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時き継幻想フララジカ 第二部 『乱界編』  作者: ひなうさ
第二十六節 「白日の下へ 信念と現実 黒き爪痕は深く遠く」
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~君は微笑んで~

 中野官房長官による緊急記者会見が行われていたその時。

 総理大臣である小嶋は同官邸内の執務室で会見の様子をテレビ越しに眺めていた。


 中野が余計な事を言わないか目を光らせているのか。

 それとも報道陣の反応を気にしているのか。

 表情はいつもの様に冷淡で、何を考えているかは伺えない。

 

「そ、総理、たった今、魔特隊本部が謎の魔者集団に襲撃を受けたとの報告が入りましたが……」


「そうですか。 ですが魔者問題に関しては彼等の方がエキスパートです。 今は福留氏に任せるしかありません。 念の為、周辺防備の手配を。 それともし襲撃を退けられた場合、被害報告と近隣周辺への被害調査を行うよう指示をお願い致します」


 それは魔特隊本部襲撃の報告を前にしてもなお変わらず。

 動揺を見せる秘書に淡々とそう伝え、再びテレビへと視線を移す。


 魔特隊を信頼しているからか、それとも別の理由があるからか。

 負けた場合の可能性を考えれば動揺の一つでも見せるものなのだが。

 余程肝が据わっているのだろう。


「記者会見の反応はイマイチ、やはり材料が足りませんね」


 そんな興味を示していた緊急記者会見も終わりを迎えていて。

 不機嫌そうな溜息と共に首が横に振られる。

 中野の会見は相応に立派だったのだが、どうやら小嶋にはそうは見えなかった様だ。


「このままですと、【救世】側に傾倒する者も増えてしまうのでは……」


「えぇ。 ですが、私達にはそれを覆す材料はありません」


 それというのも、小嶋には記者達に撒かれた種が見えていたのだから。

 これから芽吹くであろう批判の種が。

 どの様な形に育つのか、想像が膨らんでしまいそうなほど滑稽に。




 世界が怖れるのは一般人の意識の変化。

 文化を象る上で必要不可欠とも言える、庶民の営み方の急激な変質である。


 人類史は既に戦争の無い時代に突入して久しい。

 幾多の戦争や文明改革を経て、人々の意識が成熟してきたからだろう。

 複雑化しただけと言えばそうかもしれないが、それでも抑止には繋がっている。


 だが、もしそれが覆されたならば。

 人々の心に批判の芽では無く、変異種である闘争心が芽生えてしまったならば。


 恐らく、その先に待つのは地獄だ。


 怒り、怨み、(ねた)み、(ひが)み。

 それら負の感情を持った時、人は理性を持って自制する。

 でももしその感情を肯定された場合、人はたちまち自制心を失う事となる。

 もしそれが全ての人間に等しく晒された時、世界は再び争いを巻き起こすだろう。


 それも、先の世界大戦よりももっと凄惨な争いを。


 勝ち負けのある戦争とは違う。

 待つのは、終わり無き隣人との殺し合いだ。

 その殺し合いにもはや秩序などありはしない。

 その様な争いの始まりこそが、人類史の終焉とも言えよう。




 だからこそ世界は恐れた。

 人が人でなくなる事を。

 時代が後退する事を。




 その世界を回す一人である小嶋総理大臣。

 彼女自身がその結末に至る事を恐れているかはわからない。

 けれどこうして人々を導く立場の人間だからこそ、眺めずにはいられない。


 人々の選択が如何な未来を導くのか、その先を見据えて。


「さて、魔特隊の皆さん、ここが正念場ですよ。 貴方達の行動がどの様な結果になるか……拝見させて頂くとしましょうか」

 

