した事は無い。

 気付けば、さも当たり前の様に事実として受け入れていたのだから。


 代わりに現代の学者達が追求していたのだろう。

 しかしそんな者達など所詮、蚊帳の外である。


 何故なら、今起きている現象は全て命力が絡んでいると言っても過言ではないから。

 それを命力を持たない者が追求しようとも、理解出来る訳が無い。

 現代人がまじないを科学的に証明出来ないのと同じ様なものだ。

 

 つまり真理に手を掛けているのは剣聖、ラクアンツェ、そしてデュゼローのみ。

 対する勇達はその真理の足元にも及んでいない。


 いや、手を伸ばしてすら無いと言えよう。


「だが、お前は知ろうとも思わなかった。 今の今まで放棄してきたのだ。 真に世界を救う事、守る事を……ッ!! それにも拘らず、共に手を取り合うだと? 未来を創るだと? 何も知らぬ奴等が笑わせるなあッ!!」


 だからデュゼローは今、憤っているのだ。

 何も知らぬ、わからぬ者がのうのうと咆え散らかしている事が。

 平和だ、共存だ、それ以外に未来は無い、などと宣っている事が。


 そして、その()()()理想を撒き散らしている事が。




「お前は結局、世界を―――ただ引っかき回しただけに過ぎない……!」




 この一言と共に、外套の下からもう一本の黒く輝く剣が姿を晒す。

 切っ先を勇へとゆっくり向け構えながら。


 そう、二本目の魔剣だ。

 すなわち、双手に魔剣を携える今のスタイルこそが本領。


 【黒双刃】デュゼロー。

 その銘に相応しい姿が今ここに。


ドンッ―――


 対する勇は、いつの間にか壁を背にしていた。

 気付かぬ内に足を退かせていたが故に。


 いや、退かされていたのだ。

 デュゼローの圧倒的な語りを前にして。

 更には言い返せぬ焦りが助長して。


「ならば、お前の犯した罪を私が清算しよう。 その為に私はここまでやって来たのだからなッ!!」


 そして遂に黒双刃が牙を剥く。

 勇が積み上げてきたという罪を今ここで消し去る為に。


ダンッ!!


 振り被りしは二刀。

 刃を揃えた大振りの斬り降ろしだ。

 それを急激な突撃と共に繰り出せば、かつてない威力の一撃と化す。


「くうッ!!」


 しかし勇に退路無し。

 左右に逃げても追撃が、反撃しようにも溜める距離が足りない。


 ならばもう、防御する他に手段は残されていない。


ガッキィィィーーーンッ!!!


 力がある今ならば渾身の一撃だろうと防御は可能だ。

 魔剣と魔甲による同時の振り上げで、迫る双刃を打ち返す。

 デュゼローの両腕が跳ね上がる程に強く激しく。


 だが―――


ドッゴォ!!


 なんとその時、勇の顎もが跳ね上がっていた。

 間髪入れぬデュゼローの膝蹴りによって。

 跳ね上げた衝撃を利用されたのだ。


 しかもその動きは止まらない。

 デュゼローの身が蹴り上げの勢いのままに回転していく。

 双刃の残光をも伴って。


 そうして繰り出されたのは再びの二刃一対。

 それも強い輝きを放つ閃光突きだ。


 それが今、跳ね上げられて無防備な勇へと向けて打ち放たれる。




バギンッ!!




 するとどうだろう。

 その異音と共に、突如として勇の体が空中へと向けて跳ね飛んで行くではないか。


 いや、厳密に言えば跳ねたのではない。

 持ち上げたのだ。


 咄嗟に己の手指を壁へと突き刺し、強引に持ち上げたのである。


ガゴォォォーーーンッ!!!


