~蠢~
その頃……A班用の拠点では慌ただしく人が動き回る様子を見せていた。
その理由は当然、あずー受け入れの為。
勇より事情を伝えられた福留の指示の元、医療班が全ての準備を整え彼等の到着を待っていた。
その時、暗闇の夜空から一人の人影が飛び込み……拠点の明かりを受けてその姿を晒した。
勇の到着である。
彼はそのまま立ち止まる事も無く、医師達に誘われるままに拠点に設営された建物へと飛び込んでいく。
弱りきったあずーをベッドに乗せると……医師達に全てを託したのだった。
「あずを……よろしくお願い致しますッ!!」
「任せてください!!」
診療室へ運び込んだ彼女を見送りながら、勇は部屋から退出していく。
自分がいては医師達の邪魔になると判断しての事だ。
心配ではあるが……付き添えばどうにかなる訳でもないのだから。
部屋から出た所で……勇は堪らずその場へぺたりと崩れ落ちた。
彼女を送り届けた事で気が抜けたのだろう。
「あず……頼む……助かってくれ……!!」
拠点に待機していた兵士達が彼を見守る中……勇はただ静かに、彼女の診断・治療結果を待ち続けるのだった。
―――
一方その頃……A班の追従車両がヘッドライトを輝かせながら拠点へ向けて猛スピードで駆け抜けていた。
一度通った道ともあり、通った痕が雨に濡れた今でも僅かに刻まれたまま残っている。
また、切り拓かれた道という事もあり、暗闇の中でもすんなりとその道を戻る事が出来ていた。
『A班車両、問題無く撤退出来ているでしょうか?』
「こちらA班……追従車両、現在撤退続行中……なお魔者の姿は見られません」
『そうですか。 とりあえず、これから私の指示に従って行動を願います』
オッファノ族の追撃を振り切り、静かな密林の中を駆け抜けていく。
だが油断は禁物。
ライトがあるとはいえ、気付けなかった木々が突然邪魔をする事もありえるのだから。
だが、そんな車両に向けて……小さな影が数匹、気付かれぬ様に追う姿があった。
小さな体を更に屈め、草木に隠れてその身を暗闇に紛れさせる……その様相はまるで鼠そのもの。
そう、ヘデーノ族である。
何を思っての行動か……彼等は勇達を襲わず、一直線に車両へ向けて走っていたのだ。
その目的は……人間の道具の強奪。
魔剣使いでない限り、『あちら側』の者達にとっては現代の道具はいずれも物珍しく、便利な物ばかり。
機械はいわずもがな、単純な道具でさえも賢い彼等にとっては興味をそそらずにはいられない。
有効利用すれば、彼等魔者にとっては何よりも強力な武器ともなり得るのだ。
ベゾー族達が使った銃の様に。
オッファノ族達に魔剣使いを任せ、自分達は道具を強奪する。
勇達が分散する事もまたヘデーノ族達にとっては作戦通りだったのだ。
オッファノ族達には知られていない、彼等だけの作戦である。
「ウィッウィ……次のタイミングで取り付くぞ」
「わかった」
数は四人。
小柄でも魔者……襲われれば国連兵達の様な唯の人間ではひとたまりも無い。
「よし、今だッ!! 飛び込めェ!!」
「ウィッウィーーーーーーッ!!」
車の勢いが落ちた瞬間……四人のヘデーノ族が一斉に追従車両へと飛び掛かる。
その手が車両へと伸びたその時……白い影が彼等の頭上に姿を現した。
「フハハッ!! 言った通りだったなァ!!」
「なあッ!?」
それは……C班の休息地に居たはずのマヴォであった。
「カァッ!! 迅・剛!!」
巻き起こる突風。
だがそれをヘデーノ族が感じる事は無い。
繰り出された刃の方が……速いのだから。
次の瞬間……マヴォの命力の斬撃の嵐が、跳ぶヘデーノ族達をバラバラに引き裂いたのだった。
肉片と化したヘデーノ族達が大地にばら撒かれていく。
唯一、腕を引き裂かれたのみで留まった、たった一人のヘデーノ族だけが大地に転がり……ペタリとその腹と顎を突く。
