~今世紀最大のスクープ~
日之本テレビホールディングス株式会社。
日本に幾つか存在する大型情報発信局の一つで有名な大企業だ。
その発信先は日本全国と幅広く、報道から娯楽まで、多種に渡る情報を常日頃伝え続けている。
余談ではあるが、昔から藤咲家が朝に映しているのもこの局の朝番組である。
その日之本テレビ局が入る東京某所の本社ビル。
中のとある一角に、一報道部を構える事務室がある。
ここは国内のニュースやスクープなどを纏め、報道用に編集などを行う部署で。
昼に突入する間際な今でもひっきりなしに社員達が動き回り、皆とても忙しそうだ。
もしかしたら、例の魔者騒動で慌ただしい状況なのかもしれない。
しかしそんな中に一人だけ、ノートパソコンを静かに睨み続ける女性が。
「何、これ……」
それもいぶかしげな目を浮かべ、綺麗な顔にシワまで寄せて。
その女性、全体的に整えられて如何にもオフィスレディと言った風貌で。
灰色のスーツをシワ浮かす事無く着こなす様は、その中でも屈指と言えよう。
でも、それでいてふわりと柔らかな前下がりショートボブが可愛さを押し出していて。
化粧もしっかりと乗っており、白い肌に薄っすらとした桃色の口紅が気品ささえ醸し出す。
それこそ今すぐメインキャスターとして登壇しても良いくらいの仕上がりだ。
ただ、その容姿とは裏腹に、性格はと言えば―――
「ただでさえ忙しいってのにさぁ~……誰よコレ、何でアタシのメアド知ってんのよ」
―――割とキツそうだ。
例えば、瀬玲と笠本を混ぜて優しさを抜いた様な。
折角化粧をバッチリキメているというのに、可愛さが台無しである。
そんな彼女が覗いているのはパソコン上のメーラー画面。
業務に関わるメールが連々と並ぶ中に浮かぶ、一つの妙なメールだ。
そのメールは至ってシンプルで、ただのテキストだけが並べられた物。
特に不思議な仕掛けが組み込まれている訳でもなく、迷惑メールではなさそう。
でもその内容はと言えば、まさにソレといった内容で。
『件名 : 報道関係者へ 本文 : 本日12/25、13:00 東京都 新宿 グランドロンジットビル地下3B駐車場へと来い。 今世紀最大のスクープを提供しよう』
たったこれだけが書かれたメールだったのである。
差出人は不明。
メールアドレスも即席で作られた様な簡素なもので。
パッと見ただけではただの悪戯メールにしか思えないだろう。
でも簡単に切り捨てる事は出来ない。
何故なら、個人アドレス宛に直接送られてきたからだ。
こういったメールは大抵、窓口でもある広報や代表メールアドレスに送られてくる。
大体が悪意ある悪戯だったり苦情だったりと、それらしいメールばかりが。
なのにこうして公表されていない社内連絡用アドレスに送られてきたのだ。
それだけで少しは疑いたくもなる。
特に、ジャーナリストと呼ばれる類の人種であればなおの事で。
幸か不幸か、この場所はそのジャーナリストばかりが集まった職場だ。
この女性もその人種の一人とならば、好奇心をそそられずにはいられようか。
故に、たったそれだけの文章をただただじっと見つめ、頭を傾げさせる。
何か得られるヒントや信憑性を求めてじっくりと。
とはいえ、やはりただの短い文章でしか無い訳で。
どうにも何も見つかりそうになさそう。
「あ~、も~!! 考えるのがバカらしくなってきたわ」
遂にはとうとう諦め、その頭をガバッと振り上げる。
獅子舞の如く、柔らかな髪を「ファッサァ」と舞い上げながら。
たちまち勢いに乗って椅子にもたれかかり、ガクリと項垂れる始末である。
すると、彼女のそんな様子を対面に座っていた男がふと気付く。
こちらはどちらかと言えば裏方一辺倒とも言える、小太りの冴えない丸顔の男だ。
