~恋~
茶奈が席を外し、勇とあずー二人きりになった部屋で……二人が会話を交わす。
あの時の続きを……彼女が話したかった話の続きを。
だがあずーはどうにも恥ずかしいのか……上手く切り出せず、未だ布団の中に顔半分隠して蹲っていた。
勇もまた照れ臭いのか、彼女が躊躇する姿を前に何も言い出せずにいた。
瀬玲達が聞き耳を立てている中……そんな事も露知らず、遂にあずーの口が開く。
「あ、あのね……勇君……アタシ、あの時……変な事言っちゃったみたい……おかしいよね……だって……あれ全部嘘だもん……」
「えっ?」
唐突な内容の切り出しに、勇が思わず驚く。
あの時の話が、まるで薄れゆく意識から漏れ出た戯言だったと言うのだから。
「ハハ……ごめんね……勇君困っちゃったよね……」
「あず……」
「思い出とか……そういうの、きっと勘違いだから……だって……顔とか覚えてるワケないもん……ずっと小さい時の事……だし……」
ますます彼女の顔を覆う布団が深くなっていく。
思い返せば返す程……自分の発した言葉が恥ずかしかった事ばかりだったのだから。
だがそれは彼女にとってずっと思ってきた……思い込んできた事。
事実かどうかは定かでは無くても、それが彼女の想いの根源である事には変わりない。
恥ずかしがる彼女を前に……話を聞いていた勇がそっと語り掛けた。
「あず、いいんだ……恥ずかしい事でも何でもない、君が想ってきたって事は本当なんだろ?」
「……うん」
「例えそれが夢で、思い込みでも……君が想ってきた事が本物なら……きっとそれは凄く大事な事なんだって、今更理解出来たんだよ」
「勇君……?」
勇の瞳が彼女をじっと見つめ……彼の真剣な語りに、あずーはその顔を覆う布団をそっと除ける。
そして二人が見つめ合った時……勇は彼女へ向けて静かにその口を開いた。
「あず……君の想いを受け入れたいんだ……俺と、付き合おう」
その言葉を、誰が予想しただろうか。
聞き耳を立てていた瀬玲も、心輝も、茶奈も……そしてあずー当人も。
あまりの衝撃的な一言に、あずーはただ茫然と彼の瞳を見つめていた。
「あ……えっと……ごめん、まだ調子悪いみたい……耳がね……」
「聴き違いじゃないよ、これは俺の本心だ」
そう言われた時……ようやく彼の言う事が理解出来たあずーが思わずその口を手で抑える。
途端その目が潤い始め、感動から来る嬉しさが溢れ出ていた。
「ほんと……? 本当に……?」
「あぁ……今まで君の気持ちに応えられなかったから……やっと気付けたから……俺の方こそ今までごめん」
真剣な面持ちを浮かべていた勇の顔がそっと笑顔へと変わる。
大好きな彼の笑顔、それを見た時……募りに募った想いが溢れ出し、彼女の顔がクシャクシャになっていった。
「……嬉しい……嬉しいよ勇君……うぅ……嬉しいよぉ……」
夢にまで見た大好きな人からの告白……ポロポロと溢れ出る涙が止まらない。
嬉しさで思わず出た声は次第に啜り声へと変わっていく。
そんな彼女の傍へ勇が座ると……泣き崩れた顔へそっと手を伸ばし、その涙を拭う手伝いをする様にそっと目元を撫でた。
今までの、そして今の勇の優しさを受けて……己の頬を触れた手をそっと掴み制止させる。
途端彼の手の温もりが頬へと伝わり、彼女の心を穏やかにさせていった。
「あったかい……ありがとう勇君……」
「うん……」
二人の心温まるやり取りに……瀬玲達もまた、温かい気分に包まれていく。
「勇君……勇くぅん……」
すると、彼の手を掴んでいたあずーの手が徐々に彼女の頬を擦り付ける様に動き始め……とうとう彼女の顔までがまるで勇の手を堪能するかの様に動き出した。
恋人に成ろうと言った勇も、どんどんエスカレートする彼女の行動に顔を引きつらせていく。
「うへへ……勇君はもうアタシのものォ……」
「ちょ、調子に乗るなっ! もう!」
過剰になってきた彼女の行動を諫める様にそう声を上げると、彼女に差し出した手を無理矢理引き戻した。
「あーんもぉ~……」
「まったく……それと、無条件って訳じゃないぞ」
「えぇー条件有るのー!?」
思わず「ぷぅ」と頬を膨らませるあずー。
そんな彼女へ勇はその『条件』を彼女に提示した。
「有るよ……君にはもう、魔特隊を辞めて欲しい……普通の子に戻って欲しいんだ」
それが勇の条件……彼の切実な想いである。
それを耳にしたあずーや、聞き耳を立てていた瀬玲達は……思わず唖然としていた。
「……それが勇君の望みなら、アタシは潔く受け入れるよ」
「ありがとう、あず……」
