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時き継幻想フララジカ 第二部 『乱界編』  作者: ひなうさ
第二十五節 「双塔堕つ 襲撃の猛威 世界が揺らいだ日」(東京動乱 前編)
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~保障と条件~

 一般報道者であり、『あちら側』とは一切関係の無い千野とモッチ。

 その二人の前に現れたのは、なんとデュゼロー本人だった。


 突如現れた黒ずくめの男(デュゼロー)を前にして、二人ともただ怯えて立ち尽くすのみ。

 目の前の畏怖に対して、身動き一つ取る事さえ許されない。

 それだけ、放たれた威圧感が凄まじかったのだ。


「安心して欲しい。 貴女達に危害を加えるつもりは一切無い。 それどころか、協力して頂けるのであればそれなりの待遇を約束しよう」


 対してのデュゼローはと言えば、雰囲気は先日よりもずっと柔らかい。

 年季を感じる低音質の声ではあるが、流れて消える語尾が優しささえ感じさせてくれる。




 その証拠に、間も無くその威圧感が―――消えた。




 それはまるで瞬間解凍されたかの如く。

 固まっていた二人の体が一瞬にして火照りを帯び、たちまち深く暖かい吐息を誘う。

 そうなれば次に体が求めるのは当然、酸素だ。

 目の前の存在も忘れ、一心不乱に冷えた空気を肺へと取り込んでいく。

 そう苦しくなる程に呼吸さえままならなかったのだろう。 


 ただ、二人にとっては今の現象も全て自然的にしか映らない。

 「男の、並々ならぬ存在感によるもの」として。


 これもまたデュゼローによる一つの人心掌握術であるとは気付く訳も無く。


 どうやらデュゼローはこういった()()が得意な様だ。

 命力を使わずに、気迫や雰囲気を利用して優位性(イニシアチブ)を獲得するという。

 だから普通の人間相手でもこうして威圧出来るし、意図的に緩める事も出来るのだろう。

 勇を牽制したのもまた、この技術の一環である。


 剣聖を力、ラクアンツェを体と例えるなら、デュゼローは技。

 その特筆点は【三剣魔】として一角を張るに相応しいという事か。

 

 こうして威圧感が無くなり、千野達もようやく余裕を取り戻す。

 目の前で佇み続ける男へと話し掛ける程度の心の余裕を。


「あ、貴方は一体どういうつもりで、あんなメールを送ったんです?」


 でも千野が放ったのは、命乞いでも助けを求める声でもなく―――真相の要求。


 やはり彼女は生粋のジャーナリストな様だ。

 伊達にお局様として堂々とあの場に居られた訳ではない。

 それなりの実績と、それを追求する度胸と度量があっての事なのだろう。


 そんな千野が相手だったからこそか。

 デュゼローに片笑窪が浮かび上がる。

 彼女の強気な存在感が眼鏡にかなったらしい。


「メールで伝えた通り、今世紀最大のスクープともなるべき行動を起こすつもりだ。 君達には是非ともその一部始終を、最も間近な私の背後から全世界に向けて発信して頂きたい。 その為の機材は一式を取り揃えている。 そして事後、機材の扱いは君達に委ねよう。 使うのも売るのも好きにしてくれて構わない。 謝礼も幾らか約束しよう」