身なりこそ職場には合っているのだが、どうにもパッとしない。
その体に相応しいまんまるの目を向け、不思議そうに首を傾げていて。
「チノさん、どうしたんすか?」
「いやね、変な悪戯メールが来たのよ。 全くなんなのかしらね」
「へー、ウチのセキュリティ潜って来るとか相当っすね。 でも僕んトコには来てないみたいだ。 ヤバそうなやつです?」
「ううん、逆。 全くヤバくなさそ。 だから妙なの。 モッチも見てよ」
とまぁこんな具合で、気さくな会話が繰り広げられる事に。
二人はいわゆるチーム同士の間柄で、行動を共にする事が多い。
ご想像通り、チノと呼ばれた女性が主導権を握っている訳だが。
といっても、とりわけ仲が悪いという訳でもなく。
だからこうしてお呼びが掛かれば、モッチと呼ばれた男が赴くのも吝かではなさそう。
早速デスクを回り込み、顔を揃えて画面を覗き込む。
でもその途端、モッチが堪らず「ぷっ!」と吹き出していて。
「なんだこれ、もう少し偽装しろっての」
彼にはただの悪戯メールにしか見えなかった様だ。
嘲笑半分、苦笑半分の不格好な笑みを浮かべ、ろくに探りもせずチノに愛想を見せる。
「ね。 でも、なんだか逆に興味を引くわ」
しかしチノの方はと言えば、やはり気になる様子。
細い顎を手に取り、「うーん」と唸りながら椅子をくるりと回していて。
そんな彼女の顔が再び画面の前に向くと―――
「アンタ、確かこの後フリーよね?」
その口紅で彩られた唇がゆるりと動く。
それも流暢に、それでいてどこか妖艶に。
笑窪を僅かに浮かばせて。
「え? まぁ、クリスマスったってカノジョなんて居ないし……」
「んじゃ、ちょっと付き合いなさいよ。 ここ行くわよ。 車で行けば三〇分くらいでしょ」
「ええっ、マジっすかぁ!?」
そしてその唇が、遂にはとんでもない提案を解き放つ。
何と悪戯メールに乗っかろうと言うのだ。
これにはモッチもビックリで。
思わずそんな大声が事務所内に響き渡り、たちまち周囲の注目を浴びる事に。
サボっている様にでも見えたのだろうか、浴びせる視線は刺さりそうな程に厳しい。
モッチが堪らず「ス、スンマセン」と謝ってしまうくらいには。
ただ、チノ自身はモッチを驚かせるつもりではなかったらしい。
つまり冗談で言った訳では無い。
眼はもう既に真剣そのもので、クリスマスを返上するつもり満々だ。
「どうせ世間はクリスマス一色でロクな情報なんか得られやしないし。 面白そうなら乗ってやろうじゃないのって思う訳よ」
「チノさんも暇なんすね……」
「はぁ!? 暇じゃねーし!!」
どうせ暇なので。
ここだけの話だが、チノにも恋人や伴侶は居ない。
家族も地方、近しい友達も居ないので、ソロスマスは確定である。
もちろんそんな事情をモッチはそれとなく知っている訳だが。
しかし彼に否定は出来ない。
性格上、性質上。
そもそもチノに頭も上がらないので。
とはいえ面倒と言えば面倒。
さすがのモッチもその面倒さを隠しきれず、不愉快そうな顔付きで自席へと戻っていく。
頭をボリボリと掻き毟りながら、「はぁ~」と深い溜息を吐き散らしながら。
「面白いネタが入り込めばそれでよし、そうでなきゃそのまま遊んで帰るかな」
なお、チノ自身は一切悪びれる風は無い。
自分こそが絶対だと思っているのだろう。
そんな彼女はまさにお局様。
しかも自他ともに認めるという。
その証拠に、騒ぐ彼女には誰も視線を向けはしない訳で。
こうして二人―――チノこと千野 由香と、モッチこと望月 朝文は本社を後にする。
機材をその手に掴み、メールの真相を明らかとする為に。
果たして、メールの送り主は誰なのか。
その目的は何なのか。
勇達の知らない所でまた一つ、何かが動き出そうとしていた。




