~撤収、もしかするとそれは…~
ペチペチ……
心輝の真っ暗な意識の中に、何かを叩く音が響く。
それはあずーが心輝の頬を叩く音だった。
「……んお……何……してンだよぉ……」
意識を取り戻した心輝があずーの手を掴み止めると、あずーは「ハァ」と溜息をして立ち上がった。
それに合わせる様に心輝も立ち上がろうとするが……受けた2発のダメージが相当重かったのだろう、伸ばした脚はガクガクと震えおぼつかない様子を見せていた。
しかしその間も魔者は特に攻撃する意思も見せず、ただ彼等を見守っていただけであった。
「ンナァオメら……本当になんなんだァ……?」
「へ、へへ……『知らんがな』……」
心輝がズキズキと痛む顎に我慢しながらニヤァと笑みを浮かべてそう応える。
そんな応えに……魔者もポカンとした表情を浮かべ唖然とするのみ。
「……カァー参った参った、俺の負けだぁ……クッソォ、お前らのじぃじ超つえーな!!」
魔者の子供達に向けて心輝がそう言い放つと、子供達もそれに負けじと幼い声を掻き鳴らした。
「そうだー!! じぃじはつよいんだぞ!!」
「おまえなんかにまけるわけないんだぞ!!」
そう言われた時、心輝の表情には先程同様……片笑窪が浮かびあがっていた。
「よっしゃ……あず、戻るぞ。 ここには何も無かった」
「え、ええ!?」
戸惑うあずーを他所に……心輝は彼女が抱えるグワイヴと「殴る者」を無造作に掴み取り、部屋の外へと一歩を踏み出す。
あずーは納得のいかない口をすぼめた表情も浮かべるも……彼に付いて行く様に魔者達を背にした。
その時、不意に彼等の背後から大声が飛ぶ。
「ちょい待ちィ!!」
その声を聞き立ち止まる二人。
声の主は当然先程の魔者だ。
二人は共に上半身だけで振り返り、視線を移す。
その先に居たのは、顎を抱え視線を逸らして悩む魔者の姿があった。
「……王ってなぁなんのこったか判らねが……もしかすっとぉ……」
「んお……?」
―――
青空の下、静かに風の音だけが響く。
風に揺らされ、青々とした葉が「サラサラ」と音を立てて静寂を誤魔化していた。
そんな時間が1時間も経てば勇達の心配も積もり積もるもので。
『シンから連絡来た?』
「いや、来ないな。 通信が届かない事は無いと思うんだが」
勇が退屈そうにインカムをツンツンと突きながらじっと待機する。
定時連絡どころか音沙汰も無いと、さすがに不安も隠せない。
一方で……彼等の出発地点である丘の上には二人の人影が。
茶奈もいい加減に疲れ……丘の上に戻り、一人大きなおにぎりを頬張っていた。
隣に立つ瀬玲もまた命力の余力を残す為か、既に撃ち尽くした矢を補充する事無く……今や青空を乱す物は何一つ残っていない。
「大丈夫でしょうか、お二人共……」
大きなおにぎりが彼女の口の中に勢いよく吸い込まれて行き、もっちゃもっちゃと噛み締められた内包物はそのままゴクリと飲み込まれた。
その細い首からどう通っていたのか判らない程に大きかったおにぎりはもはや跡形も無い。
「ま、大丈夫……なんだかんだで引き際くらいは分かるでしょ。 あ、茶奈、口元に米ついてる」
『プッ……』
その時不意に雑音の様な噴き出し音が聞こえ、瀬玲が咄嗟にインカムに手を充てる。
どうやら常時通話モードに切り替わっていたようで……彼女の口から思わず「あっ」と声が漏れ出た。
だがそれよりも……その噴き出しの後から来る笑い声に、待機組が揃って気付く。
『お前等、俺達が必死になってる間に何ノンビリしてんだよぉ……』
『シンか!!』
突然の心輝の連絡に勇が声を上げた。
『おうよ!! んでよ勇、判ったぜ』
『ん、何がだ……?』
暫くの会話の後、心輝の報告を受けた勇が一人ゆっくりと立ち上がると……「フゥ」と一つ息を付き……ゆっくりとその一歩を踏み出した。
その手に翠星剣を掴み、ゆらりと刀身を揺らしながら……視線は、その先に在るもう一つの丘へと向けられたのだった。




