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時き継幻想フララジカ 第二部 『乱界編』  作者: ひなうさ
第二十四節 「密林包囲網 切望した過去 闇に紛れ蠢きて」
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~病~

 勇の体を張った訓練を行ったその日……アンディとナターシャの心が大きな成長を遂げた。

 魔特隊全員の戦いに向ける想いが遂に一致団結を果たしたのである。


 各々の想い、願いが前を向き……来たるべき戦いに向けてその足を踏み出し始めた。




 時は12月上旬。

 季節は真冬、肌を刺す冷たい空気が人々を包み、そこから生まれる痛みとも思える感覚に嫌気すら催す季節。


 そんな日本とは真逆……赤道の近くに位置し、熱帯を常に維持する南米、ブラジル。

 そこでは未だ、毛深いゴリラの様な魔者【オッファノ族】が猛威を振るっている。

 そこへ魔特隊が出向するのは二日後。


 戦いに向け、身支度だけでは無く心の準備も整える為に勇達は一旦の帰宅を果たした。






 その日の夜……藤咲家。


 二日後の出向を控え、勇達はしばしの別れを惜しむ様に家族団欒を楽しんでいた。

 沢山の料理がダイニングテーブルを彩り、様々な香りが鼻腔をくるぐるよう。

 勇の母親と茶奈が腕を奮って作った料理は男衆の食欲をそそる程に華やかだ。


「茶奈ちゃんもだいぶ料理が上手くなってきたし、今度全部任せてみようかしら」

「ふふっ、いいですよ、がんばっちゃいます」


 こうして見る茶奈の姿は、戦いなど全く無縁とも思える程に慎ましやかな振る舞いだった。

 いっそこんな日がずっと続けばいいのに……そう思える程に。




 茶奈が戦いを始めたキッカケは勇本人が生んだ様なものだ。

 その一歩を踏み出したのは彼女自身の選択ではあったが、本来戦いなどする様な子ではない。


 ただ平穏に過ごしそうな、どこにでも居る大人しい女の子……それが茶奈という()


