~震える空と大地~
空に幾重もの光が瞬く。
ジョゾウとレヴィトーンが空中で戦闘を繰り広げているのだ。
互いに刀を打ち合う事で火花が散って。
戦意が、闘志が閃光となって暗空を裂く。
二人のだけの空で、ただひたすらに。
しかし、戦況はレヴィトーンの優勢。
魔剣【エベルミナク】が誇る長大光刃を前に、ジョゾウは近づく事もままならない。
一度振られれば、その刃が高速で縦横無尽に空駆けるのだから。
光刃は言うなれば光線剣だ。
故に実体を持たなければ空気抵抗も受けない。
それすなわち、長大斬撃を奮う力は不要という事で。
加えて、力一杯に振る必要も無くなる。
余りの長さ故に、光刃の従動距離が本体の振り幅の数倍にも匹敵するからだ。
なれば少し力を加えて斬るだけで、切っ先に掛かる力も速さも格段に変わる。
つまり『単振り子・回転運動の法則』が多大に働くのである。
一人を斬るだけならば、もはや大振りなど不要。
その柄をほんの少し傾けるだけで、切っ先が大きく振られて斬撃と成るからこそ。
しかもそれが遠くから。
近づける訳が無い。
キュオンッ!!
ギャイインッ!!
幾度と無く光刃が走り、ジョゾウが躱す。
魔剣で受け止めるか、あるいは辛うじて避けるか。
最初の攻防が戯れだったのかと思える程に一方的だ。
それも空中であるが故に、不利も否めない。
空を飛ぶという事はすなわち、形の無い空気に乗るという事で。
硬い大地を蹴るよりも速力に劣り、加えて自由も利かない。
それは例え鍛えていようが、特訓を重ねようが関係無く。
だからこそ近づく事が敵わないのだ。
レヴィトーンの飛行速度にも敵わず、斬撃にも翻弄されて。
かといって屋上に戻っても、頭上からの攻撃に晒され続けるのがオチだ。
例え劣勢でも、相手が空中に居る以上は空で戦うしかない。
むしろ全方位自由に動き回れるからこそ、その方がずっと戦い易いだろう。
「どうだジョゾウよ!! お前が幾ら抵抗した所で状況は変わらぬ!! この【エベルミナク】を前には全てが無に帰すのだ!!」
「ぐぅ!! だが其方だけが張り切ろうとも、下の者達もがそうであるとは限るまい!! 見よ、地上の光景を!! 其方達側が今や劣勢であろうッ!!」
でもそんな二人でも見えている景色はまるで逆だ。
ジョゾウは攻撃を躱しながらもしっかりと周りを見ていたらしい。
空かさず顔を大きく逸らし、レヴィトーンの視線を地上へと誘う。
対するレヴィトーンは今更ながら地上の状況に気付いた様子。
見下ろしていたにも拘らず、周りが全く見えていなかったのだろう。
ただその視線も、すぐにジョゾウに戻される事となるが。
「知らぬ!! 貴様を落とした後に全員斬り裂いてくれるわ!! 伝説と同じ様になぁ!!」
もはや問答無用だ。
意識はジョゾウ一人へと向けられ、全く意に介そうともしない。
まるで鬼人か凶人か。
敵意に縛られ過ぎて理性があるかさえ疑わしい。
もしかしたらレヴィトーンは雑兵などただの駒としか思っていないのかもしれない。
自分の目的が果たせれば、ただそれだけでよいのだと。
その目的―――すなわち闘争。
孤独を求め、同類に斬り合いを望むが故に。
「逃げるだけというのもつまらなかろう!! なればこれはどうだあッ!?」
その想いが、遂には奇行にさえ走らせる。
なんと、あろう事かレヴィトーン自身がジョゾウ目掛けて急降下してきたのだ。
その長い刃を長槍の如く真っ直ぐと向けて。
「おおーッ!?」
その速度は尋常ではない。
切っ先が瞬時にジョゾウの目前へと迫る程に。
ジョゾウがそれを瞬時に羽ばたいて躱す。
まさに間一髪、光刃が滑らんばかりの距離を突き抜ける中で。
だが―――
「クゥオオッ!!」
まるでその逃げ道さえもレヴィトーンに掌握されているかの様だった。
それ程までに鋭く、速く、刃がジョゾウを追い駆けていたのだから。
刻まれし刃の軌跡は、空を跳ねるが如き鋭角軌道。
更には返し刃が瞬時にクルリと向けられて。
輝く刀身がたちまち残光と共にジョゾウの喉元へと迫る。
ピュインッ!!
