~古代三十種の欠番~
アージとカノバト。
この二人はかつて師弟の間柄であり、義理の親子でもあった。
別れるまでは決して仲違いする事も無く、共に信頼し合っていて。
アージに至っては恩義さえ感じていたはずなのに。
その様な二人が今、互いの信念に賭けてぶつかり合う。
共に〝世界を救う為に〟と。
なんと皮肉な話だろうか。
そんな二人でも戦闘スタイルはまるで異なる。
アージが剛を指すなら、カノバトは柔。
地に足を付いて魔剣を振り回すアージに対し、カノバトは陸空自由に飛び回って翻弄するという。
カノバトの動きはどちらかと言えばマヴォに近い。
いや、マヴォがカノバトの動きに近いと言った方が正しいか。
その通り速度は確かにマヴォと大差無いだろう。
ただ決定的に違うのが、その動きの根幹だ。
キンッ!!
キュンッ!!
手に掴む鉄心棒を自在に操り、それを足場としているのである。
だから地に付かずとも飛び回れるし、なんならアージの斧さえ跳躍の素とする。
自由奔放な動きであるが故に、追う事も読む事も難しい。
絶え間無い鳴音を響かせて、カノバトがアージの周囲を超高速で飛び回り。
現れては消え―――その姿はまるで分身しているかのよう。
しかも空からは幾度と無く打突攻撃が降り注ぐという。
それも閃光を伴った鋭い一撃ばかりが。
縦横無尽の攻撃を前に、あのアージも追い付くので精一杯だ。
魔剣を盾に防戦一方で。
絶え間ない衝撃が魔剣に走り、その顔を歪ませる。
でも、だからといって決してアージが劣っているという訳ではない。
むしろ同等どころか、今はアージの方が実力が上だ。
その優れた体格、才覚に合わせ、勇から学んだ鍛錬法による肉体強化も加わって。
合わせてマヴォという仮想訓練相手が居るからこそ、見切れない訳も無い。
では何故こうも苦戦を強いられているのか。
師だからと手心を加えているのか?
情が邪魔をして本気を出せないのか?
どちらも違う。
今の状況は明らかな力の差である。
ただし、それは己ではなく、外付け的な要因によるものだ。
「遅い、遅いぞアージッ!! 力の使い方がなっとらんではないかあッ!!」
「ぐうッ!?」
意気に当てられ、アージが堪らず魔剣を奮う。
しかし大振りで振ろうとも、身軽なカノバトに当たる訳が無い。
綿毛の如くふわりと躱されるのがオチだ。
それどころか恰好の餌食、反撃の礎にさえなろう。
たちまち鋭い三連突きが振り切られた魔剣の影から飛び出して。
ズドドドッ!!
それが容赦なくアージの身体を打つ、打つ、打つ。
「ぐぅおおッ!?」
それでも耐えられるのは魔装のお陰か。
それとも、アージ自身の防御力が高いからか。
怯まず反撃の拳を振り上げる。
でももうカノバトの姿はそこには無い。
既に背後で魔剣をしならせていたのだから。
ズカカッ!!
またしても突きが飛ぶ。
筋肉の壁が薄い背中へと。
あのアージの巨体が反り上がって跳ねる程の威力を伴って。
ザザッ―――
だがアージはそれでも耐える。
強靭な足腰を崩す事無く、大地を滑っては身構えて。
なお飛び続ける相手を前に、魔剣を構えて戦意を示すのみ。
「全く以って残念だ!!」
「お前が未だその魔剣を持っているなどとは!!」
「それがお前の弱さであるとも気付かぬなど!!」
そんなアージの周囲からカノバトの声が断続的に響く。
まるで分身達が個々の意思で語りかけて来るかの如く。
それが多重音響となってアージの心にさえ揺さぶりを掛けるかのよう。
この一言一言が決して虚実でなければなおの事。
「確かにお前は強うなった」
「だが【アストルディ】を持ち続けている限り」
「ワシは倒せん、絶対にな!!」
遂には分身達が無数の光燐跡を残し、アージをこれ以上無く翻弄する。
それだけなお速く鋭く加速しているのだ。
刻まれた軌道は既に移動の跡、それを追うなど無駄というもの。
それがもはや網の様に散りばめられれば、もはや何が正解かもわかりはしない。
光の跡は命力の残滓、気配さえも残って先読みすら厳しい。
これが続けば続く程、その跡は更に増えていく。
長引けばそれだけアージが不利となるだろう。
しかもこの動きをアージは知らない。
別れる前にも、この力を見せられた事が無いからこそ。
いや、厳密に言えばこの愛用魔剣を、か。
