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時き継幻想フララジカ 第二部 『乱界編』  作者: ひなうさ
第二十五節 「双塔堕つ 襲撃の猛威 世界が揺らいだ日」(東京動乱 前編)
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~操心の悪夢再び~

 場の空気はもはや完全にデュゼローの支配下だ。

 相手は素手の片腕を露出しているだけなのに。

 構えもせず、ただ立っているだけなのに。

 一度攻撃タイミングを崩されただけで、見えていたはずの隙がもう見当たらない。


 いや、もしかしたらその隙も敢えて見せていたのかもしれない。

 勇とデュゼロー、二人の力量にどれだけの差があるのかを示す為に。


 亜月に至ってはもはや蚊帳の外だ。

 二人の間で何が起きていたのかなどわからないままで。

 〝勇が退いた〟という事実だけに気付き、間に入る事さえ出来ないでいる。


 でもこれだけは理解出来る。

 二人が今こうしている間も戦っているという事を。


 そこに自分の様な〝至らない者〟が入る余地など無いという事を。


 とはいえ、こうして動きを見せていないのは相手側の魔者達も同じだ。

 デュゼローの背後で腕を組んで立ち、ただじっと勇とのやりとりを眺め続けるだけで。


 だからこそ恐ろしい。

 実力の断片さえも覗かせる事も無く、余裕を見せているのだから。

 もし亜月が業を煮やして手を出せば、どの様な手痛い反撃を返してくるのか予想も付かない。




 たちまち、場が冬の公園らしい静けさを取り戻す。

 周囲を歩いていたはずのカップル達も、異変に気付いて逃げ去っていて。

 今この場に居るのは膠着状態の五人のみだ。


 ただし、一人だけに限っては自由に動く事が出来るが。




「確かに今回は挨拶―――だが、何もしないのも面白みが無い。 少し余興を催すとしようか」




 場を制したデュゼローならば。


 この時、隠されていたもう一本の腕がマントの中から姿を晒す。

 手に小さな四角棒の様な何かを摘まみ持ちながら。


「ッ!?」


 だが、そんなちっぽけな物が勇にこれと無い驚愕を与える事となる。


 勇は見た事があったのだ。

 それに似たとある物を。

 忌まわしき記憶を脳裏に縛り付けた()()()()と瓜二つなその物体を。


「これが何か、お前にはわかるだろう?」


「そっ、それはまさかッ!?」


 しかし、気付いた時にはもう手遅れだった。

 デュゼローは既に棒を唇へ充て、力を篭めていたのだから。


「やめろォーーーッ!!」


 あの魔剣の恐ろしさは勇が誰よりも知っている。

 故に、その身を以って味わった恐怖が、嫌悪がその身を突き動かしていた。

 〝成させてはならない!〟と、リズムさえも無視して強引に。




 でもその勢いは―――意思に反し、空かさず止められる事となる。




「がはッ!?」


 突如、飛び出そうとした勇が強引に制されたのだ。

 何者かの両手がその首を掴み取っていたのである。


 半ば飛び出そうとしていた事が逆手となり、喉に強烈な圧迫感をもたらして。

 しかも「ギリギリ」と強引に締め上げられた事で、嘔吐(えず)きさえもよおさせる。

 余りの力強さ故に喉が潰され、呼吸さえままならない。


「ううッ……!?」


 そして勇は気付くだろう。

 自身を締め上げる者の正体に。




 それはなんと亜月。

 彼女が勇の首を掴み取り、あまつさえ力のままに掲げ上げていたのである。




「あ、ああ、勇君!? イヤ、ダメェ! 体が勝手に動くのおッ!!」


 ただ、その様子は以前の例と少し違う。


 亜月の意識はなお正気のままで。

 首を横に振り、拒否の姿勢を露わにしている。


 でも、それは首から上だけだ。


 手は意思に反して勇を締め上げ続け。

 足は振り落とすまいと、大地を力強く踏み締めていて。

