~世界は秘密を嫌う~
民衆とは秘密を嫌うものだ。
目上の者達に対しては特に、その秘密を盾にして断罪する事さえある。
その秘密が如何なものだとしても。
秘密の価値などわからずとも関係無く。
それは有史以前から集団行動の中で生きて来たからこそ。
秘密が信頼を崩すのだと心のどこかで信じているから。
例え、その秘密が彼等自身を護る為の物だったのだとしても。
もしその事実が発覚しても、彼等は理解する事さえ拒むだろう。
断罪に満足し、あるいは正義を盲信し、異論を一切受け付けなくなるが故に。
それも、信じる対象が強い影響力を持てば持つ程に。
その影響力が世界を覆えば、考える事を辞めた民衆はもはや―――衆愚と化す。
魔特隊の存在がデュゼローによって暴露された。
それも、世界の崩壊を進めている叛逆組織として。
確かに、語られた世界救済の手段が一方的に正しいとは限らないだろう。
でも、その語りは人を信じさせるには十分だった。
それだけの信憑性と説得力を滲ませる程に力強かったのだから。
勇達さえもが信じてしまいそうな程に。
それでもなおデュゼローは熱を帯びたままだ。
何故なら、知る全てをまだ伝えきれた訳ではないからこそ。
イビドとドゥゼナーがまたしても新しいフリップを掲げる。
今度は【対魔者特殊戦闘部隊】、【魔特隊 ABSTF】と書かれた物だ。
デュゼローはもう徹底的にやるつもりなのだろう。
魔特隊を世界の敵とするからには。
そして自らを正義として貫くならば。
だとすれば、この後続くのは―――
福留が倒れた椅子を起こして座り込み、たちまち項垂れ頭を抱える。
その先に続く内容が何なのか、それさえも読めてしまったから。
『そしてその魔特隊を率いて多くの魔者達と通じ、世界の融合を加速させている者は……なんと日本人なのです。 そう、この動画を最も多く観ているであろう皆様の国の人間です。 それでは、発表しましょう。 彼等が、魔特隊を率いて世界の融合を進めた者達です』
もうこの語りを止める事は誰にも出来ない。
福留にも、勇達にも、そして世界にも。
人々が求める限り、暴露は―――止まらない。
『彼等の名は藤咲勇、田中茶奈、園部心輝、園部亜月、相沢瀬玲。 この五名が今、世界を混乱に陥れている元凶とも言える中心人物達なのです』
この時、語りと共に現れたのは一つのホワイトボード。
そのボード上にはあろう事か勇達の顔写真が。
いずれもいつ撮ったのかもわからない、戦闘時の姿の物だ。
そう、デュゼローは全国公共放送で勇達を晒し者にしたのである。
あまつさえ動画を通して世界までにも。
当初、魔特隊を知る者の誰がこの瞬間を予想しただろうか。
本来ならば世界を平和に導く団体のはずが、世界の敵として認知される事になろうとは。
福留ならば多少なりに予想はしていたかもしれない。
ただ、都庁を占拠して大々的に発信するとは夢にも思わなかったのだろう。
現代の利点を最大限に利用し、瞬時にして世界へ伝えるなど。
情報とは初手が何よりも大事だ。
誰よりも何よりも先に〝それらしい真実〟を伝えれば、人々はまずその情報を信じる。
基礎をその情報として、以降の話題に先入観・偏見が掛かるからである。
その発信方法がより扇情的であればなおの事で。
その内容如何に関係無く、人々は信じる。
しかもこの話題に関しては、正義感すら震わせる事だろう。
相手を恨む事が正義。
他者を貶める事が正義。
平和を望む魔特隊こそが悪なのだと。
だから福留はこうして衝撃を受けたのだ。
相手の方が一枚も二枚も上手だった事を理解して。
デュゼローは見た目こそずっと若く見えるが、何せ齢三〇〇を超える超老獪で。
その思考は、まだ七〇代程度の福留よりもずっと大胆かつ合理的。
加えて魔剣使いとして漲る力が行動力を与える事にも繋がり。
そして長年の経験が言葉に重みを与え、他者の心を惹き付けるにも至る。
それは長い年月を掛けて、世界を救うという目的をストイックに求め続けたからこそ。
だから魔者の仲間まで用意する事が出来たのだろう。
友好的にではなく、同一の目的を果たす為の同志として。
彼等を手引きした現代人達も同様に。
その現実を突きつけられ、福留は敗北を悟ったのだ。
今の情報戦において、自分達が如何に不利だったのかを思い知らされたが故に。
勇達のプライベートを護る為に魔特隊は秘匿された。
でもまさかそれが最大の弱点へと昇華されるなどとは。
勇達はそんな福留を前にしてただただ押し黙るばかりだ。
福留の頭を抱える様子がそれ程までに衝撃的だったから。
自分達の置かれた状況が如何に深刻か。
そう理解する事さえ遅れてしまう程に。
◇◇◇
「嘘、なんで茶奈が……勇さん達まで……」
デュゼローの告発によって勇達の存在が公表されて。
その衝撃の事実を前に、愛希の口から思わず掠れた声が零れる。
勇達が何かをしていた事は薄々感づいていた。
〝きっと極秘プロジェクトの様なものに携わっているのだろう〟
〝魔者が絡んでいるのだから、国が絡んだ大事な事なのかもしれない〟と。
でも、知りたくても敢えて訊こうとは思わなかった。
それが互いの為なのだと信じていたから。
