~親~
翌日、昼過ぎ。
心輝と瀬玲が日本の玄関である羽根田空港へと降り立った。
あずーの事を心配し、休養期間を削って一足早く戻って来たのだ。
正式な作戦終了を通達されての帰国ともあり、二人の帰還が情報開示の許可証明となる。
それは即ち、あずーの事を両親に伝える事が出来る様になるという事であった。
帰国した心輝は早速両親へ連絡し、そこで初めてあずーの状況を知った彼等は急ぎ入院先の病院へと向かうのだった。
園部家の両親が病院へ辿り着き、彼等の到着を待っていた勇と茶奈が病室へと案内する。
病室へ辿り着いた二人がベッドに横たわるあずーを見た途端、駆け寄りその様子を伺うが……
未だ彼女はまだ眠りの中……彼等の心配の色は隠せない。
あずーとの面会を済ませ、部屋から出てくる両親を再び勇と茶奈が迎える。
勇は彼等に、彼女達を守る事が出来なかった事を陳謝の意を示していた。
「本当に申し訳ありません……俺の力が及ばなかったばっかりに」
「こればかりは仕方の無い事だろう……今までだって何度も危険な目に遭ってきたんだ。 あの子がそれを望んだ以上、私達が君を責め立てるのは理不尽ってものだよ」
「ありがとうございます……」
園部家の父親がそう彼を宥めると、勇もそれに合わせ小さく頭を下ろす。
母親もどこか納得出来ていなさそうな顔を浮かべるが……夫の言葉と態度にやむなく従う様にしおらしい態度を見せていた。
「本当なら戦う事を止めさせたいが、この子はヤンチャ過ぎてなぁ……いつも突っ走り過ぎるんだよ。 どうかこれからもこの子を君の手で制してあげて欲しい」
「えぇ、そのつもりです……」
勇と茶奈が深く頭を垂れる中……園部家の両親は彼等に別れの挨拶を交わし、その場を後にする。
魔特隊関係者の肉親とはいえ直接な関係は無い。
彼女の容態の原因が魔特隊関連である以上、長い時間の面会は許されていなかった。
とはいえ、あずーの無事を確認出来ただけでも彼等にとっては良かったのだろう。
あずーを見守るのが、彼女が信頼し、心輝の親友でもある勇ならば……悪い様にはしないだろうと信じているからだ。
「あずちゃんのお父さん、良い人ですよね」
「あぁ、シンの父親とは思えない位にしっかりした人だよな」
一言多い勇ではあるが……それはともかく、実際彼の父親は出来た人間だ。
親子揃って起業家……祖父とは職種こそ違うが、小企業を作ってそこで社長として働いている。
従業員10名にも満たない企業であるが、安定した収入を得ている。
そんな企業を回す手腕が何よりもの証拠と言えるだろう。
二人が話を交わしていると、不意に勇のスマーフォンが鳴り響く。
それに気付き、スマートフォンを手に取ると……心輝の名前が画面に映し出されていた。
おもむろに通話を始めると、途端聞こえてきたのは相変わらずの彼の元気な声。
『オッス勇、あずはどうだ? もうすぐそっちに行けそうなんだけどよ』
「ああ、まだ目は覚ましていないけど良好だよ。 多分目を覚ませばすぐ退院出来ると思う。 両親は今さっき面会を済ませたよ」
『そっか……オフクロにキツく言われなかったか?』
「親父さんが制してくれたおかげで何も言われなかったよ」
『へぇ……んじゃ、俺はレンネィに会ってから行くからよ』
「あぁ、待ってる」
そう会話を済ませると、通話の途切れたスマートフォンを胸元に仕舞う。
心輝の口調は至って今まで通り。
あずーの容体は何も心配無いという事を知っているからであろう。
とはいえ……妹の為に早く帰ってきたのにも関わらず、先に恋人に会いに行く事を選ぶ彼の考えは如何にも心輝らしいと言える。
