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時き継幻想フララジカ 第二部 『乱界編』  作者: ひなうさ
第二十五節 「双塔堕つ 襲撃の猛威 世界が揺らいだ日」(東京動乱 前編)
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~井出辰男と小野崎紫織~

 勇が魔特隊本部へと向かっていた頃―――

 デュゼロー達を振り切った井出は、東京の街中を歩いていた。


 ただ、凄惨極まっている姿にも拘わらず、手を差し伸べる者は居ない。


 それは井出が余りにも異様な存在だったからだ。


 至る箇所に刻まれた無数の傷口がこれ以上無い怪しさを醸し出していて。

 真っ赤に染まったスーツも、ネオンや街頭に照らされた所為で克明に。

 しかし傷の量に対して出血は殆ど無く、まるで枯れ果てたかのよう。


 だが、人々が怖れる理由はそこではない。

 その歩く姿こそが元凶だったのだ。


 両腕をだらりと垂らし、その両手が地に着きそうな程に上半身を屈ませて。

 そのまま膝が引きずらんばかりに腰を低く落として。

 両つま先を「ズリッ、ズリッ」と引きずりながらゆっくりと進んでいく。

 それはまるで地を這う蟲の様に。


 そしてその表情は―――無表情。

 であれば、気味悪がって近づく事さえ避けたくもなるだろう。


 その通り人々は井出を避けていた。

 不気味な存在に関わりたくないと。


「ただの……サラリーマン、です」


 その常套句さえも、今となっては人を退ける要因にしかなりはしない。

 

 ただただゆっくりと繁華街を横切って歩き行く。

 異様極まりない姿を晒し、「ヌタリ、ヌタリ」と。


「まずい な……血を 流 し 過ぎ た」


 もうその眼に生気は灯っていない。

 虚ろい、片目の瞳孔が開いていく。


 かたや流血はもう止まり、乾きさえ見せていて。

 既に道を染める事も無く、摺り足の跡だけが微かに残る程度だ。


 ただ、普通の人間ならばここまで出血すればもう死んでいる。

 それでもなお動けるのは、彼が常人ならざる力を持っているからだろうか。


 それとも、そもそもが人ではないのか。


 しかしその存在も遂に力尽きる。

 膝が大地を突き、歩みが止まったのだ。


「干渉 しす ぎた。 仕方 な い」


 井出が足を止めたのは小さな公園。

 人の往来が殆ど無い、存在すら認知されていなさそうな場所である。


 そこで膝を突き続け、ただ静かに佇む。

 体も、手も足も、瞼も唇さえも微動だにさせる事無く。

 まるで石の様に、只一点だけに顔を向けながら固まって。


 するとそんな彼の視界に、公園へと近づいてくる二人の人影が。


 なんて事の無い普通の男女だった。

 雰囲気はカップルのそれで、楽しそうに話しながら並んで歩いている。


 ただ、恋人同士なのかと言えば―――それは恐らく違うのだろう。


 男はおおよそ三〇代~四〇代。

 纏まらない荒れた長髪を有し、青髭を生やしてどこかみっともない。

 服装こそ普通だが胴回りは太く、歩き方も微妙に内股で軽快さを感じないという。


 対する女は間違いなく一〇代だ。

 学生服と思われる制服を身に纏い、歩き方も軽快そのもので跳ねているかのよう。

 その度にセミロングの髪が跳ね上がり、サラサラな髪を靡かせて可愛げを装っている。

 立ち振る舞いからはあざとささえ感じさせ、男の腕を掴んで離さない。


 でも男はそれを受け入れ、むしろ喜びを露わにしていて。


「ねぇねぇ~()()()()()()の後さぁ、次何買ってくれるぅ~?」


「シオリちゃんの欲しい物なら何でも買ってあげるよぉ~! お金の心配は要らないからさぁ。 なんたってボクの家は大金持ちだからね」


「やったぁ!! なら激しくしてもイイよ~?」


 そう、援助交際(パパ活)の真っ最中なのだ。


 しかも相当な上客なのだろう。

 女の方ももはやなりふりさえ構わない様で。

 男の太ももを摩り、その気にさせようとしている。

 それなりに手馴れた手付きだ。


 だが―――


「え、何あれ……」


「んだよぉ、人居るじゃねぇか。 しかもなんだコイツ気色悪ぃ、折角イイムードだったってのによぉ」


 そんな彼等が途端に足を止める。

 井出に気付いたが故に。


 ただ、こうして嫌悪を露わにするだけで逃げる様な素振りは無い。


 浮浪者にでも見えたのだろうか。

 その姿を前に驚く事も無く、腫物を見る様な目で見下すだけで。

 むしろ男は舌打ちし、妙に機嫌が悪そうだ。

 

「チッ、ここじゃダメだな。 シオリちゃん、違う場所探そう~? 面倒だからホテルでもいい~?」


「えぇ~、まだ歩くのぉ? じゃあさあ、タクシーとかでもいいじゃんー」


 どうやらこの公園で()()を済ますつもりだった様子。

 そこでこんな不気味な相手を見つけてしまえばシラけるのも当然か。

 もっとも、金持ちと言っておきながら、最初からホテルを使わないのも妙な話だが。


 ともあれ、二人はまだ諦めていないらしい。

 遂には振り返り、繁華街の方へと歩いていく。

 まるで仕切り直しと言わんばかりに手を掴み合いながら。




 だがその時、男の背後に―――これ以上無い悪寒が走る。




 とてつもない悪寒だった。

 体が固まり、動けなくなってしまう程の。

 意思さえも凍り付き、思考が回らなくなってしまうまでの。


 何が起きたのか。

 答えは簡単だ。


 井出が、男の背後に立っていたのである。


 それは音も無く。

 まるで蛇の様に。

 大地を這い、気付かれる事も無く擦り寄って。


 吐息が当たった事でそれに気付く事となる。




 そして彼はもう()()()()()