「見よ、業物たる魔剣の力を!! 命力を速度と換えて光を刻む力を!! それがこの【ジィールギューン】なれば!!」
「ぐぅぅ!?」
カノバトの見せる力の秘密こそ、奮う魔剣にあるのだから。
魔剣とは言わば魔剣使いにとっての増強装置である。
ただ扱うだけで常人よりも格段に高い身体能力を授けてくれるという。
その増幅能力も、実は魔剣の質によって大きく変化する。
例えばこのカノバトが奮う鉄心棒型魔剣【ジィールギューン】。
この魔剣は、並々ならぬ瞬発力を与えてくれるのが特徴的で。
粒子の如き残光を振り撒き、相手を翻弄するのもまた特異能力の一つだ。
その力を如何なく発揮すればカノバトの様な戦い方をも可能としよう。
勇がかつて使用していた【大地の楔】もまた同様だ。
精錬度の高い魔剣には少なからず何かしらの付与効果があるもので。
だから大抵の魔剣使いはこぞって業物を求める様になる。
それが最も己を強くする方法だからだ。
すなわち、魔剣使いにとっての戦いとは本来は魔剣の質の戦い。
勇の様に特殊な方法で肉体を鍛える事の方が外法なのだ。
つまり、単純な力こそが正義。
暴力の世界で育まれた理がそれを常識とさせたのである。
「カァッ!!」
「うぐっ!?」
更には鋭い一突きがアージの脇腹を打って怯ませる。
魔剣を盾にしようが本来は関係無い。
その俊敏性、瞬発力を前にすれば、壁など有って無い様な物なのだから。
しかしその一撃を最後に、カノバトの動きが突如として緩みを見せていて。
それどころか離れた所で着地し、遂にはその足を止めさせる。
ピュピュンッ!!
その時魅せた棒捌きは見事なものだ。
流れる様に己の身をくるりと回しては、大地に円痕を刻み込み。
勢いのままに魔剣をシャシャンと回転させ、砂塵を跳ね上げながら背後へ構え留める。
鋭く速く、それでいてしなやかに。
緑燐光に囲われるその姿はまるで風を纏う精霊が如し。
しかしてその眼に闘志は消えず。
ゆらゆらと煌めきを伴う様は、緑炎の魔人とさえも見えよう。
「お前にその重しを渡したのは確かにこのワシだ。 だがそれはあくまで出立の手向けに過ぎん。 いつか相応しい魔剣を手に入れるまでの繋ぎとしてな」
その緑炎の魔人が再び語る。
戦意を抑えつつも、鋭い眼差しを向けて。
まさに師が弟子に言い聞かせるかの様に厳しく。
「襲撃者どもを返り討ちにして得た魔剣の中からそれを選んだのはお前よ。 確か理由が、『重くて魔剣を破壊しやすいから』だったか?」
「……そうだ」
「その後しっかり他の魔剣達をも破壊しつくしてのぉ、最初は『正気か?』とも思うたが。 だがその覚悟を認め、ワシはお前を送り出した。 いつかはその魔剣さえも破壊し、強者の証たる業物を得るのだと思うてな。 でもそれは思い違いだった様だ」
ただその語りが続くに連れ、カノバトの肩は垂れていくばかりで。
それ程までに落胆しているのだろう。
それは単に、【アストルディ】が何の変哲も無いただの魔剣であるが故に。
「何故その魔剣を持ち続けたのだ、アージよ。 それはお前が持ち続けるべき魔剣ではない。 今のお前が奮うには足らぬ、ただ重いだけの棒きれに過ぎぬのだからな」
魔剣【アストルディ】。
人の身体が二つ隠れられそうな程に巨大な大斧型魔剣だ。
その意匠は独特で、瓦の様に断続的な刃が連なって円状刃を象っている。
この仰々しい見た目からならば、如何な力が秘められているのか、とさえ思うだろう。
でも、たったそれだけ。
肉体強化を施す様な能力も無く、かといって特殊な固有技も無い。
命力を増幅させる力に特化している訳でも無く、持ち手に優しいという事さえ無い。
つまり、魔剣の精錬度としては最低値という事で。
初級用魔剣と同等の力しか持たないという、熟練者が持ちたがらない一品なのである。
ただ命力許容値が高いだけで、ただの重りにしかならないのだから当然か。
「先程も言った様に魔剣は世界に溢れておる。 お前に相応しい武器など幾らでもあろう。 それを得る事も造作も無かろう。 故にもう一度問う。 何故だアージよ、何故その魔剣をまだ持ち続けている!?」
もしアージが【アストルディ】を捨て、相応しい魔剣を持っていたならば。
カノバトにも勝る実力で肉迫していたかもしれない。