 たちまち激音と共に壁が炸裂する。

 一帯を貫き砕き、破片を外に撒き散らす程に激しく。


「ハァッ、ハァッ……!!」


 回避した勇は既にデュゼローの頭上を越え、背後遠くへと着地を果たしていて。

 しかしその顔に、もはや先程までの威勢は残されていない。

 それだけ今の連撃が勇の余裕を削いでいたが故に。


 魔剣が二本になっただけで、動きの鋭さが先程までとまるで違う。

 今が間違いなくデュゼローの本気なのだとわかる程に。


 デュゼロー自身も勇がそう悟った事に気付いているのだろう。

 双剣を斬り開き、壁を削り取りながら余裕を以って振り向く姿が。

 その剣捌きに一切の迷いは無い。


 剣に覗き見えるのは、紛れもない殺意。

 その一刀一閃に、惜しみない殺意を乗せている。


「しぶといな。 お前にはもはや逃げ道など無いというのに」


「逃げるつもりは無いさ。 俺は勝つ為にここに来たんだ!!」


「フッ、私に勝つか……それは無理だな。 お前と私とでは、この戦いに挑む覚悟の重さが違う」


「覚悟の重さだと!?」


「そうだ。 成すべき事の為に犠牲を厭わない―――そう至れる覚悟の差だッ!!」


 その殺意が再び光を打ち放つ。

 瞬時に勇へと肉薄する程の瞬速を体現して。


「ぐうッ!?」


 迫るは二刃連斬。

 己の体をも捻って繰り出す双刃の斬り上げだ。


ギャギャァンッッ!!


 連撃を迎え撃つには連撃か。

 勇の【極点閃】が二点軌跡を描き、連撃を真芯で受けて食い止める。


 しかしそれでも受け流しきれない。

 余りの威力故に、二撃目には二人して剣を弾き返されていて。

 それに弾いてしまえば、その勢いを利用される事はもはや必然。


 たちまち眩い光環を描いた回転連斬が勇の頭上へと襲い掛かる。


ガギギィンッ!!


 それを魔甲で防ぐも、受けた衝撃は限り無く強い。

 防いだにも拘らず、その身が激しく叩き飛ばされる程に。

 時間差による連撃が衝撃を倍加させたのだろう。


ズザサーッ!


 その衝撃の威力は、足を滑らせた床さえも削らせる。

 破片・粉塵を撒き散らす程に深く強く。


「私は長い間この時が訪れる事を懸念し、考察し、学んだ。 この世界に訪れてからも、事象の根源を求めて各地を練り歩いてきた!! そして真理を得たのだ!!」


 そんな勇へと、再びデュゼローが飛び掛かる。

 雄叫びにも足る声を張り上げながら。


 一閃、二閃、三閃。

 激しい光を打ち放ち、連撃が振り抜かれて。

 その度に勇が魔甲で防ぎ、いなし、凌ぎきる。


 けれど、それだけの連撃を前に魔甲の強度が持つはずも無い。

 一撃一撃の度に端が砕け、削れ、亀裂までもが走っていく。

 携えた左腕へと多大な衝撃を与えながら。


「こンのおッ!!」


 遂には痺れを切らした勇が斬撃を振り下ろしていて。


ガゴッ!!


「ッ!?」


 だがそれはあろう事か、デュゼローの膝によって止められていた。

 剣を握る拳に膝蹴りを打ち込まれた事によって。


パパァンッ!!


 しかもその後、勇の体に二発の衝撃が強く響く。

 蹴った膝が伸び、つま先を腕へと蹴り込んでいて。


 更にはその体を捻ったままに回り飛び、捻転踵蹴りを見舞っていたのである。

 それも側頭部を狙った鋭い一撃を。


 軽快な音だったにも拘らず、受けた衝撃はずっと重い。

 跳ね上がった勇の顔に苦悶が浮かぶ程には。


「その真理を崩す為に、私は覚悟を決めたのだッ!! 例え何十年も、何百年も掛かろうとも、世界を混沌に包もうとも、いつか世界をあるべき姿に戻すのだとッ!! 」


 それでも魔剣を構えて体勢を立て直す。

 少しづつ蓄積されていた痛みを堪えながら。


 そんな勇へと、デュゼローが貫かんばかりの眼光で睨み付けて。


「そしてその手段を講じる事は―――お前には出来ない。 もう死人も同然、あるいは只の人間となるお前に出来る訳が無いだろぉうッ!!」


 気付けば、その様相は先程までと違っていた。

 今までは強くとも軽快で、冷静を地で行っていたのに。


 今のデュゼローはまるで怒り狂った獣だ。

 猛獣が如き荒々しさで剣を振り抜いて来たのである。


ギィーーーンッ!!


