~結~
朝……先日に続き、日の光が差し込み森を照らす。
拠点の建屋は本来、魔特隊メンバーの休憩や負傷時の処置、補給物資の備蓄や後続部隊の準備拠点としても使われる為に設営されたプレハブ小屋だ。
だが今回、政府の高官が来るという事もあり……一階の内装は片付けられ、多数の人間が打ち合わせ可能な会議場へと変貌していた。
建屋の二階で眠っていたウロンドが目を覚まし、マヴォ用だった特注のベッドから体を起こして立ち上がる。
そのまま手馴れた様に扉を開いて外へ姿を現すと……アージが一人、外で佇んでいた。
彼に気付いたアージがそっと振り返り、彼に向けて声を掛ける。
「よく眠れたか?」
「しきものかわる ねむれないものだ」
ウロンドが「フフッ」と笑い、本音を呟く。
外付けの階段を降り、アージの傍へと歩み寄ると……共に空を見上げた。
間も無く始まるであろう会議に向けて、彼は何を想うのだろうか。
ウロンドがアージへ接触を図ったのは、彼が魔者であったから。
彼にとって、人間と魔者どちらが信用され易いか……それは言うに及ばない。
それでも相手は敵……信じて貰える可能性は薄いだろう。
相手が魔特隊でなければ、だが。
拠点に戻る際、彼はアージに聞かされ唖然としたものだ。
では何と聞かされたのか……内容は簡単だ。
「誰の前に立とうと、受け入れられるだろう」……と。
ウロンドにとっての誤算は、魔特隊のメンバーが漏れなく『お人好し』な事であった様だ。
それから数時間後、昼過ぎ……関係者達が続々とヘリコプターに乗って姿を現す。
その中には福留達魔特隊の面々の姿もあった。
彼等が建屋へと足を踏み入れると……既に準備を済ませたウロンドが会議室の奥に座り、彼等の到着をそのまま静かに迎える。
アージもその後ろで背中へ手を回して背筋を伸ばし、ウロンド側の者の様に立っていた。
「おぉ……貴方がウロンド氏か」
「そうだ よくきてくれた にんげん だいひょうしゃたち」
独特な話し方の彼を前に……何を思ったのだろうか、ブラジル政府の高官達が小さな笑いを浮かべて彼等同士でその目を合わせる。
それは嘲笑……彼を未開人の様な存在だと高をくくっているのだろう。
その様子を……ウロンドとアージ、そして高官達の背後に居た福留達もまた同様に静かに見つめていた。
高官達と福留達が席に着き、全員がその顔を合わせる。
四角く配置された机を中心に、ブラジル政府代表とウロンド達、そして国連の関係者が囲む。
たった十数人程の会議。
だがそれは、ウロンド達にとってはこれからの生活を決める事と成る大事な決め事である。
「ではこれからブラジル政府とオッファノ族との和平交渉を執り行います。 ブラジル側代表はハリオ=アレクサンドロ氏他二名、対してオッファノ族の代表はウロンド氏と相成ります」
「実りある対話を望む。 よろしく頼みたい」
「われわれ おなじおもい よきみらいのぞむ」
福留の号令の下、二人の代表が挨拶を交わす。
それを囲む様に国連の兵や魔特隊の面々が口を塞いで立ち、彼等の話し合いを静かに見守っていた。
それからおおよそ2時間……彼等の話し合いは続く事となる。
だが、それが思わぬ結果に終わるなどとは誰が考えていただろうか。
まずブラジル側から主に上がった議題は、オッファノ族が一方的に行った殺戮に対する言及。
彼等が滅ぼした集落・村は七つあまり。
その中には転移時に消えたと思われる場所も含まれていたが、ここぞと言わんばかりにブラジル側はそれをも交渉材料の一つとして提示してきたのである。
要求はただ一つ……オッファノ族のブラジル国内からの即時退去。
彼等の言い分曰く、「オッファノ族の存在や行いは国中に知れ渡っており、いつ襲われるかも知れぬ恐怖に駆られて怯えて暮らしている」から……との事であった。
その情報源と言えば当然、ブラジル政府側が流布したニュース等であるのは言うまでもない。
しかし魔者という驚異に対して自己防衛を促す事は、国としては当然の行動だ。
それに対してウロンドの答えは……なんと一つ返事、『YES』であった。
彼等が行った所業は当時彼等を操るヘデーノ族が原因であるとはいえ、彼等に従ったのもまた事実。