もしかしたら勝つ事さえ容易だったかもしれない。
しかし未だ低級魔剣を持ち続けていて。
それで力が上回っているなら褒めようものだが、そうでもない。
魔剣を打ち交わして実力を垣間見たから、こうして憤る。
今の状況はすなわち、カノバトにとっては手加減されたも同然なのだから。
彼もまた武人であるが故に。
力を得て、育み、伝える者として、誰よりも拘る程に武を求めている。
だから納得いくはずもない。
戦いを止めてでも訊きたくなる程に。
故に、その問いに対する答えが理由に相応しく無ければ―――
―――カノバトはきっと、容赦なアージを殺すだろう。
これ以上戯れる事も、これまでの様に手加減する事も無く。
一突き一突きに相応しい殺意を乗せ、全身を撃ち抜いて。
卑怯と呼ばれる事だろうと、ありとあらゆる手を尽くして。
武人としてではなく、力持つ者として怒り狂うままに。
「【アストルディ】を持ち続けた理由……か」
対するアージも、もう言葉を選ぶつもりは無いのだろう。
敵対している以上は。
ただ、誰よりもカノバトという男を知っているからこそ、応えようとも思う。
同じ武人として、力を追求する者としてわからないでもない問いだったからこそ。
「それは俺にもよくわからん。 きっと思い入れはあるのだろう。 ただ、貴方から授かったこの魔剣を捨てる事が出来なかったのは、俺にとっては一つの戒めだったのかもしれん」
「戒めだと……?」
その問いに答える間に、アージの構えもゆっくりと軟化を見せ始める。
斜に構えていた魔剣を、今はそっと眺める様に掲げていて。
かつての思い出に浸るかの様に、目を細めて想う。
この魔剣に秘められし、己が信念の始まりの時を。
「そうだ。 俺が出立を誓ったあの日、貴方はこれを持つ事を許してくれた。 他の魔剣を破壊した事も。 だから俺は思ったのかもしれない。 『これからもこの魔剣で他の武具を破壊し続けよう』と。 それにもし捨てようとしても、きっと破壊は出来なかっただろう。 愛着もあるからな。 けれどそれは結果的にこの魔剣を他者へと手渡す事にもなりかねん。 そう考えれば、捨てるに捨てられぬ」
アージも魔剣の切り替えを考えた事はあるのだろう。
戦いを始めて十余年にもなる程に、彼は幾度と無く魔剣に触れて来たから。
でもなんだかんだでアージは人情深い男でもあるから。
例え力を求めても、その情が良しとしない事もあったに違いない。
だからこうして【アストルディ】を今まで持ち続けた。
師・カノバトから授かり、旅立つのを許されたという思い出を持つが故に。
その想いが命力を奮わせ、魔剣の命力珠に光を瞬かせる。
まるでその気持ちに【アストルディ】が呼応するかの様に。
「思い出が故、か。 それが答えでも良かろう。 だがその答えは今となっては愚かなだけぞ。 少なくとも、ワシの様な強者を前にしてはな。 敗北の言い訳にもならん」
「ああ、そうだな。 言い訳にもならんさ。 これ程の魔剣で負けるのならばな」
「……ぬ?」
しかしその魔剣の輝きを前に、アージはあろう事か―――微笑んでいた。
思い出に耽っている訳でも無く、愛着に浸っている訳でも無く。
〝この魔剣を選んで良かった〟と言わんばかりに掲げ上げて。
「俺も最初は貴方と同じ様に思っていた。 ただの重いだけの武器なのだと」
「何……?」
「だが、一人の男に教えられたのだ。 そうでは無かったのだと。 事実を知らされた時、捨てなくて良かったと心から強く思ったものよ」
そんな魔剣がぐるりと回り、刀身が大地を突く。
それも片手で器用に操って。
対するもう片方の手はと言えば、腰へ備えたポーチに。
蓋を外し、中身を掴み取って。
そっとそれをカノバトへと向けて掲げて見せる。
そうして見せつけたのは、球状の金属物体。
それはいつだかカプロが渡した【調整機構モジュール】。
以前あった魔剣強化計画で造り上げられた【アストルディ】専用の強化パーツである。
「師匠は知っているか? 【古代三十種】の事を」
「当然だ、知らぬ訳が無い」
「では、その中に〝欠番〟がある、という話はどうだ?」
「欠番……だと?」
けれどその途端に始まったのは、全く関係の無い様な話で。
思わずカノバトが首を捻らせる。
【古代三十種】とは幾度と無く語られた原初の魔剣だ。
