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時き継幻想フララジカ 第二部 『乱界編』  作者: ひなうさ
第二十五節 「双塔堕つ 襲撃の猛威 世界が揺らいだ日」(東京動乱 前編)
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~約束を果たす為に~

 あずーが目を覚ましてから二日後。

 十二月二二日の金曜日。


 今年は早終わりの年ともあって、世間営業の半数はこの日が最終日だ。

 学校も今日を終業式として設定し、いつもより長い冬休みを迎える事となる。

 それはあずーや愛希達が通う白代高校も同じで。

 校舎の外では終業式を済ませて帰宅していく生徒達が。


 そんな昼頃、面接等を行う小部屋にて。

 そこで黙々と期末試験を受けるあずーの姿がそこにあった。


 担任の監視の下に必死で筆を走らせ、試験用紙に解答を書き込んでいく。

 目を血走らせながら、持ちうる能力を全て用いてペンをガシガシと。

 体からは僅かに命力が立ち上り、それはさながら体から溢れる湯気のよう。


 そこから覗くのは、言うなれば執念。

 そんな奮闘の姿を見せる彼女を前に、担任の教師はただただ圧倒されていて。

 声を殺して静かに見守り続けるばかりだ。


 この日に至るまでのたった一日。

 その間にあずーは勇を始め、心輝、瀬玲に囲まれて猛勉強に励んでいた。

 己に課せられた使命を果たす為に。


 ただ残念な事に、同級生である愛希達は既に試験を終えた後で。

 公平性を考慮し、勉強会には参加出来ず。

 有力な助っ人を欠いての挑戦だったのだが―――


 今日この日、あずーはしっかりと仕上げて来た。

 その小さ(ミクロ)な頭脳にありったけの知識を詰め込んで、そして今に至る。


 母親との約束を守る為にも。

 勇とのハッピーライフを満喫する為にも。

 死闘にも勝る全身全霊を以って事に当たっていたのである。


 例えそれが付け焼刃(その場しのぎ)なのだとしても。


 もちろん、命力が賢さに影響有るかと言えば答えはノー。

 ただの力の垂れ流しにしかならない。

 むしろ影響があるのであれば、それはそれで問題な訳で。


 果たして、彼女の全身全霊はテスト()()()を攻略する事が出来るのだろうか。






 あずーに充てられた各科目のテスト時間はたった三〇分。

 普段は一時限分、五〇分が割り当てられるのだが。

 教師の負担を考慮し、かつ本人の意向もあって短縮される事となった様だ。


 そのお陰か、テストそのものは流れる様に行われ。

 その甲斐あってか、午後五時過ぎには全十二教科のテストが終わりを迎える。

 昼過ぎから始まったというにも拘らずの凄まじい速さである。


 ただ、それも常時全力投球だったから。

 事後には机の上で燃え尽きたあずーの姿が。


「うぅ~、疲れたぁ……」


 疲労を回復する術などいくらでもあっただろう。

 その為の命力の使い方も当然知っている。


 それでもあずーは打ち込む事を止めなかった。

 一心不乱に、回復になど目も暮れず。


 そのおかげでもはや疲労困憊。

 「ペちょっ」と倒れ込む彼女の額から、冬にも拘らずの大きな汗が輪郭に沿って流れ落ちる。

 とはいえ、その顔には小さな微笑みもが浮かんでいて。

 やりきれたからだろうか、ほんの少し満足げだ。

 

 一方の答え合わせを行う担任側もそれほど時間は掛からない。

 何せ各教科の答えは手元にあるのだ、後はそれに沿って見直していくだけで。

 解答用紙が寄越されてすぐに合わせれば、おのずとタイムリーに仕上がるものだ。


 そうして間も無く全ての答え合わせも終わって。

 次に担任が目を通し始めたのは、別の資料。


 それは本期末試験における各クラスの各教科平均点を記載したモノで。

 交互に目を通し、各解答用紙に記載された点数の下へと追記を加えていく。


「園部、終わったぞ」


「はぁい」


 それもすんなり終わり、とうとうあずーの手元に朱書きの加えられた解答用紙が戻って来る。

 そんな用紙を震えた手で受け取り、「すう~」と一息。


 ちょっと覚悟を決めて、いざ覗き込んでみれば―――


「おー、おおーーー八〇点! やったぁ!」


 なんと一枚目は平均値どころか大台到達である。


 満点じゃないから喜ばしい事では無い?

 いや、そんな事はない。

 こんな点数など殆ど取った事が無いあずーにとっては大金星だ。

 もはや感動以外の何物でも無いと言っても過言ではないだろう。


 とはいえ、その感動もスタートダッシュだけ。

 期待させてからの続きは六〇点代前後だったりと、なかなか手痛い所だったが。


 ただ、それでも目標は達している。

 点数の下に書かれた青の数字がいずれも下回っていたから。


 そう、担任が追記していたのは自クラスの平均点。

 資料に書かれていたのはその数値だったのだ。

 平均を上回りたいとハッキリ望んだあずーへの、実に粋な計らいである。


 そうして解答用紙が次々にめくられていく。

 いずれも成果がが伴っていたからか、期待は徐々に高まっていくばかりで。




―――待っててね、待っててね勇君……!!―――




 そんな心の声が今に飛び出さんばかりに、唇が細かい動きを見せる。


 それで残すは三枚ほど。

 今見ている用紙も目標達成(クリア)だ。


 だが不安もある。

 重ねられた用紙は決してテスト実施順では無かったのだから。


 点数順に並べられていたからこそ。


 そう、つまりめくればめくる程点数が低くなっていく。

 平均点もその分低くはあるが、どうなるか油断ならない。

 それも最後となれば、めくるのが怖くなりさえしよう。


 でもこのままでは何も始まらない。

 それに、こんな時こそ強気に出られるのがあずーという存在だ。

 