 そんな彼女が眺めるのはテレビに映る都庁の様子。

 そして、そこには都庁に到着した勇達の姿も。


 勇達がこれから起こす事の顛末を、小嶋は静かに見守り続ける。

 その先にある思惑は、彼女のみぞ知る事だ。






◇◇◇






 都庁占拠事件があってからというものの、首都圏は交通規制の嵐で大混乱だ。

 都心に向かう車は元より、出ていく事もままならない状況で。

 各所で渋滞が巻き起こり、道路上はほぼほぼ動きが止まっている。

 生きている交通機関はと言えば電車くらいか。


 しかしそんな中でも関係無く、一台の車が突き抜ける。

 パールホワイトのボディに金の装飾で彩られた高級外車が。

 様相に相応しくない荒々しい運転で。


 そう、勇達の乗る車である。


 警察によって設けられた道を抜け、止まる事も無く。

 誘導も的確で、初心者ドライバーの心輝でも悠々と抜けられる程だ。


 その誘導の甲斐もあって、遂に車が目的地へと辿り着く。

 窓から見上げても見切れない双塔の御前へと。


 周辺では未だ報道陣や野次馬が囲んで騒がしい。

 そのお陰か、まだ気付かれていない様で。

 彼等の背後、車内にて勇達が再び顔を合わせる。


 時間にはまだ余裕があるから。

 少なくとも呼吸と覚悟を整えるくらいの時間は。


 この車から出て行けばもう、完全に人々へ認知されるだろう。

 どの様な罵声を浴びせられるかもわからない。

 もう逃げる事も叶わない。


 だからこそ、信頼出来るこの四人でこの窮地を乗り越える為にも。


「皆、心の準備はいいか?」


「はい、いつでも平気です」


「そんなの聞くまでも無いって」


「だな、やるっきゃねぇぜ」


 今、心を一つに合わせる。

 デュゼローという脅威を退け、再び平穏を取り戻す為に。




バタタン!




