~魔特隊本部強襲~
『皆の者!! 敵襲に御座るッ!! 本部が包囲されておるゥ!!』
それは夕暮れの陽気で気が解れ始めていた時の事。
ジョゾウの叫びが突如として事務室内に響き渡る。
それから起きる事はもう、何から何までが嵐の様だった。
「全員ゲートまで全力で走れェーーーッッ!!!」
咄嗟のアージの叫びを皮切りに、全員が席から飛び出す。
一部の者は机や椅子さえ足蹴にして。
「総員撤収!! 事務所を一時放棄しますッ!!」
これには福留さえも必死だ。
老人とは思えぬ瞬発力で駆け、扉の前で仲間を誘導していて。
先陣は最たる実力者であるアージの役目だ。
次いで他の者達が後に続いて事務室から一気に駆け出していき。
最後にマヴォが後を護る様にして退出していく。
するとその瞬間―――
ガッシャァァァーーーーーーンッ!!!
なんと、魔者達が外から事務室へと飛び込んで来たではないか。
窓すら無造作に砕き、更には事務用品なども蹴散らして。
もはやそこに躊躇などありはしない。
殺意を剥き出しにし、去り行くマヴォ達の背を追い駆ける。
「ンヒィーーー!!」
突然の窮地に、誰しもが気が気ではない。
戦闘員でもなく、人生経験も薄いカプロならなおさらで。
恐怖の余り、よだれや鼻汁までをも撒き散らしてドテドテと駆ける姿が。
当然、笠本や平野やニャラも、そこまで酷く無くとも怯えを隠せない。
あのズーダー達でさえ例外ではないのだから。
それだけ、襲撃者達の威圧感が凄まじかったのだ。
〝何が何でも殺してやる〟―――そう感じ取れる程に殺気を漲らせていたが故に。
「ヌオオッ!?」
ただ、その殺気は決して背後だけから向けられているとは限らない。
彼等が向かおうとしていた先、正門ゲート前。
なんと、そこにはもう無数の魔者達がひしめいていたのである。
今にも本館正面扉を打ち破らんとする形相で。
ゲートはもう突破されたのだろう。
最も事務室に近いからこそ。
「ぐぅ、正面はもうダメだッ!! マヴォ、お前が先陣を切れッ!! ここは俺が食い止めるッ!!」
「応ッ!!」
ならば逃げ道はもう、比較的広いグラウンド方面にしか無い。
そっちならばアンディとナターシャとの合流も容易だからこそ。
そう察したアージが、おもむろに魔剣【アストルディ】で力一杯に横薙ぎる。
正面扉ごと、飛び込んで来た魔者達を薙ぎ払ったのだ。
さすがのアージか、無数の敵を相手にも怯む事は無い。
ならばと、マヴォもその体に命力を迸らせる。
背後から迫って来た魔者達に双刃を向けて。
ギャルルルッ!!
なればたちまち、その者達も倒れる事となる。
マヴォ得意の光輪刃ならば、雑兵を裂く程度など造作も無いのだから。
「お前達ッ!! 俺に付いてこぉい!!」
勇達が居ない今、戦力の要はまさにこの二人だ。
故に、これほど頼もしいと思えた事は未だかつて無かっただろう。
「グーヌーの底力を見せるぞ!! 何としてでも皆を護れェ!!」
ズーダー達も負けてはいない。
マヴォが事務室から流入する魔者達を押し退けている間に、代わりの先導で逃げ道を確保する。
通路を駆け抜け、グラウンドまで一気に突っ切るつもりだ。
だがそんな時、誰よりも素早く、群を抜いて駆け出した者が一人。
カプロである。
先程まで怯え慌てていたカプロが突然、力の限りに駆けていたのだ。
「カプロ殿ォ!?」
「忘れてたッス!! 日誌がまだ工房に置きっぱなしなんスよぉ!!」
余りの突然の出来事で忘れていたが故に。
しかしこうして思い出してしまえば、もう捨て置く訳にもいかない。
「んなもん、置いてけェ!!」
「そうはいかねッス!! あれは勇さんから託された大事なモノなんッスよおおーーー!!」
グゥの日誌は紛れも無くカプロの宝だ。
皆にとってはなんて事の無い本であろうとも。
グゥから引き継ぎ、勇に託された、彼等にとっての絆の証であるからこそ。
故にカプロがその勢いを止める事は無く。
再びマヴォが列尾に付くも、もはや列そのものが瓦解寸前だ。
「ズーダァー!! 工房までカプロ達を護れェ!! 俺はこいつらを薙ぎってからすぐに行くッ!!」
「わかった!!」
幸い、工房を控える廊下への敵流入はまだ無い。
ならば今は事務室からの流入を押し返せばよい。
そうすればカプロ達も、アージの背後も護る事が出来るから。
だからこそマヴォは猛る。
敵を一人残らず切り裂く為にも。
その手に持つ双斧魔剣【ヴァルヴォダ】と【イムジェヌ】に光を灯して。
「カァァァーーーーーーッ!!!」
狭い通路だろうが関係は無い。
その身のこなしは場に囚われぬほど縦横無尽だ。
壁を、天井をも足場にし、迫る敵を片っ端から翻弄する。
ババババッ!!!
その姿、まるで廊下を吹き抜ける螺旋疾風の如し。
瞬時にして五人もの魔者達を切り裂き弾いていく。
でも着地を果たしたマヴォの表情は優れない。
一人残らず斬ったのにも拘らず、空かさず振り返っていて。
それもそのはず。
斬ったはずの魔者達が立ち上がろうとしていたのだから。
それは確かに全ての敵ではないのだが。
立ち上がる者達はいずれも大事に至らず、敵意をなお向け続けている。
「まさかこいつら……ッ!?」
今の斬撃が防がれていたのである。
いずれも辛うじてであるが、致命傷を避ける様に。
各々の手に持つ武器によって。
そう、魔者達はなんと魔剣を持っていたのだ。
それも使いこなせる程に馴染ませた物を。
一つ一つは初級魔剣程度でしかないのだろう。
しかしそれでも馴染んでしまえば充分に戦う事が出来る。
多人数相手に力が分散されれば、こうして防ぐ事も難しくはないのだから。
「馬鹿なッ!? なんでこんなに魔剣があるんだッ!?」
だからこそマヴォが驚愕を隠せない。
恐らくは今頃アージも同様に思っている事だろう。
今までに見ただけでも相手は十数人。
本部を取り囲むのなら百人以上は固い。
もしその全てが魔剣を有しているのだとしたら、驚愕しない訳がない。
「クソッ!! どうやら一筋縄ではいかなさそうだな……ッ!!」
魔特隊に入るまで、アージとマヴォは魔剣使いを屠る為に旅を続けていた。
その期間、おおよそ十年。
その間に倒した魔剣使いは数知れず、十数人にも上る。
魔剣とは本来、それだけ希少な物なのだから。
それが今こうして、かつてを凌駕する数を取り揃えている。
かといって新しく製造したものとも思えない。
いずれも形や大きさがバラバラで、集団へ配る為の量産品とは到底思えないからだ。
だからこそ信じられる訳も無い。
一体どこにこれだけの魔剣が隠されていたのか、と。
アージが、マヴォが戦慄に唸りを上げる。
突如として現れた魔剣使いの大集団を前にして。
だがこの後、彼等は思い知る事となるだろう。
この襲撃がまだほんの序章に過ぎないという事を。




