~魔特隊へ向けられた召喚状~
勇達の存在がデュゼローによって公表された。
その事実が遂にはインターネットの世界にまで波及し、様々な議論を呼ぶ事となる。
既に某匿名掲示板では幾つものスレッドが立ち、有象無象の情報が飛び交っていて。
もはや真偽など関係無く、そのほぼ全てが勇達を嘲笑うかの様な内容だった。
まるで自分達に募っていた恨み辛みをもぶつけるかの如く。
『藤咲勇って誰だ?』
『見つけた、白代高校出身』
『ていうか全員白代高校じゃん、あそこテロリスト養成学校だったの?』
『これ、国家反逆罪にならねーの? つか世界転覆罪っしょ』
『実家の住所見つけた。 東京の外れじゃん。 似非エリート都民かよ』
『やばい近いんだけど。 テロリストに殺されるから今の内に逃げとくわ』
『どこにだよ。 ブラックホールにでも突っ込んでろ情弱』
『テロリストがテロリスト告発とか世の中わかんねーな』
そこに勇達を擁護する声は無い。
誰もが嬉々として彼等を責め、咎めの言葉で塗り潰すばかりで。
そして果てには、彼等の悪意が現実へも飛び火する事となる。
「一体何なんですか!! 電話切りますよ!!」
勇の父親が固定電話の受話器を叩きつける様にして親機へ返す。
しかその間も無く再び着信音が鳴り響き、止む事は無く。
こうなったのも、インターネットの悪意が身辺情報を拡散したから。
勇達を悪と決めつけた者達がこぞって個人情報を調べ上げたのである。
その結果、最もわかりやすい固定電話の番号がばれ、報復の対象となった。
罵詈雑言を浴びせる者、無言を貫く者、形は様々だが悪意がある事は変わらない。
遂にはそのやりとりさえに嫌気を差し、父親が電話の電源と通信線を引っこ抜く。
理性が保ててなければ、電話機すら叩き壊してしまいそうな程の憤慨ぶりだ。
対して母親の方はもうげんなりとして項垂れている。
離れていても聴こえてしまう程に相手の声が煩かったのだから当然か。
「どうせ固定電話に掛けてくる知人はもう殆ど居ないんだ。 これを機に後で解約しよう。 何、気にする事はないさ」
「ええ、そうね……」
個人携帯の方はまだ静かなもので。
まだ情報が職場関連に行き渡る程ではないのだろう。
ようやくリビングが静かとなり、父親がとさりとソファーへ座り込む。
ただ、その姿は先程の憤りとは打って変わって力無く。
そんな彼の肩に、母親がそっと抱き込む様にして手を添える。
「大丈夫よ、勇は悪い事なんてしていないから」
「ああ、もちろんわかってる。 でもなんで誰も、勇達がやろうとしている事を理解しようとしないんだ。 この男だって一概に勇達の事を責めてるって訳でもないのに……」
父親が気落ちしているのは、決して悪戯電話に辟易していたからではない。
演説と世間の反応に余りにもギャップを感じ過ぎていたからである。
どうやら父親は冷静にデュゼローの話を聴いていたらしい。
考えても見よう。
デュゼローは本当に魔特隊を『悪』と断言していただろうか?
否。
デュゼローは決して名言してはいない。
ただ「世界を崩壊に導いている」、「影で暗躍している」としか言っていない。
その行為が一概に悪だとは言い切っていないのである。
それどころかこうも言っている。
「事情を知らないまでも平和を作ろうと奔走」、「我々も出来る事なら平和を享受したい」と。
つまりは共感だ。
デュゼロー達はむしろ勇達魔特隊に共感さえ見せている。
これが勇達の信じたくなっていた要因の一つなのだ。
勇の父親は昔から息子の戦いを遠くから支え続けて来た。
その上で、職場でも客観的に人を見る事が多くあったから。
だから双方の先入観無く、デュゼローの話を聴く事が出来たのだろう。
そしてデュゼローが勇達を悪だと断言していない事に気付いて。
それ故に父親もまた、納得はしたくなくともデュゼローの話に一目を置いている。
なのに世間がこうも勘違いしているとなれば、憤慨もするだろう。
皆が皆、勇達が世界を滅ぼす行為を自発的に行っているのだと曲解してしまっている。
それも、誰もが疑う事無く敵意をぶつけてしまう程に。
それがデュゼローの意図通りなのか、偶然の結果なのかはわからない。
だがそれが今の現実で。
世界はもう間違い無く、デュゼローの語った世界救済の手段通りに動いている。
そう思える程に、人々の動きは顕著だったのだ。
こうして気苦労していたのは勇の両親だけではない。
園部家や相沢家もまた、罵詈雑言を退けて息子娘を静かに見守っていて。
そして勇達を良く知る者達もまた同様に、ただじっと信じ続けて見守っていた。
◇◇◇
一方、都庁展望台では―――
