~再び闇夜に紛れ~
勇と亜月はかろうじて逃げ切る事が出来た。
しかしデュゼロー達の戦いが終わった訳ではない。
勇達の窮地を救った井出。
その彼を討ち倒さんと、今なお輝く刃を奮って追い立てている。
デュゼロー達の繰り出す斬撃に一切の迷いは無い。
そんな代々田公園はもはや彼等の戦場だ。
余りの切断力故に、時には木すらも斬り倒し、大地さえも裂き。
時には建物の壁に大きな斬痕さえ刻み、戦いの傷を広げていく。
そうしながら彼等の駆ける速度は並みではない。
広大な公園にも拘らず、一跳びだけで幾つもの木々を通り抜ける程で。
例え並の人間が見掛けたとしても、何が通ったのか認識さえ出来ないだろう。
「しつこい……な」
対する井出は回避の一辺倒。
反撃すら行わず、逃げを講じ続けるのみ。
しかしその体はもう既に傷だらけだ。
至る箇所のスーツに切れ痕が残り、動く度に鮮血が舞い散って。
手に掴んでいたビジネスバッグも、既に取っ手から先が切れ飛んでいる。
何せ相手は手練れの三人で、自身を守る武器防具も無い。
例え井出自身の能力が高くとも、このままでは逃げ切る事すら困難だろう。
それでも、表情は変わらず澄ましたままで不気味ささえ醸し出していて。
そんな雰囲気がデュゼロー達の感情を逆撫でし、攻撃の激しさを更に増させる事となる。
「よもや貴様自身が姿を現すなど、夢にも思わなかったあ!! ずっと探していたぞッ!!」
「私は貴方、など……知りませんが」
「抜かせえーッ!!」
デュゼローにもう先程の冷淡さは微塵も残されていない。
感情を剥き出しにし、「何が何でも殺す」という意思そのものをぶつけるかのよう。
イビドとドゥゼナーも同様だ。
デュゼローの攻撃に合わせ、左右からの攻撃で井出を確実に追い詰めていく。
その動きはもはや戦友のそれ、昨日今日出会ったばかりの仲間とは到底思えない。
よほどデュゼローを信用しているのか。
それとも彼等の技術がそれ程に卓越しているのか。
いずれにせよ、その三人のコンビネーションを前には反撃の隙すら無い。
いや、それとも井出には反撃するつもりが無いのか―――
それを好機と見たのか、それとも策略と見たか。
デュゼロー達の猛攻は勢いを増すばかりだ。
まるでその意図さえも力ずくで押し潰すつもりかの様に。
気付けば、公園をほぼほぼ一周していた。
そこから出ないのは、井出が人目に付くのを避けたからだろうか。
だがそれはデュゼロー達にとっては好都合だ。
街の中に逃げられてしまえば探すのはほぼ不可能となる。
ビル群という林以上の隠れ場所が周囲にひしめいているのだから。
それに、準備を整えるにも適しているのだから。
がくンッ!!
「ッ!?」
その時、井出の膝に違和感が走る。
なんと、跳ねさせようとしていた左足に力が入らなかったのだ。
「掛かったッ!! 今だあッ!!」
そう、これこそがデュゼローの張っていた罠。
井出の左足を執拗に狙い、弱らせて。
かつ同時に微細な命力を送り込み、動きを阻害させる細工を施す。
後は機会を狙い、その一瞬に畳み込む為に。
その機会こそが、今この時。
たちまちデュゼロー達三人が井出の周囲三方から同時に飛び込んでいく。
まるで五芒星を描く様に、幹を蹴って力の限りに。
「これで終わりだァーーーッ!!」
「夜彩る紅華となれェい!!」
イビドとドゥゼナーの魔剣に強き光が灯る。
デュゼローに呼応した意思が、これ以上に無い力をもたらしたのだ。
そしてデュゼローの力はその輝きさえも凌駕する。
今目の前に現れた好機を掴む為に。
因縁とも言える相手を屠る為に。
「世界を返してもらうぞッ!! この世界に、神は要らぁんッッッ!!!!!」
今こそ、その一刀閃を大気に刻み込む。
だが―――
「そんな事は、ありませんよ」
その時井出の口元に浮かんでいたのは、なんと笑み。
三つの光刃が迫る中で、不敵な笑みを浮かべていたのである。
「なッ!?」
それに気付いたのは、目前から迫るデュゼローのみ。
しかし今更それに気付いた所で、もう遅い。
何故なら、既に井出はこうなる事を予測していたのだから。
カッッ!!!
