~合流、魔剣使い達~
軽快な足音を大地に響かせ、勇が一人駆ける。
すると徐々に速度を緩め……徒歩ともなる速度まで収めていく。
彼の瞳に映るのは……共にやってきていた仲間達の姿。
「お、来たなっ……どうよ、俺の提案した【アースクレイドル】はよ?」
「何だ見てたのか……アレはダメだろ、命力の無駄遣いが大き過ぎる」
先程の勇が見せた技……【アースクレイドル】と命名したのは園部 心輝という男。
こういった派手な演出を好む彼は、効率を重視する勇に対し助言を呈していた。
だが見せた威力程燃費は良くなかった様で……有する命力の絶対量が少ない勇にとっては無駄遣以外の何物でも無い。
「んだよぉ……折角俺が必殺技を提案してやったっつーのによぉ……」
そんな言葉を、心輝は眉間にしわを寄せて不満そうに返した。
その場に立つのは勇を中心とした魔特隊の五人。
彼等の目的は、自らをボノゴ族と名乗る魔者達の討伐または制圧。
彼等が立つ場所から見えるのは変容地区と呼ばれる、異世界から転移してきた大地の一部。
その場所には多数の穴が開き、魔者達がチラホラと姿を見せる。
先程の様に暴れる様な節ではなく……そこに在るのはただ生活をしている様相。
一見無害そうなその彼等ではあるが、雇い主であるアメリカのオブザーバー曰く複雑な事情があるらしいという。
当初は近づく人間を脅えさせて追い払うという、交戦を目的としない行動が目立っていた。
この地域に時折現れる密入国者を追い払ってくれるという事もあり放置していたという。
だが最近、彼等が一般人を追い立てる行為が徐々にエスカレートし……物珍しさに近づく人間への略奪行為等を行う様になったそうだ。
こうもなってはさしもの政府も黙ってはいられないという事もあり、魔特隊への要請が決まったのである。
では何故自国の軍隊を使わずに魔特隊を要請したのか?
魔者という存在は非常に特殊な生物である。
先程勇が見せた命力という精神力に依存する力を標準で持ち、【障壁】という能力で物理的な敵対行動を全て遮断してしまう特性を有しているのだ。
この障壁を前には、例え核爆発であろうと直接的には彼等にダメージを与える事は出来ない。
そんな神掛かった力を前に立ち向かう事が出来るのは、魔剣使いと呼ばれる者達のみ。
変容事件を境に設立された部隊……それが魔剣使い達を集めた非公式部隊・魔特隊という訳だ。
勇達もまた二年前の「変容事件」を境に魔剣を得て魔剣使いと成り、命力を操る術を習得し、日本政府保護の下で魔特隊として活躍する事となったのである。
とはいえ、設立したばかりの部隊……彼等を含めて戦闘員は未だ六人と、世界を舞台にしては心もとない数ではあるが。
「おぉ、あれかぁ……」
差し掛かる日差しを避ける様に……心輝が腕甲型魔剣【グワイヴ】を備えた右手を額に当てて穴蔵を見つめる。
穴の外にはずんぐりむんぐりな体付きをした魔者が歩き、仲間と話す様が見られた。
そんな体であっても、脚力は早く……車にも匹敵する程なのだから驚きだ。
「うはぁ……なんか見た感じ可愛い感じだよね」
そう呟き、明るく楽しそうな表情を浮かべるのは「あずー」こと園部 亜月。
腰の両端にぶら下げた2本の短剣型魔剣【エスカルオール】の柄が日の光を受けて白く輝きを見せる。
彼女は現役高校生……だが幸いにも日本では土曜日という事もあり、勇達に付いてきたという訳だ。
遠目に見えるボノゴ族へ指を向け、嬉しそうに飛び跳ねる様はまさしく子供そのもの……彼女の精神年齢の低さは周知の事実である。
「そうかなぁ……近くで見たらなんか怖かったりするかも?」
テンションの高いあずーに対し控えめに応えるのは田中 茶奈。
微かな風が柔らかく長い髪を僅かに靡かせる。
ふわりと騒ぐ髪を片手で押さえながら、優しい微笑みを浮かべていた。
彼女の手に握られているのは長い薄茶色の杖型魔剣【ドゥルムエーヴェ】。
また腰には銀色の短い杖型魔剣【クゥファーライデ】が眩い光を放ち、彼女の細かい動きに合わせてゆらりと揺れていた。
「フフッ」と小さな笑顔を浮かべて笑う彼女を前に、やりとりを見ていた勇もまた貰い笑顔を浮かべる。
だがその視線をボノゴ族達へと向けると……緩んでいた顔は途端に引き締まり、下がっていた目尻が鋭さを増した。