カメラが回り続ける中、デュゼローの演説が遂に的を絞り始める。
魔特隊、勇達に矛先を向けて。
続いて語られたのは、特事部時代を含めた魔特隊の活動内容。
勇の父親が予見した通り、いずれも一切の偏向を加えられていない真実そのものだ。
渋谷のダッゾ族での事から始まり、多くの魔者達の討伐事を。
当然、アルライの里やカラクラの里との融和もその中に。
更にはフェノーダラ城の存在と、悲劇への顛末も。
魔特隊時代へと至っても基本的には変わらない。
世界各国で行われた魔者の討伐やリジーシアの様な人の国の制圧などなど。
そこに埼玉の悲劇も含まれれば説得力は申し分ない。
だがそんな事よりも何よりも。
余りにも〝討伐〟が多いからこそ、人々は自然とその文字に惹かれる事となる。
平和など程遠いのではないかと思えてしまう程に。
後半こそその数は減っているが、人々の心は既に先入観で染まっているだろう。
恐らくは、もうそんな事実になど目も暮れていないのかもしれない。
〝如何に魔特隊があくどい事をしているのか〟
そう思い込むには充分過ぎる情報が、語りや記事にはあったのだ。
「―――これが、今までの魔特隊の活動です。 これをどう思うかは、話を聞き届けて頂いた皆様の判断に委ねたいと思っております」
そしてこの一言で締まれば、話の補完は成立する。
後は何があろうと「聴いたままです」と答えれば済むだけなのだから。
デュゼロー達がここに自意思を織り交ぜないのは、公平性を保つ為。
主観を入れてしまえば民衆の扇動にもなり得てしまうからだ。
それではこの演説が何の意味も成さない。
目的はあくまでも自発促進。
一人一人が自分達で理解し、その上で手段を講じて貰う事だ。
そうしなければ意思が働かず、結果的に〝世界を嫌う事〟に繋がらないからこそ。
今の一言で、デュゼローが語りを一旦途切れさせる。
まるで人々へ考える余地を与えるかの様に。
その間も、画面外に立つ千野は悩むばかりだ。
打ち明けられた事実が余りにも常軌を逸していたが為に。
それはデュゼローの隣に座る大間都知事も例外ではなく。
先程までの強張りは解け、どこか哀れみにも似た気落ちの表情を隣へ向けている。
今の話で思う所があったのだろう。
「我々はこの世界を滅ぼしたくはありません。 我々にも皆様と同様に仲間や友人、家族が居ますから。 彼等を失う訳にはいかない、そう願っております。 それは都知事、貴方も同様でしょう?」
「当然だ」
「では、是非協力願いましょう。 これより、私は今までの魔特隊がこれ以上過ちを繰り返さないよう、一つの宣言を致します」
でもこうしている間にも話は佳境へ進むから。
モッチが冷静にデュゼローへ焦点を向ける。
その姿、その意思を余す事無く伝える為に。
「これより二時間以内に、今挙げた魔特隊メンバー五人は直ちに都庁へ来い。 武装などはしても構わない。 だがもし来なかった場合―――我々の行動は都庁だけに留まらない。 日本全土が我々【救世】によって間も無く支配されるであろう」
そう、これはすなわち勇達への召喚状である。
大間を、日本を人質とした、逃げる事の叶わない通達だ。
「魔特隊の諸君、この動画を見ていない訳では無いだろう? 我々の下には都知事という大事な客人が居るという事を忘れないで頂こう。 そして我が同胞が世界各国に居る、という事もな」
全てを温和で済ませるつもりは無かったのだ。
こうして都庁を大々的に占拠したからには。
自分達の目的を一貫とさせる為にも。
そこに正義や悪など関係無い。
ただ世界を救う為に、何もかもをも利用する。
そのスタンスを崩さない為にも、デュゼローはこうして大間を利用した。
全ては、邪魔者である魔特隊を排する為に。
その為には、例えテロリストと揶揄されようと怯みはしないだろう。
今の一言を最後に、カメラがズームアウトしていく。
演説が終わりを告げたのだ。
千野もその事を伝えられていたのだろう、自然に映像へと入り込んでいて。
カメラが向けられると同時に、マイクを口元へとそっと充てる。
「以上で、デュゼロー氏ら【救世】の声明は終了となります。 魔特隊の皆さん、日本の為にも早めの参上をお願い致します。 日之本テレビの千野がお送りいたしました」
そしてこの一言を最後に、動画が暗転していく。
長く重かった動画が遂に終わりを告げたのである。
「千野さん、お疲れ様です」
「ハァ、ハァ、モッチ、私ちゃんとやれた……?」
「え、ええ、ばっちりです。 少し休みましょ?」
あの強気だった千野ももうヘトヘトだ。
あれだけ緊張に包まれていたのだ、気が緩んで疲れがどっと押し寄せたのだろう。