まるで針で抜く様な斬追撃だった。
それだけ鋭く、突き抜けた様に真っ直ぐだったからこそ。
しかし、ジョゾウはそれをも躱していた。
その身を捻り、筒の様に丸くさせて回転する事によって。
ただしそれもまた紙一重。
カミソリに削ぎ落されたが如く、羽根の小断片がたちまち宙を舞う。
「なんとおッ!!」
ジョゾウももはや必死だ。
怒涛の攻めを前に成す術も無く、こうして躱す事しか出来ないのだから。
恐るべきはやはりレヴィトーン。
なんという戦術か。
なんという凶行か。
不敵な笑みまで浮かべ、逃げるジョゾウを眼だけで追う。
躱されたにも拘らず、更なる追撃に迫る事もせず。
明らかに遊んでいる。
戦いを愉しんでいるのだ。
その為には魔剣の長所さえ放棄する事も厭わない。
意表を突き、翻弄し、最後には叩き斬る為にも。
「どう足掻こうが最後には俺が勝つ!! 逃げても無駄だジョゾウよおッ!!」
「クッ!! かくなる上はッ!!」
ただ、ジョゾウもこのまま受け身を続けるつもりは無い。
この戦いに勝たなければ、伝説通りに仲間達が首を刎ねられかねないからこそ。
なんとかして逆転の糸口を見つけ、その手に掴まなければ。
でもその為には光刃の猛威を払い、相手の懐に飛び込まねばならない。
超範囲を誇る斬撃の中を潜り抜け、更にはレヴィトーンの意表を突いて。
それを成せる可能性は、ジョゾウには―――
有る。
たった一つだけ、大きな可能性が。
仲間に頼る訳でも無く。
逃げる訳でも無く。
己の力で逆転を成し遂げられるであろう手段があるのだ。
そしてジョゾウはもう、その手段に気が付いている。
その時何を思ったのか、ジョゾウが己の身を回転させたままに飛び抜けて。
入口の塔屋上を蹴り、空へと一気に跳び上がる。
今までよりもずっと速く、空を突き抜ける様にして。
「フンッ、小細工をッ!!」
その様子を眺めていたレヴィトーンも遂にその翼を再び奮う。
空を舞うジョゾウを追い駆け、目論見ごと断ち切らんとせんばかりに。
二人が突き抜けていく。
暗闇に沈んだ空へと向けて。
ただ真っ直ぐとひたすらに。
けれど何かがおかしい。
あのレヴィトーンが追い付けていないのだ。
全速力で扇ぎ飛んでいるにも拘らず。
それどころか、むしろジョゾウの上昇速度が明らかに―――速い。
「ヌウッ!?」
レヴィトーンもそれに気付き、先行く相手に目を見張らせる。
今まで何もかもが劣っていたジョゾウの急な勢いを前にして。
だが、今更気付いた所で時既に遅し。
突如としてジョゾウが急旋回し、今度は空の彼方から急降下を始めたのである。
なお己の身体を回転させ続けるがままに。
真っ直ぐと迫るレヴィトーンへと向けて。
そう、ジョゾウは加速する中でもずっと回り続けていたのだ。
それも自らの意思で、回転速度をも更に上げつつ。
その推力の秘密は、手に握る二本の魔剣にこそ存在する。
【天之心得】に備えられた加速装置が驚異の推進力を生み。
斜に構えられた【テオグル】がその推進力から空力を得て、回転力へと換えるという。
己の身体を軸にして回転する姿はさながらジェットエンジンの如く。
しかもそれが敵に向けられれば、たちまち高速の弾丸と化す。
これこそジョゾウが秘密特訓の末に編み出した対空戦闘奥義。
その名も、空蔵空戦兵術-亜式、奥義・【烈空斬弾】。
伊達に外出で何度も飛び立った訳ではない。
ジョゾウはその度に人目の付かぬ空で訓練を続けていたのだ。
いつか来るであろう強敵に立ち向かう力を得る為にも。
そしてその末に編み出したのがこの奥義。
その威力はジョゾウ自身ですら恐れる程に強烈無比で。
一度突き抜ければ、樹であろうが岩であろうが容赦無く削り取り。
大地も抉り抜き、空さえ掻き乱れさせるという。
これは決して誇張などではない。
れっきとした事実だ。
その揶揄通り、今のジョゾウはまさに弾丸。
光刃の脅威を祓う、希望の螺旋徹甲弾と化したのである。
その様な弾丸ジョゾウを前にして、レヴィトーンも戦慄を隠せない。
切り返し迫る姿を見て、その威力を悟ってしまったが故に。
「何ッ!?」