 生まれや生き方こそ普通では無かった。

 だがそれがマトモであれば、きっと彼女はここには居なかっただろう。

 アストラルエネマという才能を有する事以外は……なんら普通の少女と変わりはないのだ。




「勇さん、どうですか?」

「うん、凄く美味しい。 この煮つけの味付け、俺好みだ」

「本当ですか!? はわぁ……」


 それは世辞では無く本心。

 彼女が作ったカレイの煮つけは勇の母親が作るモノよりも若干味が濃い目で甘みが強い。

 どこかアルライの料理にも似た感じも受けられ、疲れた体がそれを求めていた様だ。

 気付けば残るのは皮と骨と若干の隅肉……作った茶奈も嬉しそう。


 とはいえ、彼女自身が摘まむ料理はどこか少ない。


 ご飯の量は茶碗からはみ出さない程の小盛り、そこに積まれた唐揚げもたった1個ポツンと乗せられただけ。

 周囲に置かれた多種多様な料理もまだほんの僅かしか箸で突いていなかった。


 カロリーを気にしているのか、それとも食欲が無いのか。


 色々と思う事はあるが……勇が彼女の事情(・・・・・)に口に挟む勇気がある訳も無く。

 勇は悶々とした想いに駆られながらも、黙々と並べられた料理を次々と箸でついばんでいく。


 昼間の戦いの後、勇は瀬玲の秘術によって傷や体力、命力は回復を果たす事が出来た。

 しかし同時に消費したカロリーまでは回復出来る訳もない。

 余りの空腹に苛まれていた勇は掻き込む様に料理をその口へ運ぶのだった。






 猛威を奮わなかった茶奈の代わりに、勇が用意された料理を残さず全て平らげた。

 若干腹の圧迫感に苛まれながらも、満足そうな笑みを浮かべて椅子にもたれ掛かる。

 それ程までに、彼にとっては満足のいく料理だった様だ。


 味付けが変われば抵抗を感じる事もあるというが……茶奈が作ったという事実が、彼女らしい味付けだという認識を呼び、負の意識を払ったのかもしれない。

 感じた事の無い新しい味付けに、勇はただ余韻を感じずにはいられなかった。


「ごちそうさまでした」


 遅れて茶奈が食事を終え、箸を置くと……自分の食器を掴み、台所へ運んでいく。

 マメに食器を軽くササっと洗い、食器置き場へと置き並べていった。

 ……昔はまともに動いていたであろう、食器洗い機の残骸を転用した食器置きへ。


 今までの生活で自然と身に付いた、藤咲家の慣習である。


 手馴れた様に軽く水を切り、濡れた手を手拭いで拭く。

 そのまま流れる様に台所を離れ、自室へと向けて歩き始めた。




 だがその時……茶奈の体がガクリと崩れ、廊下に膝を突いた。




 途端、「ドンッ」という床を突く音が鳴り響き、勇達の視線が茶奈一身へと集まる。


「茶奈ッ!?」


 勇が慌てて席から飛び出した。

 すぐさま茶奈の傍に駆け寄ると、なお跪いたままの彼女の顔が映り込む。


 その顔には薄っすら汗が滲み……口からは苦しそうに荒立てた吐息が絶えず漏れていた。


「茶奈……!?」

「大丈夫……です……」


 彼女が言うよりもずっと、浮かべた表情は大丈夫には見えない。

 頬が僅かに血色を帯び、目はどこか虚ろ……明らかな不調である。


「茶奈ちゃんどうしたの!?」

「もしかして風邪か!? 魔剣使いって風邪になるのか!?」

「わからない……でも熱は……」


 勇がおもむろに彼女の額に手を充てると、指を通してその熱が伝わる。

 そこから感じ取ったのは、明らかに高熱とも言える温度。

 彼女に倒れさせる苦しさを感じさせる程に……。


「熱い……茶奈、熱があるじゃないか!」

「……大丈夫かなって思って……我慢してて……」


 体の弱い茶奈であったが、今まで風邪を引いた事は無かった。

 魔剣使いが体を強化させる事で風邪を引かないと思っていた所もあったのだろう。


 だがそれは……今まで茶奈が体調を崩しても我慢していたからこそ、わからなかった事だった。


 茶奈はどうやら家に帰った頃から急な発熱に襲われていたらしく、料理も我慢を続けて行っていた様だ。

 家族との大事な団欒……それを壊したくなかった彼女は無理を通して料理を続けた。


 その結果出来たのは、濃い味付けの料理。

 体調が崩れ、味覚が鈍った彼女が調整した結果で生まれた味付けだったのだ。


「茶奈ちゃんをベッドに!」

「あぁ!」


 勇は茶奈を抱え上げると、大急ぎで彼女の部屋へ駆け込んだ。


 ベッドの上に寝かし、横たわる彼女の様子を家族全員が見守る。

 茶奈は既にぐったりとした様を見せ、体調がとても優れない事を暗に示していた。


「明日、病院に連れて行こう」

「うん……」


 茶奈はなお苦しそうな表情を浮かべながら朦朧とした様を見せる。

 彼女の様子はもはやただの風邪とは言い難い程に酷い状態であった……。




―――




 翌日の昼前。


 一台の車が首都高の環状線を走っていく。

 車内に居るのは車を運転する平野、助手席に座る福留。

 二人はオッファノ族との戦いに向けて最終調整を行う為、いち早く現地へ向かおうとしていた。


 そんな中、突然福留のスマートフォンが振動して着信を知らせる。

 おもむろにスマートフォンを手に取り、画面を覗き込んだ。


 画面に映ったのは「藤咲勇」という名前。


 稀とも言える勇からの電話に、福留は思わず「おや?」と声を漏らす。

 しかし空かさず通話ボタンを押すと、スマートフォンをそっと耳に充てた。


『もしもし? 福留さん、いきなりすいません』

「おや、どうしましたか?」


 電話先の勇の声はどこか落ち着きの無い口調を醸し出している。

 福留はそんな彼の様子を耳にした途端、どこか言い得ない不安を過らせた。


 だがその不安は……見事に的中していた。




『昨日茶奈が倒れて……今日病院に連れて行ったら、インフルエンザだそうです』




 まさかの事態に、福留が思わず戸惑いの声を漏らす。


「な、なんと……インフルエンザですか。 魔剣使いは命力で鍛えられているので病気などとは無縁かと思っていたのですが……」


 実際今まで彼等が病気等に掛かった事例は無く、無縁だと思うのも仕方のない事だ。

 だがこうして発症してしまったという事は、少なくとも対策を施さねば仲間内で蔓延しかねない。

 オッファノ族との戦いを控えた今、思わぬ事態に福留が頭を抱えた。


『この間愛希ちゃんがインフルエンザに(わずら)った時に看病しに行って移されちゃったんだと思います。 まだその時はインフルエンザだとは知らなかったみたいで……』

「そうですか……わかりました、茶奈さんは今回出向を見送る事にしましょう」

『すいません……』

「いえ、仕方ありません。 とはいえ出向は中止する事も出来ませんし、茶奈さんには悪いですが、看病は御両親に任せて勇君は出向く事を考えてください」

『了解です』


 さすがに国が絡む契約ともあり、ないがしろにする事は出来ない。

 看病したい気持ちもある勇であったが……立場を理解しているからこそ、了承せざるを得ない。


 とはいえ、突然の欠員。

 福留が悩む事には何ら変わりはない。


「しかし参りましたねぇ……八人だったので今回の戦いの作戦を想定したのですが……茶奈さんが抜けるとなると、抜けた穴をどうするか……」


 オッファノ族に対して行うのは四方からの包囲網。

 いずれかが欠ければ、それぞれとの隙間が大きく開き……逃げる隙を与え、危険を呼ぶ事となる。


 三方ではダメなのだ。


 思考を巡らせる福留……その時突然、勇から声が上がった。


『福留さん、代案を少し考えてみたのですが……少し皆さんの力をお借りしたいと思うのですがいいですか?』

「はて、お聞かせ願えますか?」


 電話を通して勇から提案が伝えられる。

 幾つかの代案……それは福留をも唸らせる提案であった。

 しかし福留はそれを聞き入れると……そっとスマートフォンを降ろし、電話帳を開く。


 彼からの提案そのまま、力になってくれるかもしれないであろう者達へ協力(・・)を仰ぐ為に……。




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