 たちまち強烈な一閃が勇の魔剣を跳ね上げる。

 命燐光が周囲一帯に弾き飛ぶ程の一閃で。


「そう、お前には出来んのだッ!!」


ギャァーーーンッ!!


 それも再び。

 防ごうがお構いなしに。


「だが私には出来るッ!!」


チュィーーーンッ!!


 何度も。

 何度も。


「いや、成さねばならぬのだッ!!」


キュォォォーーーンッ!!


「例え多くを犠牲にしてでもおッ!!」


ギュアンッ!!


「それが私の覚悟なればあッ!!」


ガッギャァァァーーーンッ!!


 絶え間無く、双剣が大気を裂き。

 残光が、命燐光が照明の光をも押し退けて。

 火花が、破片が、瞬く度に周囲へ弾け飛んで行く。


 余りの衝撃故に。

 余りの威力故に。

 【翠星剣】の刀身をも削ぎ落としながら。




ガシャァァァァーーーーーーンッ!!




 遂には渾身の斬り上げが打ち当たり、【翠星剣】が宙へと回り舞う。

 余りの気迫故に。

 余りの執念故に。


ヒュンッヒュンッ―――キィン!!


 たちまち床へと突き刺さり、無残な姿を晒す事に。

 当初の面影などもはや残されてはいない。

 所々に刃が欠け、削れてへこみ、飾り文字も読めない程に割れていて。


「ハァー、ハァー……」


 そして勇ももう魔剣を拾いに飛ぶ力は残されていない。

 今の攻防には残された力を根こそぎ削ぎ取る威力があったからこそ。


 その様な無防備の勇をデュゼローが睨み、刃を突き付ける。

 覚悟と決意、その信念を示す為に。




「そう、私が世界を救うと言うのだッ!! 」




 その想いを今、世界へと。


 デュゼローが千野達に贈る〝最大のスクープ〟とは、まさにこの宣言の事を指す。

 事実上の〝救世主宣言〟である。


 デュゼローは象徴に成ろうとしているのだ。

 これから変わり果てるであろう世界における一筋の光明に。

 いつか混沌世界を救う救世主(メシア)として。


 そう成れる資格が、デュゼローにはあるのだから。


「私が人間の寿命を超越した事はもう知っているだろう? そう、私はもう普通の人間ではない。 超人なのだ。 来たるべき混沌の世界を祓える存在なのだ」


「う、ううッ!?」


 それは何もデュゼローだけに限った事ではない。

 剣聖もラクアンツェも、恐らくギューゼルも。

 真理に至った者は須らく寿命を越えて今を生きているから。


 そしてこれからも生き続けるだろう。

 混沌(カオス)が終わるその日まで。


 それが彼等の挑む戦いであるが故に。


「そして才能の無いお前では出来ない。 その程度の命力では我々の域に達する事など不可能だからだ」


 剣聖もラクアンツェも、いつか似た様な事を言っていたものだ。

 勇にも才能があれば、などと。


 でもそれは決して冗談はなかったのだろう。

 寿命を延ばすには多大な命力が必要で、勇にはその可能性が無いから。

 だから後を託し、今を自分達でなんとかしようとしている。


 そこにもう、才能の無い勇に足掻く余地などありはしない。

 

 その事実に気付いた時、勇の心に言い得ない重圧が圧し掛かる。

 重圧の正体―――それは責任感。

 この事態を招いてしまった事への後悔が、心を自責へと追い込んだのだ。


 今の世界に対し、自分が如何に無力なのかと理解(わか)ってしまったから。


「だからお前に出来る事は何も無い。 最初からな。 故に敢えてもう一度言おう、お前はただこの世界を引っ掻き回しただけに過ぎないのだと……」




ストンッ……




 その現実を心が受け入れた時。

 勇の膝は自然と、床を突いていた。


 無情なる現実。

 無知での愚行。

 無力への後悔。

 犯した罪が、心を限り無く押し潰す。


 光で溢れていたはずの心を闇へと深く沈める程に。




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