それに、恐ろしいのが技の威力だけではないからこそ。
同等の速度で上昇していたからこそ、相対速度はほぼ二倍で。
その状況で旋風弾丸が直撃しようものならタダでは済まされない。
いくらレヴィトーンと言えど、一瞬にして肉塊と化すだろう。
「クゥオオオッ!! なればァアアッッ!!!!」
そうわかればレヴィトーンとて必死となるだろう。
たちまち魔剣に光を灯し、長大の光刃を伸ばして迎え撃つ。
弾丸ごと斬り裂こうというのだ。
「レヴィトォーーーンッッ!!!覚悟ォ!!」
「ジョゾウがあーーーッッ!!!」
こうなればもう互いに退く気は無い。
どちらの力が上か、己の力を信じて奮うのみ。
刀と銃、どちらが強いのか。
その優劣を比べようとした、とある一人の現代人が居た。
己の好奇心のままに刀と銃を得て、公式に実験したのだ。
刀を立てて固定し、その刃へと向けて銃弾を放つという実験を。
そしてその結果―――なんと刀が勝利を収めたのである。
確かに、銃側は普通の拳銃で弾丸も汎用弾、殺傷力は低かったかもしれない。
それでも刀は確かに銃弾を切り裂いていた。
高速回転する弾丸を螺旋状に抉りながら。
刃こぼれ一つする事無く。
今のジョゾウとレヴィトーンはこの実験の状況にとても似ている。
猛者とさえも言えないジョゾウと、伝説の魔剣を奮うレヴィトーン。
その力の差はもはや歴然。
しかもレヴィトーンには銃弾顔負けの長大な光刃があるからこそ。
先手を打つのは当然、刀の方だ。
「死ねェェェーーーいッ!!!」
自分目掛けて落ち来るジョゾウへ向けて、光刃がたちまち空を裂き。
一切の迷い無く、輝く残光を刻んで。
その刃が遂にジョゾウへと振り下ろされた。
ギギャギャギャッ!!!
だが、斬れない。
回転刃に阻まれ、切り抜けられなかったのだ。
それどころか―――
「う、おおおッッ!!?」
なんと、【エベルミナク】の光刃が負けている。
【裂空斬弾】の余りの威力ゆえに、光線そのものが削り取られていたのである。
更には光刃を割り砕き、弾きながら螺旋弾丸が突き進む。
レヴィトーンへと向けて強引に。
「まさか【エベルミナク】の力が押し負けるだとォ!? 馬鹿なぁ!?」
かつて無い事だった。
光刃が砕かれるなど。
今までのいずれの相手も、この魔剣の力で難なく斬り伏せて来たから。
それでも、デュゼロー程の相手なら出来ても不思議ではないだろう。
でも砕いたのはあのジョゾウである。
自分よりもはるかに劣っていたはずのジョゾウが成し遂げたのだ。
驚愕しないはずが無い。
怯まぬはずが無い。
そしてそんな相手の隙を、ジョゾウが狙わぬはずが無い。
「今であぁるッ!! カァァァーーーーーーッ!!」
今こそ、レヴィトーンを討つ為に。
その凶気を断ち切る為にも。
「―――と、俺が退くと思ったか?」
だからと言って、レヴィトーンがこの事を想定していないと思ったのだろうか。
これこそがレヴィトーンが誇る実力の由縁か。
その秘密は魔剣でもなく、命力量でも無く。
恐るべきは技術、その引き出しの深さにこそ起因する。
この時、確かに光刃は砕かれた。
けれどその先に肝心の本体魔剣が―――無い。
なんと本体の刃は既に振り抜けていたのだ。
光刃を残したまま、己の陰に隠れる程に深く。
強い遠心力が生まれる程に強く。
その遠心力がレヴィトーン自身をも回転させ、突撃の角度を大きく逸らせる事となる。
激突軌道から大きくズレる程に速く鋭く。
それはジョゾウにも見えていただろう。
見えていたが、対処出来る訳も無い。
【裂空斬弾】はすなわち一点突破の突撃奥義で、小回りが利かないのだから。
この様に寸前で避けられようものならば。
「な、なんとおッ!?」
その通り、【裂空斬弾】が避けられたのである。
まるで宙を跳ねるが如きレヴィトーンの華麗な剣舞いによって。
しかもそれだけには留まらない。
身を回す程の旋回力は、そのまま斬撃の威力にも繋げる事が出来るからこそ。
「クゥアアーーーーーーッ!!」
その瞬間、レヴィトーンの刃が回転するままに斬撃となる。
鋭く速く、容赦の無い一閃として。
ズダンッ!!