彼等はそれを認め、彼等の要求に対して即答したのだった。
彼等が古来から住む土地をこうも簡単に離れる事を認める。
福留や国連の大使達にはそこがどうしても腑に落ちない。
だが、あくまでも彼等は第三者……双方のやり取りに口出しする事は無かった。
「おおよそ一週間程を掛けて退去を行う」、それがウロンド側が提示した譲歩の内容。
彼の全面的な要求の受け入れに、ブラジル高官達は揃い喜びを露わにする。
当然だろう……一方的とも思われる要求を簡単に受け入れられたのだから。
「良かった良かった」と高官同士で頷き合う中……ブラジル政府側の要求が済んだ事を悟った国連の大使が彼等の談笑を制止した。
次はウロンド側の交渉の番……公平性を保つ為、彼等の言い分は聴かねばならない。
先手側の大きな要求が通ったのであれば、その義理を果たすのは当たり前の事だ。
多くの者達が見守る中……ウロンドは己の指を二本立て、二つの提案を挙げた。
一つ、退去に必要な物資の用意。
二つ、退去に必要な安全の確保。
退去に必要な見返り……その程度ならばと高官達は潔くその首を縦に振る。
その様子を逐一記録していく笠本や国連の大使の秘書。
そこに至るまで……ものの30分程度。
交渉は終わり、そう思われた時……場が突然凍り付いた。
ウロンドが不意に三本目の指を上げたのだ。
それに気付き、周囲の者達が息を飲む。
次の瞬間、彼が口に出した言葉……それは、その場に居る者達誰しもが驚き、耳を疑う程の事であった。
「現オッファノ領地を、これから『オッファノ共和国』として独立を認めよ」という要求であったからだ。
途端ブラジル高官達が立ち上がり、彼の横暴極まりない要求を前に怒号にも近い反論の声を上げた。
それに対してウロンドは澄ました顔を浮かべたままピクリとも動かない。
そして彼が発した言葉は……そんな高官達を黙らせる程に、辛辣なものであった。
「いま われわれ ようきゅううけいれた おまえたち ようきゅううけいれた。 だがおまえたち うけいれたようきゅう ほごにする どちらがみかいじん もはやはんべつできぬこと。 だが われわれ みかいじんちがう われわれは ほごにしない」
まさにその通りである。
ブラジル側は大きな要求を突きつけ、彼等に譲歩を引き出させたつもりだったのだろう。
そしてそれに合意させ、そして要求を終える。
それは自分の手を出し切ったと公言したのも同じ。
ブラフにすらならない、相手を未開人だと高をくくった末の愚かな一手だった。
だがしたたかなのはウロンド。
彼は自分達が未開人であると思われている事を逆手に取り、こうして彼等を引きずり落としたのだ。
さすがの福留も、想像を越えた彼のしたたかさを前にただ静かに笑みを浮かべるのみ。
国連の大使達もが同様に失笑を浮かべる中……ブラジル高官達はただ唇を震わせその場に座る事しか出来なかった。
魔特隊と国連……二つの組織という証人を前に、彼等にもはやこれ以上の反論を行う余地は無いのである。
だがそこでウロンドは何を思ったのか……そんな彼等へとそっと話し掛けた。
その内容はこうだ。
「今後、一切の敵性行動を取らないと誓う。 そして今まで同様、転移によって移動してきた『あちら側』の生物の影響が『こちら側』に出ぬよう森を守り続け、そして有事の際には全力を以って助ける事も約束しよう」……と。
まるで子供のあやし方を知る親のよう。
彼の巧みな言葉を前に、ブラジル高官達は何も答えられずただ唖然とする事しか出来なかった。
場に居合わせた第三者達もまた、ただただ感心の声を漏らす。
そしてその後、各調整の話し合いを済ませると……ようやく会議は終わりを告げた。
二時間の交渉の間……対話のイニシアチブのほとんどがウロンド側という結果に。
彼の余りの交渉力の高さは、ブラジル高官達が舌を撒く程だった様だ。
とはいえ……結果的に互いに譲歩し合える公平な話し合いに終わり、終わった時の高官達の顔は比較的落ち着いた様子を見せていた。
国連大使や魔特隊が見守る中……ブラジル高官達は一足早く交渉内容を伝える為に空へと発ち、その場を後にしたのだった。




