~着~
数時間を掛けたフライトが間も無く終わりを迎える。
勇達の乗る航空機は長い旅路を越えて目的地のブラジルへと辿り着こうとしていた。
機内では未だ会話を交わす者、眠りこける者、間食を口にする者など多様な姿を見せる。
そんな中で……勇はただ一人、窓の外に視線を向けて空の景色を静かに眺めていた。
「どうしたの、勇……浮かないじゃん?」
「あぁ、うん……」
瀬玲が後ろから声を掛けると、心ここに在らずという返事が返り……そのまま会話が続かない。
どこか気に入らなかったのか、瀬玲は途端ムッとした表情を浮かべ……わざとらしく彼の隣へドカリと座り込んだ。
密着しそうな程に幅を寄せる瀬玲に向けてあずーが飛び出しそうな剣幕を浮かべる中……勇は突然の彼女のスキンシップに驚きを隠せずにいた。
「な、なんだよ……?」
「何も言わないからまた何か隠してるのかと思ってさ……サンティエゴの時もどこか浮かない感じだったじゃん」
「そんな事無いよ……楽しかったし、皆面白かったからさ」
彼が楽しんでいた事は間違いない。
だが、やはり彼女が心配なのだろう。
「ただやっぱり、茶奈を置いて来たから……あの子を差し置いて楽しむのはなんか気が引けてさ」
今頃は熱が引いてきたという所か。
彼女がインフルエンザを発症してから4日……気怠さも取れて来る頃合いであろう。
とはいえ油断は禁物……彼女の体は鍛えられ始めているとはいえ、免疫的な部分はまだまだ弱い。
無理をすれば熱がぶり返す可能性も、別の風邪に罹る可能性もあるのだ。
だが彼女ならば治ったとわかれば無理にでも単身ブラジルまで飛んで来かねない。
……という事もあり、勇は予め彼女に「治るまでは絶対に養生する事」と言い付けてきた。
誠実で頑固な彼女の事だ、そう言い付けた以上は意地でも守るだろう。
飛んでやってくる事は無いにしろ……そんな彼女の手前、差し置く様な真似はしたくないというのが勇の想いだった。
「ふぅん……まぁでも、戦いの手前なんだし……気張り過ぎるのも良くないよ」
「わかってるさ。 ただね―――」
勇は窓を眺めていた顔を正面に向けると……伸びをする様に首裏に腕を回す。
そして脇下を伸ばす様に軽く左右に腕を揺らし始めると、瀬玲が避ける様に頭を動かした。
するとおもむろに腕を降ろし、膝上に寄りかかる様に腕を乗せた時の彼の顔は……僅かにピリピリとした雰囲気を感じさせる真剣な面持ちへと変わっていた。
「―――もう準備は出来てる」
「……そう、なるほどね……アンタらしいわ」
『心配ご無用』……そう思わせる雰囲気を前に、瀬玲も思わず溜息を一つ零す。
彼はもう既に歴戦を乗り越えてきた、いわば猛者。
戦いに対する心構えを整える術はもう習得済み。
例え気掛かりがあろうと、いざその時が訪れれば切り替えは容易なのだ。
アージやマヴォに次いで戦闘経験の長い彼を心配する余地など、瀬玲達には元々無かったのかもしれない。
「んじゃ、後は……アンタ自身が生き残って茶奈を安心させてあげなよ?」
「あぁ……もちろんさ、皆で生きて帰るんだ」
これから行われる戦いは大規模かつ長期的な戦闘。
例え歴戦の猛者であろうと、才能に恵まれた天才であろうと……才能や経験だけでは補えきれない世界が待っている。
生き残れる保証などどこにもない。
そもそも勝てるかどうかすらわからない。
だが彼等は戦う為に、生き残る為に、そして再び故郷へ帰る為に……この地へ訪れた。
誰かの為ではない……ただ、戦わねばならないと思ったから。
偽善と言われようと、独善だと思われようと、守る為に……彼等は立つと決めたから。
そして彼等はブラジル、リオデジャネイロへと降り立つ。
彼等に休む暇は無く……先に辿り着いていた福留に迎えられて早々、各々の準備を始めた。
目指すはブラジル北部アマゾン盆地中腹にあると言われるオッファノ族の住む場所。
広域に展開された彼等の領域のどこかに王が居る。
それを見つけだして討伐、あるいは説得が勝利条件。
勇とあずー、心輝と瀬玲、アージとマヴォ、アンディとナターシャ。
それぞれがチームを組んで東西南北に分かれ、オッファノ族の居る場所へと攻め込む。
福留が戦闘指揮を行い、彼等を導く……それが作戦の概要。
今回の勝利の鍵は彼等の個々の能力では無い。
彼等を操る福留の采配が全てを握る。
今までの小競り合いに近い戦いとは違う。
……今度の戦いは戦略が鍵なのである。
ブラジル政府の協力の元……四分した部隊がそれぞれ小型機へと乗り込み、空へと舞い上がる。
各々の待機地へと向かう為に。
全員の、戦いに向けた意思と共に。
―――
アマゾン盆地中腹部ジャングル……そこに木々で隠れる様に造られたオッファノ族の街があった。
穴蔵にも近いが、彼等の持つ木材を使った建築技術で構築されたその造りは原始人などとは口が裂けても言えぬ程に立派な造り。
日本の木材建設技術と似た様な木材が持つしなやかさを利用した造りと、その表皮を芸術の様に加工し仕上げられた様は文明人そのものの在り方とも言える。
彼等は他の魔者達と異なる所があった。
それは、彼等が他の地域と違い……比較的争いを行っていなかったという所だ。
では何故なのか―――
―――それはただ、彼等の勢力が大き過ぎたからである。
その規模は、数が多いと言われたダッゾ族すら凌駕すると言われている。
そして広域を支配し、国として形成していた時間が長かった。
長く繁栄した種族は文化を創り、育む事が出来る。
彼等にはそれが出来る『余裕』があったのだ。
それは単に……彼等の自種族に対する愛が深かった為である。
基本的に彼等は自分達から戦いを起こす事は殆ど無かった。
だがもし被害が出た時、彼等は全身全霊を以って敵討ちを行う……そういった種族なのである。
強すぎる仲間愛は、周囲の種族や人間を恐れさせ……結果、彼ら周囲での戦いはほとんど行われなかったのだという。
転移してきた彼等の規模はその総勢と比べれば一割程度であるが、母数が多いからこそその数は計り知れない。
そんな彼等がたむろう一つの集落。
魔者の体で囲う様に作り上げられた多重のサークルの中心に居た魔者は……オッファノ族とは全く身なりの異なる一人の小柄な魔者であった。
毛むくじゃらのオッファノ族とは違い、背丈は彼等の半分以下。
薄毛で細身、だが顔の横に伸びた耳は異様に大きく垂れ下がらせる。
皮はヨレヨレにたるみきり、見るからに醜いの一言。
だがその者が浮かべる大きな瞳は鋭く何かを見据え、妖しい眼光を瞬かせる。
ニヤリと笑みを浮かべて八重歯を覗かせるその者は……ただ静かに、彼等の中央でその時をただじっと待ち続けていたのだった……。