「じゃあ皆、そろそろ作戦開始だ……目的は奴等の降伏又は殲滅、気を抜くなよ」
そう言い放つ勇の左眼が日の光を受けて白に染まる。
まるで朝靄の如き淡い光を伴い神々しささえ伴わせて。
それは命力の光……闘志が誓いの左眼から無意識にその力を纏わせていたのだ。
「殲滅とか……勇、らしくない事言わないでよ」
そんな折、勇の厳しい一言に釘を刺し諫めるのは相沢 瀬玲。
彼の発言が少し気に障ったのだろうか……スラリとした輪郭が僅かに歪む。
そんな彼女の鋭い目尻はどこか悲哀を感じさせる様に傾きを落としていた。
大きな弓型魔剣【カッデレータ】を左手に握り、昂った感情に相まって命力を強める。
だが彼女はそれ以上言う事は無かった。
それ程までに勇の心が厳しい現実を受け入れる覚悟を有している事を知っているからだ。
分かり合う事の出来ない魔者や人間への配慮は最早不要……それが今の勇が持つ行動理念。
敵意を放置すればいずれそれが大切な者の命を奪う……その可能性を排除する為に彼は心を鬼にして戦うという覚悟を以ってこの場に居るのである。
大切な人を失う辛さを知る彼女だからこそ、彼の想いを痛い程に理解しているのだ。
「いつも通りセリはここで皆の援護を、茶奈は上空から敵の動きを監視して逐一知らせてくれ」
「了解」
「分かりました、行きます」
そう応えると、茶奈は何の躊躇も無くその場から高く跳ねる。
上空で鉤爪状の先端を持ったドゥルムエーヴェを下に向けてに足を掛けると、途端にその先端から激しい炎が吹き出した。
ズオォォォ……!!
轟音と共に噴き出した炎は重力に抗う程の力を生み、跳ねた彼女の体が宙で制止する。
徐々に彼女の体は重力に逆らって上昇し始め……ゆっくり滑空しながら穴蔵の上空へと向けて飛び去っていった。
そんな中、瀬玲がカッデレータを番える……その狙う先は飛び去っていく茶奈へ。
命力を込め、茶奈が飛んで行った方向へ向けて弓を構えると……筋の様に細い光の矢弾形成した。
そして一射、二射……水平に構えられたカッデレータから何度も矢が射られていく。
反動の無い、細かく弾く指の動きだけで発射されていく多数の矢弾。
彼女の意思か……扇状に広がる様に撃ち放たれた矢弾はたちまち茶奈の周囲へと到達した。
すると突然、矢弾がまるで空中に貼り付けにされたかの如く宙で止まると……振り子の様な動きで矢先を直下へ向け始めた。
勇達の視界に映るのは、茶奈の周囲を囲う様に空中に固定された無数の光の矢弾。
その壮観な光景を前に、思わず心輝の唇から空を切る音が響く。
「準備いいわよ」
番えた弓を降ろすと、流し目を向けた瀬玲が小さく頷いた。
「んじゃ、ちょっくら行きますかぁ!!」
「うぇーい!!」
瀬玲の合図を機に、心輝とあずーがこれみよがしにとアップを始める。
心輝は手首の力を抜いて両手首を振り、あずーは軽くスクワットをこなす。
ここに至るまでに十分な運動をしてきた訳であるが……この二人に関してはこういったノリも大切な心構えの一つだ。
準備が出来ると、心輝は左手でグワイヴを備えた右拳を包む様に握る。
ドォンッ!!
途端、魔剣から突然爆発音が鳴り響き、後方へ向けて炎が噴き出した。
その爆発から生まれた衝撃力に乗り、心輝の体が宙を舞う。
たちまち彼の体は丘の上から飛び上がり、木々が目下に立ち並ぶ谷底へと向けて飛び出していった。
あっという間に彼の姿は小さくなっていき、その輪郭をぼやかしていく。
その時再び谷から赤い光が小さく輝き……水平方向に光の筋を描いていったのだった。
あずーもまた逆手に構えた二本のエスカルオールを自分の手前へ水平に突き出し構える。
途端、両外側に突き出したエスカルオールの刀身逆刃側に備わったエリアルエジェクタから強力な風が吹き出した。
バォウッ!!
突如、突風を伴い……彼女は風と成る。
急加速で飛び出した彼女は、心輝の後を追う様に谷へと向けて飛び去っていったのだった。
「さて、俺も行くか」
勇もまた先行した二人に追い付く為に前を見据えて足を踏み出す。
背中を見守る様に瀬玲が見つめる中、そっと勇は彼女へ振り向き微かな笑顔を見せると……その脚に力を込めて思いきり跳ねた。
空高く、青の空に混じる様に……日の光を背に受けて。
煌めきが如く澄み渡る蒼天の下、彼等の戦いが始まる。