~偽~
夜が明け、三日目の朝が訪れた。
先日の雨と打って変わり、明るい日差しが差し込む気持ちの良い朝。
日の光に誘われる様に兵士達が拠点の外で動き始めていた。
A班の拠点。
勇は建屋内で静かに椅子に座り、あずーを待ち続けていた。
彼女を担ぎ込んでからおよそ4時間……未だ診察室の奥では医者達の動く姿が見受けられ、彼の心配を募らせる。
だが遂に……その動きが止まり、医者が診察室からその姿を再び晒した。
「せ、先生……あずはどうなんですか!?」
「あ……はい、大丈夫です。 命に支障はありません」
その言葉を聞いた途端……勇は思わず立ち上がり、その両腕を思いっきり高々と持ち上げたのだった。
「やっ……たッ!!」
「はは……まぁ、何の問題もありませんよ。 どうやら盛られたのは毒と言っても、麻痺毒の類で……苦しみはしますが致死には至らない程度のものでした」
「えっ……じゃああの魔者……最初から殺す気は無かったのか……なら一体何故……」
彼等の行動、目的が勇視点では理解出来ず、思わずその顎を取る。
だが、ふと思い返すと……あずーが無事であった事を思い出し、「あっ」と思わず声を漏らした。
「そうだった……あずは今どうなんです?」
「疲れもあるのでしょうね、気絶してそのまま眠ってます……今は寝かしてあげた方が良いかと」
「なんだぁ……疲れかぁ……」
「もちろん、後遺症や命力に関する複合的な問題なども可能性としてありえるので……しばらくは経過観察が必要ですがね」
それを聞いた途端、勇が「ヘロヘロ」と床にへたり落ちる。
安心と脱力が同時に襲い掛かったのである。
夜通し彼女の事を案じて眠れずじまいだった勇は、突然の安堵により急激な眠気に襲われ始めていた。
「安心したら眠気が……」
「ならそこのベッドを使ってください。 お疲れさまでした」
「ありがとう……本当に助かりました」
そう返されると、医者達はニッコリと笑顔を浮かべ、その場を後にする。
勇もまたベッドへと重い体を横たわらせると……間も無く寝息を立てて眠り始めた。
その顔はほんのり笑顔を浮かべ……穏やかそのものであった。
―――
その頃、勇達を襲撃していたオッファノ族達は……気絶した仲間達を抱えて自陣へと向かっていた。
隠れる事も無く堂々と真っ直ぐ駆ける彼等の姿はまるで凱旋のよう。
だが、辿り着いた時……その数の半数はどこかへ消えていた。
消えたのは、気絶した仲間とそれを抱えた者達。
「ウロンド かえった われわれの ウロンド!!」
「ウロンド!! ウロンド!!」
仲間達の声援に迎えられ、ウロンドが大手を振って歩く。
だが、明らかに出た時よりも少ない人数に……次第にその声が小さくなっていった。
「仲間達は死んだ」……そう思ったのだ。
「イジャー どこだ ウロンド かえった!」
集落へ戻ったウロンドが大声を張り上げイジャーの名を呼ぶが、一向に彼の姿は現れない。
彼等の関係は深い物なのだろうが……彼の姿が現さない事に、ウロンドはどこか不安な表情を浮かべていた。
彼が次に向かうのは王の部屋……そこに居るかもしれない、そう思ったからだ。
「おうよ もどったぞ」
「おぉ、ウロンド……よくやったな」
突然のウロンド登場に慌てるも、王が長らしく労いの言葉を掛ける。
それに対し、無言で軽く頷くだけのウロンド。
それがどこか王は気に食わないようで、途端顔をしかめさせていた。
「フジサキユウ ころした まけんで いちげき」
「本当かッ!? おぉぉよぉしよしぃぃーーーーーー!! これでッ!!―――」
打って変わり、王は勇の事となると突然大きな喜びを見せ始める。
だが、それは明らかな嘘……ウロンドは何を考えているのか表情一つ変えず、そこから読み取る事は出来ない。
「まけん『フィヴジレ』のどく かならずしぬ てきはいない」
「ウィッウィ……!! お前に前線任せて良かったぁ~!! イジャーが聞いたらきっと喜ぶだろうなぁ~」
すると、何を思ったのか……王は突然、机の上に置いてあったリングを手に取る。
彼等の腕に嵌る程の大きさのリング……それを手の上で転がす様に扱い始めた。
「そ、それはっ!!」
突然、ウロンドが驚きの顔を浮かべてそのリングを見つめる。
次第に見開かれていく目……それは明らかに、彼の知った物だった。
「そうなんだ……イジャーはなぁ、魔剣使いに殺されちまったぁ。 こうして形見だけ回収出来たが、肉体の方はバラバラのグチャグチャだったそうだ……」
「オォ……オォ……イジャー……」
「そうだ、こうも言い残していたらしい……『お前と知り合えてよかった』とな……」
「ウオオ!! まけんつかい!! ゆるさん!!」
突然、悲報を聴いたウロンドが怒りの形相を浮かべ、大地を叩く。
猛り吼えるその姿はまさに極限の憤怒の化身。
「という訳でだ……戻って早々だが、次は西の魔剣使い達の退治を頼む」
「オオッ!! イジャーのかたき!! とる!!」
ウロンドはそう叫び声を上げると……王が続き何かを言おうとするも、その場から退出していったのだった。
「―――ったく、まぁいい……これで全部の魔剣使い共を倒せばあの方も……ウィッウィ」
不敵な笑みを浮かべる王。
イジャーの形見のリングを無造作に机の上へ放り投げると、再び座っていた椅子の背もたれに首を乗せ、ゆるりとくつろぎ始めた。
だが、その一方で……部屋を出たウロンドは既に静けさを取り戻していた。
先程の怒りがまるで無かったかの様に、真顔に戻っていたのだ。
そしてそのまま外へ出ると……仲間達へ叫び伝えた。
「これより にし まけんつかいたちを たおす!! ついてこい!!」
「「オオーーーッ!!」」
ウロンドを先頭としたオッファノ族達が出陣し、集落を駆け抜けていくと……その後を追う様に、数人のヘデーノ族が隠れて森の中へ消えていく。
その様子を物陰から見張る何者かの視線があった事に、彼等が気付く事は無かった。