 語る内容はと言えば、まだハッキリとはしていない。

 千野が「やる」と言うまでは伏せておくつもりなのだろう。


 しかしその見返りは破格だ。

 リアルタイムで世界に発信するとなれば、相応の機材が必要になる。

 カメラやマイクだけではなく、中継通信機などといった諸々の。

 それも個人では早々手が出そうにない高価な機器ばかりで。

 それらを全て取り揃え、しかも完遂すれば全て貰えるというのだから。 


 しかも得られるのは報酬だけではない。


 もしこのデュゼローの起こす事が本当に相応のスクープだった場合。

 それを恐れずに傍で映し続ける事となれば、記者としてもかなり箔が付く事となる。

 それこそ、世界的に有名なキャスターとして、あるいはカメラマンとして一世を風靡する事だろう。


「もちろん、我々が信じられぬと言うならば辞退してくれても構わない。 ただし他言無用として頂く。 事が終わるまでは監視下に置かさせてもらうつもりだ」


「なるほど、それだけ大事で綿密な計画って事ね。 しかもかなり大規模の……」


 その様な如何にも怪しい案件を前に、千野もモッチも緊張感を隠せない。

 デュゼローが雰囲気を操作していないにも拘らず。


 その時、千野は周囲を見渡して再び場の様子を探る。


 見れば見る程何も無い、コンクリートに覆われた灰色の駐車場。

 殺風景とも言えるこの光景は、明らかに人為的で。


 なればデュゼローがこの状況を生み出した事はもはや明白だ。

 つまり、それだけの財力が彼にはあるという訳で。


 状況に加え、その存在感や話の内容が、言い得ない説得力を与える事となる。


「……どうやら、承諾頂けた様だな」


 その説得力が千野に自然と結論を与えた様だ。

 そしてその結論は、表情が無意識に映していたらしい。

 デュゼローならばそんな感情を見抜く事など造作も無く。


 もっとも、千野としても隠す気はさらさら無さそうだが。


「いいわ。 その代わり約束してもらう。 私達に一切の危害・危険を及ぼさないって。 身の保証と、何かあった時には最優先で守ると」


 むしろ、やたらと乗り気だ。

 これだけの好条件を前にしても飽き足らず、注文まで付け始めていて。


 でもそれがデュゼローに火を付ける事となる。

 自信に満ち溢れた笑みで、力強い頷きを見せる程に。


「無論だ。 随伴行動の自由一切は君達自身に委ねよう。 それを我等が守りながら導くつもりだ。 そして結果を以って君達に対価を支払う。 その道中には危険もあるやもしれんが、安全は()()が命を賭けて保証しよう」