その上で支える事が自分の出来る事なのだと。
しかしそれが今こうして、突然出て来たデュゼローという奇妙な男に暴露されたのだ。
もしかしたら普通の人なら憤るかもしれない。
信じていた心を返して、と訴えるかもしれない。
けれど愛希は違う。
彼女はその憤りをデュゼローへと向けていたのだ。
今までに無い程の強い憤りを。
唇を噛み締め、震わせて。
「ふっざけんなコイツ!! 茶奈が、勇さん達がそんな事する訳ないじゃんかッ!! アタシは見たんだ、アルライの子達と楽しそうに話してる皆を!! そんな勇さん達が世界の崩壊を進めるとか、バカにしないでよッ!!」
遂には拳までが強く握り締められる。
つい最近まで忘れていた怒りの感情と共に。
愛希は茶奈を、そして勇達を信じている。
よく知って、よく話して、よく笑い合ったから。
こんな訳のわからない怪しい男よりも誰よりも理解しているから。
そんな怒りに震える中、再びスマートフォンが震える。
案の定、風香と藍がメッセージを送って来た様だ。
『藍:茶奈ヤバくね? 大丈夫なの?』
『風香:ねぇ、愛希何か知ってる?』
この二人は愛希程に事情も詳しく無ければ、意識も高くは無い。
だから今の情報を前に心が揺れ動いているのだろう。
〝茶奈達は実は危ない人間だったのでは、と〟
しかしその心がまるで文字から透けて見えるかの様で。
直情的な愛希がそのメッセージにさえ憤りを見せるのも当然か。
『愛希:何もヤバくないし。 茶奈達が何も悪い事してないのはわ判りきってる。 言う事でも無い。 茶奈の事信じてないの?』
『藍:信じてるけど……』
そして愛希の憤りもまた文字に宿る。
故に、その藍の一言を最後に、メッセージはもう続く事は無かった。
二人もまた、愛希の感情を受け取ったからだろうか。
想いを察してくれたのかどうかは、愛希にはわからない。
返信が面倒になったのか、それともデュゼローを盲信する事にしたのかどうかも。
でも愛希に迷いは無い。
親友である茶奈を信じ続けるだけなのだと。
知られずとも、勇達を応援するだけなのだと。
例え同じ親友である風香と藍が否定的であろうとも。
それが愛希の願う〝正義〟だからこそ。
「まさか彼が……そうか、魔者と戦ってたんだな。 あの身体で。 だから―――」
デュゼローの演説を前に、倉持もが驚愕を見せる。
倉持自身はそれほど政治や経済に強い方ではない。
だからこの演説が活動に影響するかどうかを見極めようと観ていただけで。
せいぜい「池上の試合に差し支えないか」程度にしか考えていなかったのだろう。
しかしその結果、突如あの勇の存在が露呈した。
これを驚かずにはいられるはずも無い。
例え接点が少なくとも、勇の存在感は今でも忘れられない程に印象的だったから。
素人であろうともボクサーの池上を二度も屠ったあの強さが。
そして同時に理解にも至る。
あの肉体の正体が、本物の殺し合いによって生まれた物だと知って。
以前に観たとある中国拳法家の肉体同様、真なる戦いで培われたものだったのだと。
この時、関心と―――畏れの溜息が倉持から漏れる。
現代人には踏み込めない領域を悟ったからこそ。
だが、そんな倉持を他所に、池上はお手上げのままに踵を返す。
如何にも退屈そうな据わった目を浮かべながら。
「んじゃ俺ァ練習戻りますわ」
「え? おい、彼の事は―――」
ただし、その口には不敵な笑みを浮かべさせて。
その首が捻られて振り返り、顔が露わと成った時、倉持は気付く。
池上が今の演説を前にしてもなお動じる事は無かったのだと。
その信念はなお健在なのだと。
「やっぱアイツすげェ奴だな。 俺が見込んだ男だけの事はあらァ」
「えっ?」
遂にはその首すら戻し、再びサンドバッグを叩き始める。
それも先程より強く激しく。
まるで、今の演説で燻っていた闘志が燃え上がったかの如く。
「藤咲がよッ!! んなあくどい事ッ!! するわきゃ!! ねェだろ……ッ!! フンッ!! アイツぁ!! 真っ直ぐ!! 過ぎンだよ!! 優し過ぎるくらいによおッ!!」
それも当然か。
池上は幾度か拳を交えた事で理解していたのだから。
〝勇は小賢しい事などしない。 それだけ実直で真っ直ぐなのだ〟と。
拳の打ち込み方、立ち回りから相手の突破戦術まで何もかも。
拳は人の性格を映す鏡だ。
動きだけで人の性格が滲み出るのだから。
その道に精通している者ならば即座に理解出来る程に。
池上もまた紛れも無くその道に精通したプロボクサーであるからこそ。
「コウ……そうか、お前がそう直感してるなら―――」
そして倉持もまた同じく、人を見る目くらいはある。
少なくとも、目の前の池上がどういう男かくらいは爪の先までよく知っているから。
だから倉持にもまた、池上の熱が移った様だ。
―――なら俺も祈るか。 彼は、彼等は何も悪い事などしていないのだと―――
その拳を強く握り締め、そう想いを馳せる。
池上が信じる勇達を、自分も信じようと一心に。
池上が、倉持が想いを乗せて拳を握る。
例え真実が如何に酷であろうとも。
彼等の信念はもう、戦う拳ほどに解け易くは無いだろうから。