かつて古の時代にて創世の女神が造ったとされる強力無比な魔剣群である。
その総称の通り、当初存在していたのは全部で三〇本。
それらはいずれにも番号が振られ、強さの順ともなっているという。
いつか勇が使っていた【大地の楔】は一七番。
海の戦神ナイーヴァ王サヴィディアの【クァファルシェ】は二三番。
中国で戦ったベゾー王ミョーレが操ったパルムナキーンは八番。
渋谷のダッゾ王が持っていたかもしれない【ベルベレッゾ】は七番。
たった今レヴィトーンが猛威を奮っている【エベルミナク】は三番。
そしてこの世界のどこかに他の番号もがきっと存在しているのだろう。
とはいえ、この魔剣の歴史はまさに最古。
古いからこそ、今までの戦いで消滅を免れなかった番号もある。
古代文献の中には失われし番号の事を記した書物もあって。
消滅の理由は様々でも、明らかに現存してはいないと思わせる記述ばかりだった。
例えば溶岩の中に放り込まれただの、百の魔剣に打たれて粉々になっただの。
【フララジカ】が始まって以降も失われ続けており、もう一桁しか残っていないかもしれない。
だが、その中で唯一例外が存在した。
いや、存在しないとされた魔剣があった。
最も古いとされる書物でさえ塗り潰していた番号―――それは一番。
すなわち、最強の【古代三十種】と言える魔剣だ。
その異様さは実に際立っていると言えよう。
何故ならば、文献全てから番号そのものが消えているから。
最古の文献であろうとも例外無く。
ただ失われただけならば『一番、消滅、理由不明』とだけ書けばいいだろう。
でも、いずれも全て〝二番から〟始まっている。
一番のスペースさえ設けずに、二番からカウントが始まっているのだ。
何故除外されたのかは定かではない。
記録が始まる前に消滅したか、それとも最初から造られなかったのか。
それとも、ただ【古代三十種】と呼びたいが為のこじつけか。
でも結局その所在はわからないままで。
故に、それを人は〝欠番〟と呼んだ。
無かった物とされたのである。
しかしそんな逸話も文献も、歴史の中に埋もれ消えていった。
当然、人々の記憶からも。
だからカノバトも知りはしなかったのだろう。
彼はあくまでも武人。
剣聖達の様に魔剣そのものを求めている訳では無かったから。
【古代三十種】もただ噂を聞いただけで、本物を見た事がある訳でもなく。
では何故アージが知っているのだろうか?
答えは簡単だ。
その最古の文献が魔特隊に存在しているから。
解読した者から聞けば当然知っていよう。
グゥの日誌こそがその〝最古の文献〟なのだから。
「その欠番を求め、遥か昔には多くの魔剣使いが旅に出たと聞く。 今日びの放浪魔剣使いの礎になったとも言われる程にな。 だが誰も見つける事叶わず、歴史は覆されなかった。 当然だ、見つかるハズも無い。 そんな強力な魔剣など最初から影も形も無かったのだからな……!!」
「どういう事だ? それが【アストルディ】と一体どういう関係が有るというのだ!?」
とはいえ、カノバトにとっては絵空事を聴かされている様な物だ。
そんな事情など知りもしないからこそ。
故にたちまち魔剣の柄を大地に突き、怒りの声を張り上げる。
ただ、その中でもアージは冷静だった。
静かにゆっくりと【調整機構モジュール】を魔剣へと嵌め込んで。
再びカノバトへと向け、その巨大な刀身を構えて見せつける。
その顔にはもう、先程までの笑みは無い。
この【調整機構モジュール】を備えるという事がどうなのか、誰よりも知っているからこそ。
「関係は―――大いに有る」
「なにッ!?」
「先程言ったカプロが見つけたのだ。 〝影も形も無い〟そのからくりをな。 ……こんな物を使う事は無いと思っていた―――が、そうとは言えん時が来てしまったらしい。 魔剣が力と言うならば、俺はその想いに応えねばならん。 勝つ為にも……!!」
それでも、力を迸らせる。
命力を滾らせ、魔剣に篭める。
それは決してカノバトに煽られたからではない。
例えその命を消そうとも勝たねばならぬと覚悟を決めたからだ。
そしてそれを師が望むならば。
「ならば今こそ見せよう、この【アストルディ】の真の姿を……!!」
今、アージは真の意味でカノバトへと牙を剥く。