 己が死んだという事実を。




「かッ……!?」


 井出の手が縦に、男の首筋へと突き刺さっていたのだ。

 それも指が四本、喉元を貫通する程に深く深く。

 体の構造さえも無視し、何もかもをも砕き潰しながら。


 こうも脊髄を破砕されて生きられる人間など存在しない。

 少なくとも、ここまで深く抉られた以上は。


ビュッ!!

パタタッ!!


 間も無く、勢いよく引き抜かれた四指(しし)から鮮血が振り払われ。

 アスファルトに幾多もの赤い染みを生み出す。


 こうなれば、男も後は膝から崩れて地に伏すのみ。

 己が流して作り上げた血溜まりの中へと。


「え? あ……」


 女の方は何が起きたのか理解出来ていない。

 同伴者が倒れた、ただその認識だけで。

 その首が更に捻った先、佇む者に気付くのは―――余りにも遅過ぎた。


 何故ならもう、二人の視線が合っていたのだから。


「ヒッ!?」


 男が倒れた時にもう逃げるべきだったのに。

 井出に気付いた時には全力疾走するべきだったのに。


 でももう何もかもが手遅れだ。


パァンッ!!


 たちまち、女の肩に衝撃が走る。

 井出がその両手で叩きつけていたのだ。

 更にはガシリと掴み取っていて。


 その力は凄まじく、ただの人間ではもうビクともしない。


「あ、ああ……ッ!?」


 いくら身体を揺すっても。

 足で引こうと踏ん張っても。


 全く動かない。

 それどころか、体全身から力が抜けていく。


 怖れているのだ。

 怯えているのだ。

 これ以上声も出ない程に。


 その恐怖の対象が、想像を絶する程に恐ろしかったから。


 女の顔に向けて、井出の頭がぬるりと近づく。

 瞳と瞳がくっついてしまうのではないかと思える程に近く。

 その時動く井出の眼が「ギョロリ、ギョロリ」と。

 焦点すら合わずカメレオンの様に動くその様子はもう異質そのもので。


 余りの恐ろしさ故に、女の見開かれた目は震え、涙がとめどなく溢れていく。

 このまま男の様に殺されてしまうのではないか、と。


 ただ、その予想と結果は異なる。


「まだ、早いが……仕方、ない」


 そう呟いた時、それは起きた。




 突然、井出が女とその唇を重ねたのである。




 その両腕を女の首後ろへと回して。

 まるで獲物を逃がさぬようホールドするかの如く。


 夜闇の街灯が照らすも、彼等の輪郭はハッキリとしない。


 その姿は、はたから見ればメロドラマの一シーンのよう。

 男女が想いを交わし、愛を誓い合う姿を彷彿とさせる。


 だがその実態は(おぞ)ましいものだ。

 男の死体を足蹴にし、女を捕らえて離さず。

 包まれた腕の中で何が起きているのかなど、彼等にしかわからない。


 ただそれだけを静かに続けていた。


 時間で言えば、五分程か。

 その間も二人は全く微動だにしていない。

 ただただ誰も通らない中を静かに佇み続けていて。

 場を賑わすのは、遥か先から風に乗ってやってきた喧騒の残滓程度だ。


 そんな中、遂に二人が動きを見せる。


 井出の両腕が、だらりと落ちたのだ。

 更には、井出の上半身が女の身体をなぞる様にしてズルズルと。

 遂にはそのまま崩れ、べしゃりと倒れ込む。

 男の遺体に覆い被さる様に、血溜まりの中へと。


 その顔もまた、男と同様に干からびていて。

 そこにもう先程までの生気は一切感じられない。


 対して女はと言えば―――


「フゥー……」


 静かに佇み、掌を開いては閉め、を繰り返していて。

 深い吐息が闇夜に白く浮かび、寒夜を体現させるかのよう。


 その眼にもう怯えは無い。

 むしろ男と井出を細く冷たい目で見下ろしている。

 まるで汚いゴミを見る様な、蔑んだ目で。


 そんな時、ふと懐へと手を伸ばして取り出したのは―――生徒手帳。

 彼女流にアレンジングされた煌びやかなカバーが特徴的だ。


 それをそっと開けば、おのずと彼女の素性が明かされる事となる。


 小野崎(おのざき) 紫織(しおり)

 どうやらこれが彼女の名前な様だ。


「今はまだ、時を待つ……のみ、か」


 もうその雰囲気に先程までの無邪気さは微塵も感じられない。

 たった一言、謎めいた呟きを残して去り行くのみ。

 男や井出に歯牙さえも掛ける事も無く。




 闇夜を断続的に照らす街灯。

 その光は全てを照らし出せる訳ではない。


 しかし、これだけは充分ハッキリとさせていた。


 それはまるで動作プログラムの不完全なロボットの様に。

 ぎこちなく角張ったその歩みを。


 ただただ不自然極まりない動きで去る紫織の姿を……。




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