 体からは命力が迸り、その能力を如何なく発揮している。


「ガッ、カハッ……!?」


 これがあの魔剣の恐ろしさの由縁だ。

 以前は思考さえ捻じ曲げ、思い通りに操る事さえ可能とした。

 しかも本人に気付く間すら与えさせずに。

 例えそこに至らなくとも、そのおぞましさは変わらない。


 人を操る魔剣。

 その名も―――




「これは【ラパヨチャの笛】―――の模造品だ。 お前ならよく知っている物だろう?」




 それが、かつてあの獅堂雄英が使っていた操心魔剣【ラパヨチャの笛】。


 二年前では勇自身も操られ、危うく母親を殺しかけた事さえある。

 その能力に翻弄され、更には操られた仲間達に危うく殺され掛けたものだ。


 あの時は茶奈の機転が続き、辛うじて事無きを得たのだが。

 あろう事か、今再びあの恐怖の魔剣が目の前に現れた。

 勇がこうして焦るのも当然だろう。


 だがその能力がもう亜月に注がれてしまった。

 茶奈程では無くとも、常人よりも高い水準の命力量を誇る彼女に。


「効果は本物ほどではないが、人一人の自由あるいは意識だけを奪うくらいなら出来る。 この様にな」


「ウグッ、グゥゥ!?」


「どうした藤咲勇、いっそその女の腕を引き千切ってしまえばどうだ?」


 そう、亜月の持つ全命力が掴み上げる事だけに注がれているのだ。

 余りの強さ故に、振り解こうにも振り解けない。


 しかも勇にはそれを振り解ける()が―――無い。


 確かに、勇は極少の命力で強力な力を発揮する事が出来るのだろう。

 しかしそれはあくまで肉体強化の分野に限った事で。

 茶奈や亜月の様な比類なき命力放出量を前にすれば、()はどうしても及ばない。


 何故なら、命力の量が筋力に直結するから。

 命力そのものが筋肉や骨格の役割を果たしているからだ。

 ひ弱な茶奈が【フルクラスタ】を纏う事で勇と同等に戦えるのもまた、これが理由である。


 ただ、それでも引き剥がせるだけの腕力が勇にはあるのだろう。

 ……あるにはあるが、実行は不可能だ。




 出来る訳も無い。

 それはつまり、亜月の腕を破壊する事に繋がるのだから。




 今の勇は、言うなれば強烈な命力で縛り付けられた状態だ。

 ただし、そこに命力所持者当人の意思は一切介在していない。


 それはすなわち、怪我や痛みに対する忌避(リミッター)が無く、それに対する抵抗も無いという事。

 故に、例えへし折れようが千切れようが、その手は掴む事を止めないだろう。

 それを強引に押し開けば、命力よりも先に腕本体の方が容易に壊れてしまう。

 鍛え続けた勇と違い、身体造りを徹底していない亜月の腕はそれだけ脆いのだから。


 もし勇に押し戻せる程の命力があったならば、状況はまだ違ったかもしれない。

 しかし命力が減衰した勇にはそれも叶わない。

 あの命力の針でも、断ち切れる程の深度を再現する事が出来ないのだ。


 そして、それ以外の方法は皆無。

 すなわち、もう亜月の腕を犠牲にするしか道が無いのである。




 それに、抵抗するにも相手が亜月では。

 身体を蹴ろうにも躊躇いが邪魔をして。

 宙吊り状態では力も入らず、抵抗の意味を全く成さず。

 それどころか呼吸さえも困難で、気を抜けば今にも意識が飛びかねない。


 亜月の手の中でただ暴れるしかない勇。

 その姿はまるで、絞められる寸前の鶏だ。


「カッハハァ!! このまま死んじまうんじゃねぇーか?」


「それはそれで面白かろう。 ()たりし者の憐れなる末路もまた、いと美し」


「フッ、そうだな。 このまま何も知らずに逝く、それも一つの幸福なのかもしれん」


 そんな相手を、デュゼロー達はただただ嘲笑う。

 あまりにも無様な光景だったが故に。


 見届けるだけの彼等に、もはや慈悲は無い。




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