 だから重ねられた用紙を、勇気を以ってゆっくりと退ける。

 最後の関門、最も恐れた教科―――数学と化学を突破する為に。


 そしてめくり上げた先で点数が露わとなった時、彼女の目が大きく見開かれる。




『化学 66/100 クラス平均点69点』




 その一歩届かぬ結果を前にして。




 前の科目よりは確かに点数は高い。

 でも目標が、僅かに届かない。


「あっ……」


 その時、思わず彼女の口から声が漏れ、手が止まる。

 それどころか手が指が震え、用紙が僅かにクシャリと歪ませていて。


 悔しかったのだ。

 これ以上無い程に悔しかったのだ。


 約束を守れなかった事など、これまで何度もあった。

 忘れたり、蔑ろにしたり、時には有耶無耶にしたりで。

 それは彼女が今まで自由奔放だったから。


 でも今回は違う。

 これまでに無い程、あずーは真剣だったから。

 しっかりとした目標があって、その先には最も望んだ未来があったのだ。


 それでも両親との約束が守れなくて。

 そして勇達との努力が実らなくて。


 勇との誓いが果たせなくて。

 

 その望みが潰えたと理解してしまった時、頬に涙跡が滲み行く。

 それも一つ二つと増やしながら。


「あっ、ああ……ウッ……ウゥゥ―――」


 抑えられなくなった感情が口から、鼻からも漏れ始めて。

 震えた唇からはとうとう嗚咽さえ誘う。


 そして頬を伝う涙は雫となり、ポツリポツリと用紙を滲ませて。

 遂には用紙が湿気を帯びてクタリと倒れ込む。


 止まらない。

 口惜しさの余りに涙が、止まらない。

 

 別の用紙までをも濡らしてしまう程に、悲しみが止まらない。




 だがその時、そんな彼女の肩に思い掛けない温もりが届く。




 担任が彼女の肩にそっと手を添えていたのだ。

 優しく、それでいて包む様にして。


 それに気付いたあずーがふと顔を上げてみれば、そこには微笑む担任の姿が。


「安心しろ園部。 この教科は何故かうちのクラスだけが点数高くてな。 例年よりも一〇点くらい高いんだ。 ほら見ろ」


 すると、一枚の資料をそっと差し出して見せる。

 青数字の元、クラス平均点が書かれた資料だ。


 でも、それは決してあずーのクラスの平均点()()が書かれている訳ではない。

 そこにはなんと、()クラスの平均点数が書かれていたのだ。


 その中に書かれた化学の項目を見れば、あずーのクラスの平均点数は確かに六九点。

 けれどその隣、学年平均点数を見てみれば―――




『学年平均点数 61点』




 なんと、学年平均点で見れば越えていたのだ。

 僅差ではあるがしっかりと。


「あ……」


「だからな、お前はよくやったよ。 ほら、最後の解答用紙を開いてみなさい」


 続く言葉もまた微笑みから生まれたままに優しく。

 倒れた用紙の端を担任が摘まみ、そっと引き上げて。


 そして露わとなった最後の一枚を見た時、あずーはその優しさの意味を理解する事となる。




『数学 94/100 平均点72点  クラス順位6位/39 学級順位13位/232』




 その信じられもしない結果を前にして。


「うそっ……」


「よくやったな、園部」


 当然、こんな点数を取った事なんて今まで一度も無い。

 狙おうとした事も、取れると思った事さえも。


 でもこの日、あずーは快挙を成し遂げた。

 自分にとって最も意義のある数字を叩き出したのだ。


 例え付け焼刃だろうとも、一時しのぎであろうとも。

 たった一日分でも掛ける想いが強ければ、それだけで成果が伴うのだと証明出来たのである。


 これが成功というものだ。

 成功を知って、喜ばない訳が無い。


 途端、悲しみで溢れていたあずーの顔に笑顔が戻る。

 ただ、涙でしわくちゃになっていたから、それもどこか変で。

 唇も震えて歪み、もはや笑っているのか泣いているのか。


 啜りと笑いが入り混じった奇妙な声を漏らし、再び嗚咽が零れ出る。

 けれど、そこから覗き見える感情はきっと誰が見てももう明らかだから。


「園部、帰りに気を付けろよ」


「あ、あいっ……」


 担任からはそれ以上語る事も無く、ただ静かにその場から去っていく。

 あずーのみっともない素顔を目に入れない様に。


 きっとあの点数順は、この最後の瞬間を演出する為だったのだろう。

 最後の最後で喜んでもらいたかったから。


 そんな担任の粋な計らいが、あずーにこれ以上無い喜びを運んでくれた様だ。




 一人残された部屋の中で、つい両腕を振り上げてしまう程の―――大きな大きな喜びを。

 

 


 涙と鼻水でクシャクシャとなりながら。

 それもハンカチで吹き取っても拭き取りきれない程に塗れて。

 それでも喜びを表しきれなかったからこそ。


 間も無く、静かになった校舎に「ギャワーーー!!」という雄叫び声がくまなく響き渡っていった。




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