その瞬間、井出の足元が突如として強い光を放つ。
それも、まるで太陽の如き強烈な輝きを。
場が真白に包まれてしまう程の。
「「「うおおッ!?」」」
でもこれはただの光ではない。
光を強く放つ何かが地面から飛び出したのだ。
それはなんと、光の網。
格子を象った、まるで蜘蛛の巣の様な網が瞬時に形成されたのである。
「なんだこりゃあッ!?」
「ふ、不覚ゥ!!」
ただ、それは殺傷力のある物ではなかった様で。
触れた者を捕らえて離さない、まさに蜘蛛の糸そのものか。
たちまちイビドとドゥゼナーが糸に取り付かれ、その動きを塞き止められる事となる。
一方のデュゼローは辛うじて無事だ。
寸前で軌道を変え、光の網の範囲から逸れた事によって。
「ちぃ!?」
とはいえ、その網の役目はもう果たしている。
相手の身体だけでなく、その意識を捕らえる事で。
意識を逸らし、気配を見失わせる為に。
「―――どうやら嵌められたのは我々だった様だな」
そう、これはただの囮に過ぎない。
井出が逃げる為に講じた二重の罠だったのだ。
井出は既にこの場にはいない。
全員の意識が逸れた瞬間を狙って逃げおおせたのだろう。
命力の気配や血の匂いさえも残さず。
残っているのは光の網だけで。
「気配は無い、か。 逃がしてしまったな」
一人無事なデュゼローも、その事実を察してようやく剣を降ろす。
気配の無い相手を追う事は、例え手練れであろうと無理に等しい。
言うなれば相手が幽霊になった様なものなのだから。
それに、人が溢れているこの街では五感や命力波で探るのも不可能だろう。
「まぁいい。 奴に対してはまだ時間が有る。 今は目の前の大事に備えなくてはな」
だからこそこうして冷静さを取り戻す事が出来る。
切り替えが早いのもまた強者故に。
それだけ、己の使命や目的もハッキリ把握しているのだろう。
〝今、自分が何をするべきか〟という事もしっかりと。
「お前達、いつまでそうしているつもりだ?」
まずは目の前で起きている惨状を、と。
光の網は残り続けている。
という事はつまり、魔者の二人はなお捕らえられたままな訳で。
「これ外れねェんだ!! クソッ!」
「ぐぅう、一体何なのだこれは!!」
なおジタバタともがき暴れ、脱出を試みようとする姿が。
しかしどちらも成果はと言えば皆無。
トリモチの様に絡み付いた糸がなお二人を縛り続けている。
むしろ最初よりも複雑に絡み合ってひどい状態だ。
よく見れば普通の糸と違い、まるで身体に溶け込んでいるかのよう。
物理的というよりも、存在に絡み付いていると言った方が正しいかもしれない。
命力で構築されているからだろうか。
「全く、仕方の無い奴等だ」
そんな動けない彼等の前に、再びデュゼローの魔剣が姿を晒す。
ただし先程の魔剣と違い、今度は小剣型だが。
ピュンッ!!
その魔剣が横薙ぎの残光を描けば、それだけで事は終わり。
瞬時に糸が断裂し、連鎖的に網全てが粉々に砕け散っていく。
断ち切られた事で存在維持が出来なくなったのだろう。
たちまち、欠片全てが光の粒子となって大気に消え失せる。
高濃度の命力が崩れるのと同様にして。
「す、すまねぇ……」
「恩に着る。 だが追わなくて良いのか? 余程の相手なのであろう?」
「ああ。 だが見失った以上、深追いは禁物だ。 計画の綻びを生む訳にもいかんしな。 それに今回の目的も達した。 一旦戻るとしよう」
どうやらイビドとドゥゼナーは井出が何者かを知らない様で。
あれ程の執念を見せておきながらの引き様に、揃って首を傾げる姿が。
ただ、デュゼローの言う事も一理ある。
それをわからない訳でもない二人だからこそ、今はただ静かに頷くのみ。
こうしてデュゼロー達もまた、東京の闇夜に消えた。
一切の騒動を公園の外で起こす事も無く。
その後は誰も、彼等の姿を見た者は居なかったという。
ただし、その姿を目撃した者達も居る。
偶然公園で遭遇したカップル達だ。
きっと今頃、魔者達を映した画像がインターネット上で拡散されようとしている事だろう。
でもきっと、デュゼロー達はその事に気が付いている。
そうでなければ……現代の文化を知らなければ、ここまで来れるはずがないのだから。
けど、もしかしたら―――
彼等は敢えて人前に姿を晒したのかもしれない。
内に秘めた計画を成就する為にも。
その目的を、まだ誰も知る由は無い。