「でもさ、その理由だけ……教えて欲しいな……」
あずーが上目遣いで勇を見つめながら請うと、彼はそっと頷き語る。
「それは……君をもう危ない目に合わせたくない……遭って欲しくないんだ。 少なくとも、もう……俺の事を想ってくれる人を死なせたくはない、それだけなんだ」
南米での戦いの様な事を繰り返したくなかった。
だが何よりも、エウリィの様に彼女を失いたくないという想いが強かったから。
戦いから退けば、その可能性から限りなく遠ざかる……そう思ったから。
そんな彼の想いを受け取ったのか……あずーは静かに頷く。
「そっか……わかった……アタシ辞めるよ、魔特隊」
その答えはとても素っ気なく。
だが、それでも良かった。
彼女が戦いから退いてくれれば。
ただそれだけで。
勇にとっては、その答えだけで充分だったのだ。
「よし、じゃあ……後はテスト結果を残すだけだな」
「うへぇ、それも条件なのぉ?」
「これは違うよ……でもオフクロさんの条件だろ?」
途端あずーの顔が苦虫を潰した様な顔付きに変わっていく。
「忘れてたぁ……くぅ……!!」
「勉強内容までは忘れてないだろうなぁ?」
二人の会話は次第に笑い話へと移り変わり……気付けば最初の彼女の弱りっぷりとは思えない程に元気を取り戻していた。
勇の中に渦巻く想い……彼女の愛に応えようという願いは、彼をただ真っ直ぐに突き動かした。
勇自身も明日をも知れぬ命……あずーはそれをわかっていながらその好意を受け入れた。
そんな想いが絡み合ったから、二人はありのままで接する事が出来るのだ。
二人の会話がなんて事の無い話題へと変わると……聞き耳を立てていた瀬玲達はそっとその部屋から離れる様に歩き始めていた。
「まぁさかこうなるとは思ってもみなかったぜ……」
「そうねぇ……てっきり私は―――」
「そうですね……でも、勇さんとても幸せそうで良かった」
そんな茶奈の反応を前に瀬玲が歩みを止めると、それに気付いた茶奈と心輝が続く様に足を止めて振り返る。
瀬玲の視線は茶奈へ……真剣な面持ちを向けていた。
「茶奈は……それでいいの?」
「えっ?」
突然の一言に、三度茶奈が首を傾げる。
本当にわかっていない様子の彼女に、瀬玲が思わず溜息を漏らした。
「勇の事……好きなんじゃないの?」
「あ、はい、大好きですよ」
「じゃあなんでそんな澄ましていられるのさ? あずに勇を取られちゃうんだよ?」
そう言われると……茶奈は瀬玲へニッコリとした微笑み、そっと答えた。
「私は勇さんが大好きだから……勇さんが幸せに成ってくれればそれだけで嬉しいんです」
嫌味も妬みも一切感じさせない純粋な笑顔で応えられ、さすがの瀬玲も呆気に取られる。
その手を大きく上げ、顔をガックリと沈ませた……そんな様を見せつけて。
「あ~ハイハイ、私にはよくわからない感情だわそれ……まぁ茶奈がそれでいいならいいんだけどさ……」
そう言い残すと、瀬玲は呆れ果てた様に再び溜息を吐き出し……その場を後にした。
残った茶奈と心輝は隣を過ぎ去る彼女を視線で追いながら、その場に佇んでいた。
「ダメ……かな……?」
思わず茶奈の口から零れる呟き。
それに反応した心輝が僅かにしかめた難しい顔を浮かべながら重い口を開かせる。
「……んやぁ、まぁ愛のカタチなんてのは色々あるっていうしなぁ……でも、こう、なんつーの? 独占欲とか嫉妬とか、そういうの無いのかなぁとは思うぜ」
「うーん……もう家族みたいなものだから……」
「そういうもんなのかね……ま、アイツの言う通り、茶奈ちゃんがそれで良いなら何も言う事ねぇよ」
心輝が歩み始めると、その手をそっと上げて振り向く事無く茶奈に「バイバイ」と挨拶を交わして去っていった。
「……っつう事は、勇が俺の義弟になるって事なのか……そうなのか……」
そんな事を呟きながら去っていく心輝を、茶奈が「フフッ」と笑いながら見送る。
そして茶奈も病室へと振り向くと、心に想いを過らせた。
―――勇さん、あずさんと仲良くしてあげてくださいね―――
そう、心の中で優しく呟くと……彼女もまた家路へと就いたのであった。
夜の街に、二人の男女が想いを重ね、願いを現実にした。
理想を得た二人が次に想うのは、如何な未来か、希望か……。
多くの者達が、己の願いを有るべき道へと乗せる為に力と想いを奮った。
そのほとんどが無下に消え、その命を費やし消える。
だが、残した願いは新たな想いを呼び、人を揺り動かすものだ。
今は気付けなくとも。
いずれ……。
第二十四節 完




