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時き継幻想フララジカ 第二部 『乱界編』  作者: ひなうさ
第二十五節 「双塔堕つ 襲撃の猛威 世界が揺らいだ日」(東京動乱 前編)
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~救いの一擲~

「んッぎああァァァーーー!!!」


 亜月の手から勇が遂に解放された。

 しかし身体の主導権を巡る命力同士の戦いは止まらない。

 なおも体の節々の毛細血管が弾け、血飛沫が舞い続ける。


「あ、あず……」


 服はもう既に真っ赤に染まり上がっていて。

 叫ぶあまり、顔も雄叫ぶ獣の如く天を仰いでいる。

 その見開かれた眼さえも真っ赤に充血し、今にも弾け飛んでしまいかねない。


「もうやめろ、やめてくれ……!!」


 腕は特に酷い惨状で。

 至る箇所の皮が破れ、めくれ、赤黒く変色した中身が露わと成っている。

 周囲の地面も赤黒く染まり、日が出ていれば惨事は克明となっていただろう。


 もう勇でさえ直視出来ない。

 見難いほど痛々しい有様だったが故に。


「もう奇跡は打ち止めの様だな。 相応の逸材ではあるが仕方あるまい。 そう導いたのは藤咲勇、お前の至らなさが原因であると思え」


「クソッ、デュ、ゼロォ……ッ!!」


「フハハハッ!!」


 弱った今の勇では、もはや命力を操る事さえ困難だ。

 デュゼローを制する事は愚か、亜月を止める事さえも不可能に近い。


 打開策が全く無い中で、デュゼローの嘲笑が空を突く。

 まるで勇を煽らんとばかりに高々と。


 勇も鋭い眼光で睨み付けるが、何の意味も成しはしないだろう。

 むしろその嘲笑を助長させる餌にしかなりはしない。

 例え勇が解放されようと状況は変わらないのだ。

 ただ死の矛先が変わっただけで。


 今はただただ、亜月が朽ちていくのを待つ事しか出来はしない―――






 だがその時、空を裂く何かが暗闇を貫いた。






ピュンッ!!


 それは本当に一瞬の出来事だった。

 デュゼローさえも認識出来ぬ程に。

 たったその一瞬で、全ての状況がひっくり返る事となる。




 なんと、デュゼローの摘まんでいた元凶の魔剣(ラパヨチャの笛)が、粉々に砕け散ったのである。




「何ッ!?」


 砕いたのは、何の変哲も無い小さな石だ。

 命力が籠っているのかもわからない程に気配の無い、豆粒以下の小石。


 ただ、魔剣自体も相応に脆かったのだろう。

 気配が無くとも、砕ける程に力が籠められていたのだろう。

 たちまち破片が舞い散り、暗闇の彼方へ。

 大地に落ちた欠片もまた土に紛れて消えていく。


 そして、操心は筐体が破壊されれば維持される事は無い。


 たちまち亜月の身体が地面にへたり込む。

 操られた黄色の命力が突如として消え去ったのだ。


 こうして拮抗さえ崩れれば、赤色の命力も介在し続ける事は無い。

 霧散して消え、心と身体に還るのみ。


「あずっ!?」


「うぅ……ごめんね勇君、うぐっ!!」


 それに、どうやら亜月自身は見た目ほど酷くないらしい。

 息こそ荒く、身体を痛ませているが、「えへへ」と微笑みで返すだけの余裕はある様だ。

 そもそもが空元気であるのかもしれないが。


 ただ、対するデュゼロー達からは既に余裕を感じられない。

 余興扱いとはいえ、こうも容易く握っていた魔剣を破壊されたのだから。


 あのデュゼローが虚を突かれる程の所業。

 これに彼等が敵意を向けない訳がない。

 もはやその敵意は、勇達では無く別へと向けられている。


 小石が放たれた暗闇の先へと。




「随分と、物珍しい……魔剣を、持っていた……ものですね」




 その先に佇んでいたのは、スーツを纏った一人の男。

 それも、勇が一度だけ会った事のある。


 その名も井出。

 絶命の危機に瀕したレンネィを救った男である。


「貴様、何者だ……!?」


「井出、と言います……ただの、サラリーマンです」


 この台詞が彼の常套句なのだろうか。

 そう返す様子は以前同様の雰囲気を保っていて。

 気迫を向けるデュゼローを前にしても動揺さえ見せていない。


 なにせ胸に穴の開いた人間を再生する力を持っているのだ。

 もしかしたらデュゼロー相手でもまともに戦える人物なのかもしれない。


 その正体は勇でさえもわかりはしないが。


 もちろん、デュゼロー達も知らない様で。

 先程以上の敵対心を露わにしている。

 魔者達も腰に下げた魔剣に手を充て、既に臨戦態勢だ。


 勇も亜月には意識すら向けてはいない。

 もう眼中にすら無いのだろう。

 