 そう声を合わせた時、遂に扉が開かれる。

 外界と秘密を分け隔てていた鉄の扉が。


 そして警察の動きが慌ただしかったから気付いたのだろう。

 野次馬が、報道陣が、たちまち驚き慄きその声を殺す。

 半信半疑だった存在を目前にして。




 勇達が遂に、人々の前へとその姿を晒したのである。




 警察が人混みを押し出して道を切り拓く中、勇達が行く。

 デュゼローに呼ばれたからには堂々と。

 周囲の視線を一身に集めながら。


 その視線を向けるのは、都庁入口前を陣取る魔者二人も同じだ。

 勇達当人の登場を前にして、「ニヤリ」と笑みを浮かべる姿が。

 待ちかねていたのだろうか、組んでいた腕を解いて手招きまでして見せていて。


「慌てなくても、今行くさ……!」


 その挑発とも言える行動を前に、勇のどもった声が僅かに囁かれる。

 「キッ」と睨み付ける様な鋭い視線を向けて。


 まだ憤っているのだろう。

 それは決して自分達の正体がバラされたからではない。

 世界の敵に仕立てられたからでもない。


 ただただ、デュゼローの導いた結論を許せなかったからだ。


 魔者との懸け橋を創るという理想を覆されて。

 あまつさえ彼等に危害が及ぶかもしれない現実を植え付けられた。

 そんな未来を呼び込んだ事が堪らなく許せなかったからこそ。


 だから勇達は行く。

 デュゼローを止める為にも。

 人々に正体が知られようとも関係無く。


「あれ、剣……だよな?」


「杖とか……何、どういう事?」


 しかしその勇達を見た民衆はと言えば、疑問の声が絶えない。

 それも当然か、勇達の持つ武器が余りにも非現実過ぎたのだから。


 特殊部隊というのだから、銃器等で重武装しているとでも思っていたに違いない。

 でも実際の彼等の持つ武装は、まるで西洋ファンタジーに出てくる武器ばかりで。

 余りにも現実離れした様相を前に、嘲笑まで漏れる始末だ。


「プッ、今の時代に剣とか弓って……」


「ファンタジーかよ……」


 一般世間の認識など、こんな物だろう。

 魔剣や魔剣使いという存在の真実を知らなければ。

 故に勇達はそんな嘲笑にも歯牙を掛ける事は無い。

 今はただ、目的の為に前へと進むのみ。


 するとそんな最中、突如として勇達の前に一人の人影が立ちはだかる。

 道を押し開く警察の間からすり抜けて飛び出してきたのだ。


「貴方達が噂の魔特隊ですねッ!!」


 それはマイクを向けた若い女性。

 どうやら報道陣の一人らしい。


 ただ、その形相は感情を隠せないでいる。

 怒りに身を任せ、ヒステリックに叫んでいるかの様で。

 気付いた警官が駆け寄る中でも、その勢いは留まる事を知らない。


「貴方達が起こしている事がどういう結果を招くか、貴方達自身は御存じなのでしょうか!?」


 こうして人に遮られればさすがに勇達も歩を進める事が出来ず。

 向けられたマイクを前に押し黙るしかない。

 今まで福留から「マスコミには何も喋らない様に」と念を押され続けてきたから。

 これは特事部時代から散々言われてきた事だ。


 しかし押し黙ろうと女性は止まらない。

 警察に肩を取られようがマイクを収めようとはせず、頑なな態度で叫び散らす。


「貴方達は世界を滅ぼす気なんですか!? どうなんですか!! 何か言ってくださいよ!!」


 たちまち女性が警官に羽交い絞めにされて引きずられていく。

 なお罵倒にも近い言葉を叫び上げ続けながら。

 勇達が前を通り過ぎてもなお止む事は無い。


 その罵倒が心輝には耳障りだったのだろう。

 言葉が酷くなるに連れて顔が強張るばかりで。


 直情的な性格が災いし、遂には我慢の限界を迎える事に。


「こンの―――」

「ダメだ、シンッ!」


 でもそれを空かさず勇が制する。

 振り向こうとしていた心輝の肩を抑える事によって。


「ダメだ。 落ち着け、彼女は何も知らないだけだ」


「ぐっ……」


 内心は勇だって同じ気持ちだ。

 茶奈や瀬玲だって変わらないだろう。

 それでも、ここで怒りをぶつけたって何も変わらない。

 自分達の立場を悪い方に追い込んでしまうだけだ。


 だから今は耐えるしかない。

 今の勇達には行動で正当性を示す方法しか残されていないのだから。


 そう勇に無言で諭され、強張ったままに心輝が進路へ顔を戻す。

 なお女性が叫びを上げ続ける中で。


「私達が何も知らないからって!! アンタ達が好き勝手やっていい訳ないじゃない!! なんか言えっ!! 逃げるなぁ!!」


 その叫びはもはや周囲が委縮する程に必死で。

 他の観衆は静かに勇達が過ぎ去るのを眺め、カメラに収めていく。


 どちらにしろ報道陣が出来るのはそれだけだ。

 彼等の仕事は、これから起きる現実を撮る事だけなのだから。




 今はただ、人混みの壁を乗り越えた勇達の背を追うのみ。




 ようやく勇達が入り口前へと辿り着く。

 彼等を迎えたのは当然、先程手招きして見せた魔者達だ。

 見た感じだと一人は鼻の細長いイタチ型、もう一人は鼻の潰れたブルドック型といった所か。


 しかし勇達を前にしても魔剣を構えようとはしない。

 それどころか、首を捻っては勇達に「入れ」と示していて。


「俺達を止めないのか?」


「我々は余計な邪魔が入らぬよう、ここを見張っているに過ぎない。 デュゼローが中で待っている……早く行け」


 確かに敵意は見える。

 視線から今にも魔剣を取り出しそうな程に。

 それでも視線を逸らして衝動を押し殺す程なのだ。

 相応に意思が強いのだろう。


 腰に下げた魔剣がそれを物語るかのよう。

 それだけ凝った意匠を誇っているだけに。


 どうやら彼等の持つ魔剣は低級ではない様だ。

 それにしてここに立つという事は、彼等もまた相応な強者なのかもしれない。

 少なくとも、勇達を前にして一切怯む事が無い程には。


「いいのかよ? 俺達がデュゼローの野郎をぶっ飛ばしちまってもよぉ?」


 そんな魔者達にこれみよがしと心輝が突っかかる。

 先程までに溜まった怒りをぶつけるかの如く。


 だが―――


「フンッ、デュゼローがどうなろうと我々の知った事ではない」


「何ッ!?」


 魔者達から返って来たのは、なんと嘲笑。

 それもまるで予想の付かない返事まで加えての。


 勇達もこれには驚きを隠せない。


「我々の目的はほぼ達成された様なものだからな」


「敵を憎む……当然の事だ。 それをあるべき姿に戻すという理念と世界の維持、その目的を礎にして、一時的に手を組んだに過ぎん」


 つまり、魔者達はデュゼローを信奉している訳ではないという事だろうか?

 ただ同一目的の為に利用し合った仲というだけで。

 人間と魔者、その敵対関係性を維持したままに。


 では代々田公園で共に行動していたイビドとドゥゼナーも同様なのだろうか?

 今頃行われている本部襲撃者達もなのだろうか?


 でももうその答えは教えてはもらえない。

 二人はそれだけ語り、口を紡いだのだから。


「行こう皆。 訊きたい事があるなら、奴から直接訊けばいいだけだ」


 それにここで話を続けている訳にもいかない。

 もうすぐ指定の時間が訪れるからこそ。

 それまでにデュゼローの下へ辿り着かなければ、何が起こるかわからないのだから。


 故に勇達が都庁へと足を踏み入れる。

 民衆が期待と不安の眼差しを向ける中で。




 本来であれば落ち着いた騒めきが迎えるはずの東京都庁。

 その入口である硝子張りの自動扉が勇達を迎え、そして外界との繋がりを断つ。

 間も無く迎えたのは、冬の冷たさを感じる程に冷え切った静寂と。


 そして、一人の巨大な人影だった。


 静寂に包まれし都庁一階ロビー。

 突如姿を現した巨躯を前にして、勇達が唸りを上げる。


 この人影の正体とは果たして―――




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