~白~
二日目の早朝……しっとりとした雨が降り、周囲の景色を濁らせる。
太陽の光を遮る雲は思う程厚くは無いのだろう、所々に僅かな黄色を帯びさせていた。
『皆さん、先日はよく眠れましたでしょうか? どうやら襲撃等も無かったようで、今日の進攻も捗りそうです』
福留の声が車内に流れ、勇達の気持ちの切り替えを促す。
既に現地の者達は全員起床しており、彼の言葉を待っていた。
今は敵地の真っただ中……安心して寝られるはずも無い。
一部の者を除き、基本は仮眠に近い浅い眠りで場を凌ぐ。
夜間急襲に備え、いつでも戦える様に警戒は怠らない。
だが先日の夜には急襲は無く……全員がゆっくり休む事が出来た様だ。
『今回の進攻は集落調査も含まれます。 もし王と接触した場合は迅速な対応をお願い致します』
彼の言う「迅速な対応」とはつまり説得か捕縛、または討伐を差す。
例え人を殺したとしても、彼等はすぐさま討伐を行ったりはしない。
その行為に至る何かしらの事情がある可能性があるからである。
かつて勇が海辺で戦ったナイーヴァ族がそうであった様に、人間がキッカケである事も考慮しなければならないのだから。
『未だ彼等の動向が掴めないので、油断せぬ様お願い致します。 では、各自行動を再開してください』
こうして、降りしきる雨の中……勇達の進攻が再び始まった。
彼等の進攻スピードは言う程には速くは無い。
空を飛べる者は高速で移動出来るが、陸地を行く者は木々を避ける様に走る必要がある。
後続車両もまたそういった物や沼などに阻まれると、大きく順路を迂回し移動しなければならないのだ。
勇達もそれに合わせて進路を変えるなどを余儀なくされる。
おまけにこの地は既に変容地域……未知な生物さえもが彼等を待つのである。
「ナターシャ、水辺気を付けろよ。 ワニ出るぞ、ワニ」
「えーっ! じゃあ皮剥いで売れば儲かるかなー?」
アンディとナターシャが進むのは比較的湿地帯に近い地域。
二人は相変わらずのマイペースの様で、そんな会話を交わしながら川を避けつつ道を進む。
防水処理も施された車両は多少の水の深さであればなんて事は無い。
地面の湿地状態など気にする事無く突き進み、二人を追い掛ける。
彼等は福留の指示に従い、揃って川に沿う様に北東へ進攻を進めていた。
何度か奇襲はあったものの、命力レーダーを駆使して察知する事が可能なアンディに死角は無い。
成長を果たした彼等の前には些細な奇襲など苦にもなりはしないのである。
2時間程、走っては休みを繰り返し……先行した二人は一つの集落へと辿り着いていた。
そこは彼等の領域の外殻に近い集落の一つ。
王が居る可能性は限りなく低いと言える。
だが野放しにすれば、仮にそこに伏兵が潜んでいた場合……進攻後に挟撃されかねない。
そういった拠点は一つ一つ対処していかねばならないのだ。
「んじゃ、おっちゃん達が来る前にちゃちゃっと調べちまおうぜ」
「あいっ!」
随伴する兵士達もそういった拠点の調査などに加わる様に指示を受けている。
とはいえ、素早い彼等の動きに追従する事が出来る訳も無く。
先行して訪れた二人は自発的に行動を始めたのだった。
やはり中央部から離れているという事もあり……潜む魔者の数は少なかった。
彼等が姿を現した時……敵意を剥き出しで対峙したのはたった二人。
他は恐らく逃げられなかった年寄りか、逃げる事を選ばなかった女子供達。
二人の認識力では彼等が年寄りで女子供かなどは判別出来る訳も無いが。
「くるな! まけんつかい! くるなっ!! オオーーッ!!」
キョトンと彼等の行動を見つめるアンディとナターシャに対し、両手を振り上げ全力で威嚇するオッファノ族。
仲間から勇達の事を知らされていたのだろう。
だが、その目的をどう解釈しているのか……その明らかな敵意は魔剣使いを怨み恐れる別の魔者にも見られるモノと同じ様子。
まるで「オッファノ族を皆殺しにしにきた相手」とでも吹聴させられたかの様でもあった。
「いや、行かねぇよ……なぁなぁ、ここに兵隊とか居るのかよ?」
「オオーーーッ!! オオ……お?」
威嚇する彼等の前に立つ二人の魔剣使いは別段構える事も無く、魔剣を掴んだ腕をだらりと下げる様子を見せる。
敵意など微塵も感じる訳が無い。
それに対し威嚇を続けていた彼等であったが……様子がおかしい事に気が付いたのか、徐々にその声を小さくさせていった。
そして次第に声は途切れ……仲間同士で視線を合わせる様にキョロキョロと挙動不審な様子を見せ始めていた。
「なぁなぁ、ここに居るのってお前等だけなの?」
「お、おお? そうだ!」
騒ぎを聞きつけ、隠れるどころか建物から顔や姿を覗かせる者達がちらほらと見られる。
物珍しさや、様子がおかしい事に気が付くなど、理由は様々。
おおよそ二十人程度……その集落に居た者達の数である。
「そっか。 んじゃオイラ達行くわ」
「え、いいのアニキ?」
「だってこいつらしかいないって今言ってたじゃん」
オッファノ族達の言う事を真に受けるアンディに、思わずナターシャが顔をしかめる。
それはオッファノ族達も同様で……隠す様な素振りも無く戸惑い見せていた。
「ええーでもさ……福留のおっちゃんに聞いた方がいいんじゃないかな」
「必要ねぇよ、だってこいつらもう白いもん」
そう言い放つと、アンディは「プイッ」と集落から顔を背ける。
そしてそのままその場から立ち去ろうと足を踏み出し始めると……ナターシャは眉間にシワを寄せた困った顔のまま、彼の後を付いていく様に駆けていったのだった。
後に残されたオッファノ族達が彼等の背中をキョトンとした目で追う。
その後、ナターシャから事情を聞いた追従車両が集落を通り過ぎるも……彼等はただ静かにその様子を目で追う事しかしなかった。
ススキの様なまっすぐ伸びた『あちら側』特有の草が視界を塞ぐ。
そんな植物に囲まれたその集落は、再び平穏な空気を取り戻していた。