間も無く、「ドスン」とその側にマヴォの足が着地し……その巨体をありありと見せつけた。
「いっでェーーー!! た、たすけっ……助けてェ!!」
「ハッ……よくまぁそんな事言えるなァ……」
マヴォが悶え怯えるヘデーノ族の首根っこをむんずと捕まえると……「ギリリ」と歯を食いしばった表情を見せつける。
途端、怯えに怯えたヘデーノ族はとうとう限界に達したのか……失禁し、垂れ流し始めた。
「うっわ、汚ねぇ……ったく。 お前等、何を企んでやがる?」
「……グェ……」
アージが対峙した者と違い、臆病者といった感じに見受けられるその者は……あまりの出来事を前に目をグルリと回していた。
見紛う事無き気絶……極度の緊張に耐え切れなかったのだろう。
「オイオイ……どうすんだこりゃ」
マヴォが途方に暮れていると……A班の車両が彼の下へと駆け寄り、停車する。
間も無く、中から兵士達が図っていたかの様に拘束道具を手に、車両から駆け下りた。
そのまま彼等は手際よくヘデーノ族を拘束し始めたのだった。
実の所……福留は、ヘデーノ族の目的が何か……次第に理解し始めていた。
あからさまな勇達A班を誘い込む行動の速さ。
それが彼に悟らせる要因となったのである。
そう思わせたのは、ズーダー達グーヌー族との出来事がキッカケだ。
グーヌー族と初めて対峙した時、彼等は勇の事を知っていた。
彼等だけの通信手段を用い、アルライの村長ジヨヨからその存在を知らされていたから。
ヘデーノ族もまた、同様または似た方法で勇の存在を知ったのだろう。
餌を撒いておけば魔特隊が来る……それすらも理解して。
そう気付いたのである。
勇達と後続車両を引き離したのは、その目的を知る為のブラフ。
勇達を排除するだけならば、車両には何も起きはしないだろうと、と。
だが起きた場合、読み通りならば……襲い掛かるのはヘデーノ族。
その策略のバックアップとして……密かにマヴォが派遣されたのである。
足に自信のあるマヴォだからこその、アージの采配であった。
福留の策略通り、ヘデーノ族はそれに引っ掛かった。
オッファノ族が一人も車両に襲い掛からなかったのは、恐らく彼等がオッファノ族に車両を襲わぬよう指示をしていたのだろう。
その結果……福留の予想は当たった。
オッファノ族達の物量作戦を利用した勇の排除。
人間の道具の強奪。
その根源こそまだわからないが……それが彼等の主目的。
そして、目的はまだ有ると考えられる。
勇の存在を知っている事……何故知ったのか、何故襲ったのか。
ズーダー達の様に彼等を試そうと思う節がある訳でもない。
不可解な点は未だ拭え切れていない。
それを聞きだす為にも……ヘデーノ族の一人を捕縛した訳である。
『マヴォさん、お疲れ様です。 予想以上に早い到着で助かりました』
「まかせろ、おれはあにじゃよりはやい」
『イアルバァヴェトォー!! イグビィーマヴォ!!』
『アージさん、落ち着いてください……そちらの言語はまだわからないので……』
「図に乗るな、お調子者マヴォめ」とでも言っているのだろう。
だがマヴォから聞こえてくるのは嘲笑のみ……遠く離れているからか、こういう時は本当にお調子者の様だ。
『と、とりあえず……マヴォさん、引き続きA班をお願い致します。 恐らく勇君達は……もう戦えません』
「……りょうかい」
そう交信を交わし、通信が途切れると……途端マヴォがどかりとその場に座り込んだ。
A班の兵士達が彼を見つめる中……マヴォは夜空を見上げ、星を見る。
「さぁて、どうなる事やら……だなァ」
そう、呟くと……静かに疲れた体を休め、その瞼を閉じたのだった。
夜は長い。
戦いは収まり、静けさが密林中を支配する。
だが、彼等はまだ……どこかで蠢いているのだ。