「『我々』……?」


 そう、全てはデュゼローの思惑通りなのだ。

 こうして要求される事も、導く事も。


 その為の戦力は、今()()に居るのだから。




「「ッ!?」」




 その時、千野とモッチは今初めて気付く。

 自分達を見ていたのが、デュゼローだけでは無かった事に。


 背後に、また別の存在が居たという事実に。


「手も出しゃしねぇよ。 アンタらに頼む仕事はそれだけ重要だからな」

「故に我らが命を賭して守ろう。 安心して責務を全うせよ」


 その存在こそ、あのイビドとドゥゼナーと呼ばれた魔者達。

 デュゼローの時同様に、気付かれる事も無く背後に立っていたのである。


 これには千野もモッチも怯えを隠せない。

 途端に「ヒッ!?」と悲鳴まで上げる程だ。


 それもそのはず。

 二人は未だ魔者に直接会った事が無いのだから。




 アルライの里など魔者の存在が公表されてからはや二年。

 魔者の存在はもはや一般に認知されて久しい。

 今でも各国では魔者との交流が続けられ、一部では共存する所も出始めているのだという。


 だが、だからといって一般世間に進出してきている訳ではない。


 アルライ族やカラクラ族の親善大使が公共の場に出る事はある。

 でもそれは大抵テレビの中だったりと、一般に浸透しているとは言い難く。

 それこそ、直接見られる者はそこまで多くは無い。


 つまり、世間ではそれほど馴染み深いとは言い難いのである。




 それは千野達とて同じ事だ。

 報道関係と言えど、関連部署でなければ縁も無く。

 だからこそ、初めて見る存在―――しかも天突く程の巨体を前に怯えないはずも無く。


「ひぃ!?」


 今まで空気だったモッチがこれ以上に無い慄きを見せる。


 やはり怖い物は怖いらしい。

 千野の手前ここまでなんとかついてこられたが、もう限界だった模様。

 遂には床にへたり込み、「ガチガチ」と歯を震えさせる。


 どうやらそれだけ、見下ろしてくるイビドとドゥゼナーが怖く見えた様だ。

 当の二人はと言えば、「やれやれ」とお手上げ状態で呆れかえるばかりだが。


「あ、その……彼等は?」


「私の味方だ」


 一方の千野も千野で、ざっくりとした答えに開いた口が塞がらない。

 決してそういう答えを求めて訊いた訳では無いのだが。


 とはいえ、デュゼローもそれ以上を答える気は無いらしい。

 意図に気付かなかったのか、それとも必要無いと悟ったのか。


 とはいえ、承諾した以上は付いていくしかなさそうだ。


「そ、そう……危険が無いなら、そ、それでいいわ」


「納得してくれてありがとう。 では早速行動を開始するとしよう」


 そんな時、デュゼローが右腕を掲げて指を「パチンッ!!」と鳴らす。

 すると、その反響音が響く中で―――それは現れた。


 スロープ坂から姿を現したのは、一台の車。

 全体が黒に染まり上がった大型バンである。


 それは一見、普通の大型車としかわからない。

 しかしよくよく見ると、後部座席の窓ガラスは全て曇り窓(スモーク)が貼られて内部が見えず。

 運転しているのは黒いスーツのサングラス男と、全体的に明らかな『こちら側』寄りだ。

 おまけに言えば車体は新車の如き輝きを放っており、汚れ一つ無い。


 そんな車が千野達の目の前に停まり。

 降りて来たスーツの男が丁寧に彼女達を誘う。


「皆様、車へお乗りください」


 当然、その口が放つのは日本語で。

 これには千野達もただただ呆気にとられるばかりだ。


 デュゼロー達はどう見ても『あちら側』の人間だろう。

 魔者二人に至っては言わずもがな。

 そんな彼等が今こうして、千野達以外の『こちら側』の人間と結託しているという。


 奇妙にも程がある。

 裏で一体何が起きているのか、好奇心をそそられてしまう程に。




 でも、全ての人間がそうとは限らない。




「や、やっぱりやめた方がいいんじゃ、明らかにヤバいですよコレ……」


 モッチだけはやはり理性が難色を示したらしい。

 床にぺたりと座り込んだままだが、それでも千野を止めようと必死だ。

 仲間であるが故に、信頼する人であるが故に。


 ただ、それで引き下がる程、千野は大人しくはないのだろう。


「そんな事わかってる。 でもね、これ逃したら多分もう一生こんなチャンス来ないんじゃないかって思わない? 私は思うよ。 これって不幸じゃなくて幸運なんだってさ」


 あわよくば恵まれたいと、誰しも思う事だ。

 けれど夢や希望は待っていても訪れはしない。

 自ら掴み取る物で、手を伸ばさなければ届かないのだと。


 それを千野は良く知っている。

 今日まで生きて来て、必死に食らい付いて来たから。


 そして今の自分の待遇にも納得出来ている訳ではないから。


 だからこうして目の前に大きな希望がぶら下がっているならば。

 掴み取ろうと迷う事無く手を伸ばすだろう。

 例えそれが不相応な釣り餌だとしても。


 そう出来るのが千野という人間なのだから。


「で、でもぉ―――」


「あーじゃあもういい! アンタは帰りな!! 私が一人で行く。 報酬は独り占めなんだから」


「そ、そんなぁ!? わ、わかりましたよ……俺も行きますよぉ」


 そんな強気な千野に押し切られ、モッチもとうとう折れるハメに。

 半ば呆れ気味ではあるが、それ以上にほっとく訳にもいかないから。


 千野がこういう時こそ暴走しやすいのだと、仕事柄よく知っているからこそ。

 なんだかんだとこうやって支え合えるのが、この二人(コンビ)の強みなのかもしれない。

 





 こうして、二人は車へと乗り込む事に。

 もちろん、デュゼロー達も同様にして。


 彼女達を乗せた車は間も無く発進し、ビルから退出していく。

 そうして向かう先に見えたのは、東京の中でも最も目立つあのビルだった。




 それが都庁第一本庁舎ビル。

 先日勇達も見上げていた、東京都の中枢とも言える建物である。




 デュゼロー達が何をするつもりなのかはまだ教えて貰えない。

 この様な車や人員を手に入れた手段も、その最終目的も。


 ただ一つ言えるのは、間違いなくただ事ではないという事だけだ。


 デュゼローが不敵に笑う。

 そそり立つ巨大なビルを前にして。


 その内に秘めた目的とは果たして―――




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