空かさずモッチが椅子を差し出して座らせる。
とはいえ、礼を返せる程の気力も残っていない様だが。
「二人共、いい仕事だった。 協力に感謝する」
そんな二人にデュゼローから労いの声が。
イビドとドゥゼナーもその風貌に反した柔らかい笑みと拍手を送っていて。
先程の話からは想像も付かない暖かさに、千野もモッチも照れを隠せない。
この放送に携わって良かった、と。
しかも、そこからまた一つ欲が生まれる事となる。
デュゼロー達に付き、更なる真実を追い求めたいと。
千載一遇のチャンスを逃さない為にも。
「まだ私達の仕事あります?」
「ああ、君達が良いのであれば。 だが、今以上無い最高の場面が撮れる事を約束しよう」
もちろんデュゼローも願ったりの様だ。
そこには今までに見せなかった柔らかな微笑みが。
今回の案件に対し、千野の性格は予想以上に適任だったらしい。
その反応を前に、千野も応えずにはいられない。
疲れながらもそっとサムズアップを向け、意欲を形で見せつける。
「大間都知事も静かに付き合い頂けて助かった。 感謝する。 しかし申し訳ないが、魔特隊の面々が来るまでは共に行動して頂こう。 彼等が着き次第、開放する事を約束する」
もちろんもう一人の役者も忘れてはいない。
ただただ反応を返す事しか出来なかった大間の事を。
いや、それで充分だったのだろう。
大間の役割など、まさに人の目を惹く張子の虎でしか無かったのだから。
「そうか、私は本当に〝釣り餌〟なのだな」
「ああ。 我々にとって貴方の生死などは眼中に無い。 当然、都知事という立場も。 ただ魔特隊をここに呼べさえすれば、それで充分なのだから」
そう、張子の虎だ。
世界救済を進めるデュゼロー達にしてみれば、都知事などその程度の認識でしかない。
たまたま人が多い街を治めているだけの小さな人一人なのだと。
でも現代のしがらみに囚われた者にとっては、これ以上無い餌となる。
ただ座っているだけで役目を果たせてしまうのだから。
大間に対してのデュゼローの反応は千野達ほど柔らかくはない。
それだけ役割が軽いからだろう。
しかし大間としてはその事実を受け入れたくはない様だ。
それは決して都知事だからではなく、一人の人間として共感したからこそ。
「実は私もそこまで深い事情を知らされていなかったんだ……先程の非礼を詫びたい」
「気にする必要は無い。 貴方が抵抗する事も織り込み済みだからな」
「そうか、そうなのだろうな。 なら頼む、私が質問する事も織り込み済みなのならば教えて欲しい。 世界がそんな事になっているのなら、私に出来る事だってあるはずだ。 都知事の立場を使っても構わない。 何か協力は出来ないだろうか?」
確かに、デュゼローの言う救済手段は非人道的とも言えるだろう。
けれどその手段以外に道が無いのならば。
その手段に対して出来る限り最善を尽くすのが公僕というものだ。
少なくとも大間は都知事として働く事に誇りを持っているからこそ。
日本を、ひいては東京を護る為にはなりふりさえ構ってはいられない。
だが、その〝誇り〟も、どうやらデュゼローには〝埃〟程度の価値しかないらしい。
「協力要請はありがたい―――が、その必要は無い。 この問題は一都市の長が出しゃばった所で何の解決にもならないのだから。 今考えるべきは頭では無いのでな」
「そうか……わ、わかった」
ルールを敷いたから、全ての人間がそれを守るだろうか?
法律で裁くならば、犯罪を犯す者が居なくなるだろうか?
都知事が声を上げれば、都民が全て言う事を聞いてくれるだろうか?
答えは否。
今起きている問題は、都知事が動けば済む様な些細な問題ではない。
個人個人がどの様に受け取り、どの様に行動するのかが大事だからである。
ならむしろ、都知事が何もしない方が都合良い。
変に民衆の意思を歪ませ、歩ませたいレールから逸脱するよりはずっと。
「さて、後は魔特隊がどう動くか。 ドゥゼナー、レヴィトーン達とギューゼルに伝えておけ。 【無駄枝無し、成るのは実か身】とな」
「承知……」
これで全ての御膳立ては済んだ。
後は最後の仕上げを果たすのみ。
指示通りドゥゼナーがスマートフォンを操り、出先に事を伝えていく。
デュゼローに伝えられた通りのままに。
【無駄枝無し、成るのは実か身】。
これは『あちら側』で言う所の【賽は投げられた】と同じ意味を持つことわざである。
そう、もう賽は投げられたのだ。
そしてデュゼローの手から放られた賽は、今なお転がり続けている。
出るであろう目は彼の裁量通りか、それとも―――