そんな様子を見ていた茶奈は相手が心輝である事を察した様だ。
「心輝さん達これから来るんですか?」
「うん、そうらしい。 心輝だけはレンネィさんに顔出していくってさ……そういやアイツ、いつの間にか『レンネィ』って呼んでたな……」
二人の仲が進展したからか、いつの間にか呼び方も『友好的』から『親愛的』に変わった様だ。
勇と茶奈がそんな会話を交わしながらあずーの病室へと入っていくと……二人は目の前で起きていた事に突如として驚きの顔を浮かべた。
なんと、あずーが目を開けていたのである。
「おはよ……勇君……」
「あずっ!! 目が覚めたのか!!」
「うん……二人の会話……聞こえてたよ……」
まだぼんやりしているのだろう……声は掠れ、目はまだ細く開かれたまま。
だが、しっかりと意識はある様子を見せ……その口は微笑みを浮かべていた。
「良かった……あずちゃん……」
「茶奈ちゃん……こっち来てたんだァ……」
「違うよ、今もう日本だよ」
南米で気を失って以来目を覚まさなかったあずーはどうやらまだ南米に居るのだと思っていたのだろう。
茶奈にそう言われると……その瞼が僅かに開かれ、唖然とした様子を見せる。
それに対して茶奈は、呆気に取られた彼女の様子に思わず微笑んでいた。
「えぇ……そうなの……? じゃあもしかして……お母さんとか……もう知ってるの?」
「うん、さっき面会に来たよ」
「……あちゃあ……勇君ごめんねぇ……しくじったぁ……」
「はは、大丈夫だよ」
それを聞くと、あずーも呆れ果てた様に「ぷぅ」と小さな溜息を吐き出す。
彼女にとっても、そして心輝にとっても……あの母親はああ見えて強敵な様だ。
子供を想う気持ちがより一層、彼女の強敵具合を増させるのだろうか。
勇は「自分の母親と比べてそういった意味ではしっかりしているなぁ」などと心に思うのだった。
もちろん彼の母親も言うよりしっかりしているのだが……そう思うのは親の心子知らずと言った所か。
「もう安心だからさ、話したい事があるなら幾らでも聞くよ。 例えばその、あ、あの時話しそびれた事とかさ……」
「……あの時……えっと……あっ……」
勇に言われるまで忘れていたのか……彼女が気を失う直前に話していた事を思い出し、思わずその顔を赤らめ布団で顔半分を隠す。
事情の知らない茶奈が首を傾げて見る中、勇とあずーは互いに見つめ合っていた。
「ちゃ、茶奈ちゃんちょっと……外してもらっていい……?」
「え? あ、うん」
突然のあずーの願いに戸惑いつつも……茶奈は彼女に従い部屋の外へと出ていく。
部屋の外に出た茶奈は少し離れた場所に有ったベンチを見つけ、そこへと腰を掛けた。
「何なんだろう」と漏らしながらキョトンとしていると……不意に通路の先から話し声が耳に入る。
聞き慣れた声……それは心輝と瀬玲の話し声であった。
間も無く茶奈の前に姿を現した二人は、ベンチに座る彼女を見つけて思わず声を上げる。
「あれっ、茶奈ちゃんじゃんか……どうしてこんなとこに?」
「あ、えっと、あずちゃんに二人にさせて欲しいって……」
「へぇ~……それは面白そうじゃなぁい?」
瀬玲がにんまりとしたいじらしい笑顔をここぞとばかりに浮かべる。
それを隣の心輝が座った目を向け、茶奈が再び首を傾げていた。
その後、心輝もなんだかんだと乗り気だったのか……瀬玲に誘われる様に、三人揃ってあずーの病室前へと歩を進める。
もちろん気付かれぬ様に忍び足で、だ。
勇とあずーが居る病室へと辿り着くと、気付かれぬ様に入口横の壁に貼り付いて聞き耳を立てるのであった。