その斬撃が遂にジョゾウの背を斬り裂いた。
鮮血を舞わせる程の傷をもたらして。
「ガハアッ!?」
確かに【裂空斬弾】の威力は凄まじい。
光刃を砕き進む程に。
しかしその威力が誇れるのは正面のみ。
魔剣二本を構えた正面だけが強固に過ぎない。
なれば対処方法はただ一つ。
躱して本体を狙えば良い。
レヴィトーンは見抜いていたのだ。
その【裂空斬弾】の弱点を。
この様に回避すれば、その弱点を如何様にも狙える事を。
「チィ!! 浅かったか!!」
ただ、それでも困難である事に変わりは無い。
鮮血は舞ったが、微量。
斬ったとしても皮一枚で、肉には至っていない。
確かに、避ける事はレヴィトーンなら容易だっただろう。
けれど相手が高速で擦れ違うからこそ、それを追う様な斬撃では。
超速の相対速度を前には、如何なレヴィトーンの技術でも追いきれなかった様だ。
「ならばもう一太刀ッ!!」
それでもジョゾウの体勢は崩れ、既に回転も緩まっている。
後はその隙を突いて斬り裂けば全て終わりだ。
たちまちレヴィトーンがジョゾウを追って急降下していく。
自由落下するだけの相手に追い付く事など造作も無い。
後は瞬時にして距離を詰め、容赦無く真っ二つにするのみ。
だがその時、予想しなかった出来事がレヴィトーンを襲う。
空の彼方から突如として光が二つ、レヴィトーン目掛けて迫っていたのだ。
それはなんと炎弾。
頭の大きさほどの炎弾が真っ直ぐと筋を描いて飛んできたのである。
空に轟く程の燃焼音を「ゴォウッ!」と掻き鳴らしながら。
「ぬうッ!?」
それに気付き、レヴィトーンが再び宙を舞う。
己の身体を二転三転とさせながら。
そうして難なく炎弾を躱したのだが。
再び視線を戻せば、既に標的が居ない。
体勢を崩して急降下していたはずのジョゾウが―――消えていた。
「なにィ!?」
間も無く、炎弾が屋上へと到達して爆発を起こし。
暗闇に包まれようとしていた空を明るく照らす。
そしてレヴィトーンは見るだろう。
予想だにもしていなかった事態の真相を。
炎の光に充てられて浮かぶ、二人の鳥影を。
「ジョゾウよ、倒れるにはまだ早かろう」
「お、おお、其方は……其方達はッ!!」
ジョゾウもまたここで初めて気付く。
自分はもう、一人ではないのだと。
ジョゾウには見えていた。
己を抱える者だけではなく、空に列挙する友たちが。
「待たせたなぁジョゾウよぉ!! これより助太刀いたすゥッ!!」
「おお!! ボウジではないかあッ!!」
そう、空に舞う者達こそ故郷の将達。
カラクラが王ボウジとその仲間達だったのだ。
もちろんボウジだけではない。
ジョゾウを掴み飛ぶのはドウベで。
更にはロンボウ率いる新生カラクラ七人衆達がボウジを囲う。
グラウンドを見れば、ムベイと若輩のビゾまでもが弓を番えて援護する姿が。
彼等はかつてジョゾウと共にカラクラ七人衆として肩を並べた者達。
それが今ここに一挙勢ぞろいしていたのである。
これが魔特隊を救う最後の奇跡だった。
彼等の紡いだ絆が本物であったが故に。
いや、これはもはや必然だ。
絆が導いた運命だ。
なれば後は、この訪れた運命をも己の力と換えるのみ。
自分達の信じる正義に準じて、振り撒かれた理不尽を祓う為にも。