「あまり、面白くない事を……している様でしたので、邪魔をさせて……頂きました。 彼はまだ、()()()()ですから」


「ッ!? そうか、貴様が……ッ!!」


 そして遂にはデュゼローまでが魔剣を取り出すに至る。

 それも【ラパヨチャの笛】の様な小賢しい道具ではない。

 れっきとした戦闘用の魔剣を。


 黒いマントの中から現れたのは、細身の曲刀。

 刀身から刃、鍔や柄に至るまでが漆黒の魔剣である。

 まさに【黒双刃】の名に相応しい一刀と言えるだろう。


 それがもう既に光を灯している。

 「ジリジリ」と大地を震わせる程の共鳴音を打ち鳴らしながら。


 デュゼローもまた戦う気なのだ。

 井出に対して何かを感じ取ったからこそ。


 その殺意はもはや先程までの比ではない。


「イビド、ドゥゼナー、奴を殺すぞッ!!」


「わかったぜェ!!」


「任せよッ!!」


 その殺意が、敵意が息を合わせた時、暗闇に三筋の光が刻まれる。

 デュゼロー達が井出に向けて凄まじい速度で飛び掛かったのである。


 その速さはいずれも驚異的だ。

 魔者二人はどちらも勇と負けず劣らない速度で。

 デュゼローに至ってはそれさえ霞む程に速い。


 いずれせよまさに光の様で。

 あっという間に井出との距離を詰め、遂には即座に斬撃を見舞うほど。


 井出自身もその猛攻を前に後退一方だ。

 彼等にも負けない速度で飛び跳ね、その斬撃を紙一重で躱す。


 ただ、井出の逃げ方は若干不自然に見えなくも無い。

 まるで勇達から離れる様に逃げていたのだから。

 勇達の窮地を救ったのが偶然ではないと言わんばかりに。


 あっという間にデュゼロー達も井出も景色の彼方へ。

 暗闇に消え、もう光の筋しか視認出来ない。


「井出さん、何故俺達を……くっ、でも俺には貴方を助ける事は出来ないッ!!」


 でももう考えている暇は無い。

 井出の意図はわからずとも、こうして逃げる機会は生まれたのだ。

 今は何が何でも逃げて、亜月を安全な場所に連れて行かなければ。


 例え微笑んでいようとも、その失血具合はもう心配の域を超えている。

 治療までの猶予がそれほどあるとは到底思えない。


 だからこそ勇は立つ。

 僅かな命力で体を奮い立たせ、亜月を抱え上げて。


「井出さんッ!! ありがとうございますッ!! どうか死なないで……ッ!!」


 体はまだ動ける。

 体力だけならまだ十分だ。

 なら後は気力と底力で乗り切るのみ。


 今は夜で、闇に紛れて建物の屋上を跳ね行く事が出来る。

 提携している病院にも最短ルートで進めばすぐ辿り付けそうだ。


「あず、もう少しだけ耐えるんだッ!!」


「うん、が、頑張る……」


 故に、またしても一筋の光が空へ。

 東へと向けて、ブレる事無くアーチ状に刻まれていく。


 それを人が見掛けても、きっと勇だと気付く事は無いだろう。

 代々田公園で何が起きていたのか、という事さえも。




 誰も与り知らぬ所で勇が、亜月が、井出が命を賭けている。

 幸せに包まれた都会の中心で。


 聖夜に起きたこの事件は始まったばかりだ。


 デュゼロー達は何故この街に現れたのか。

 何故勇達に敵意をぶつけたのか。

 その真意はまだ何もわかってはいないのだから。

 

 彼等がわざわざ勇達の前に現れた目的とは果たして―――




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