~教 授 懇 願~
レンネィが目を覚ました事は即座に仲間中に伝えられた。
翌日ともなれば……外出可能な者達全員がこぞって彼女の下へと訪れ、回復の祝辞を贈っていた。
とはいえ、未だ目が覚めたばかりのレンネィは体を動かす事もままならず……退院までの間、当病棟にてリハビリを行う事となった。
当然命力を使ってはいけない事は伝言済み。
命力を使い慣れて久しい彼女はどうにも不便さを感じていた様だ。
だが、命があるからこそ……レンネィは新しい人生に向けて再びその足を動かし始めたのだった。
レンネィが目を覚ました事で心輝も看病から離れ、ようやく魔特隊本部へ顔を出した。
ジョゾウもたまたま帰還を果たし、久方振りに魔特隊の面々が揃う事となった訳である。
もちろん現役の隊員が、であるが。
「心輝君、レンネィさんの看病ご苦労様でした……目を覚まして良かったですねぇ」
「ウス……皆さんには本当にご迷惑をお掛けしてすまねぇっす」
「ジョゾウさんも度重なる出張ご苦労様です」
「これも役目よ……まだまだやる事は多く不在が続く故、何卒理解して頂きとう御座る」
「亜月さんは期末テスト頑張ってくださいねぇ」
「はーい! ただ今猛勉強中だよー!」
それぞれの目的・意思を尊重し、彼等に賛辞を贈る……それが福留のスタイル。
こうやって揃う事が久しぶりな所為か、彼もどこか嬉しそうだ。
「実の所、現状で動ける隊員が少ない事もありまして……この後に続くオッファノ族の対応は見合わせようと考えていたのですが……幸運な事に瀬玲さんが例の『連鎖命力法』という秘術を身に付けて帰還されたので、少し状況が好転致しました」
自然と名前を挙げられた瀬玲に数人の視線がちらりと移ると、彼女は応える様に小さく手を振っていた。
「瀬玲さんの進言と好意により、その秘術を使用して全員のコンディションを調整する事が出来るという事ですので……来たるべきオッファノ族との戦いは、動く事が可能な隊員全員を投入する事に決定しました」
「おぉっ……総力戦かよ……!!」
心輝が堪らず声を上げ、総力戦というシチュエーションに体を打ち震えさせる。
彼はどうやら一日ゆっくり過ごせた様で、相変わらずの姿を見せていた。
内心はレンネィと一時を過ごしたい気持ちもあるのだろうが、こうして彼がここにやってきたのは彼なりの仲間達への感謝の為である。
そして続くのは戦い……彼は自身の役目を理解している。
だからこそ、こうして私欲を抑え戦いに向けた意気込みを見せたのだ。
全てが終わればいつでもまた彼女と会えるのだから。
「今度の戦闘場所は南米のジャングル、非常に広域です。 当初は勇君と茶奈さんの力があれば対応可能だは思っていたのですが……こうして人数も揃える事が出来ましたし、勇君の力の減衰の事もあります……折角ですから惜しまず派手に行きましょう」
福留から続き語られたのは、数日後に行われる対オッファノ族の詳細事項。
勇を筆頭とし、茶奈、心輝、瀬玲、アージ、マヴォ、アンディ、ナターシャ……八人の実行隊員が四手に分かれ、東西南北から広域のジャングルを包囲し攻め込む。
未だ相手の王の所在は不明。
ならばと、しらみつぶしにジャングルを捜索して王を見つけ次第討伐する、それが福留の考えた対策である。
相手は既に多くの人間を襲い、被害をもたらした存在……もはや容赦など必要は無いと考えた末の策であった。
その詳細に聞き耳を立て、自分達の役目を把握していく。
もう二度と、レンネィの様に倒れない為に……最大限の注意を払い、全員が無事に帰還する為に……彼等は来たるべき激戦に向けて覚悟を決めるのだった。
そんな彼等の中……アンディとナターシャだけはいつに無く沈んだ様子を見せていた。
二本の魔剣が共感覚を及ぼし、考えが重なる。
そんな二人が共に深く沈んだ様子を見せるのは、それが互いの気持ちの方向性が合わさったから。
二人の心の中に渦巻くのは……不安と無力感。
レンネィが倒れた事に、同伴した彼等もまた責任を感じていた。
自分達の力がもっと強かったら、彼女に認められる程の経験があったら……こんな事にはならなかったかもしれない。
今までに何度も彼女に気に掛けて貰い、時には厳しい言葉も貰った。
だが、それも単に彼等の事を想っての事。
二人はそれをやっと理解出来たから、自分達の弱さに打ちひしがれる想いをずっと抱いてきたのだった。
だが、遂にその感情は……彼等の想いを解き放つ。
「……師匠、お願いがある……あ、あります」
「え?」
静かだった事務所に突然アンディの声が小さく上がり、ふと気付いた勇が彼等に振り向く。
彼の目に映ったのは……真剣な面持ちを浮かべたアンディとナターシャ。
「師匠……オイラ達、強くなりたい……もっと強くなりたいんだ……あんな悔しい想い、もうしたくないんだ……」
「頼むよ、ししょ……前会った時みたいに、アタイ達に稽古を付けて欲しいんだぁ……」
「お前達……」
二人の想いがひしひしと伝わる。
その想いが痛い程に理解出来るから。
彼等の想う願いが、勇が願ってきた事と同じだから。
二人の切なる願いを前に……勇が小さく顔を俯かせ、強張らせたその口を静かに開いた。
「わかった。 今まで師匠らしい事あんまりしてこなかったもんな……力が無くなる前に、一度くらいは本気で打ち合ってみるか……!」
「ししょ……うんっ!!」
「やったぁ!!」
途端、今まで静かだった二人が湧き立つ様に両手を上げて喜びを示し……二人のそんな姿を前に、その場に居た誰しもが思わず笑みを零す。
戦い傷付く事を喜ぶ者など、そうは居ないだろう。
だがそうしてでも強くなりたいという気持ちが強かったからこそ、願いが受け入れられた事に喜びを隠せなかった様だ。
「フフッ、じゃあ思う存分暴れなよ。 私が事後のサポートしたげるからさ」
そう声を上げたのは瀬玲。
二人のやる気に誘われたのか、彼女もまた万遍の笑みを浮かべて勇達を促す。
他の仲間達もまた勇達の戦いを見届けようと席から立ち上がるのだった。
「よし、じゃあ善は急げだ……早速やるぞ、二人共!!」
「「はいっ!!」」
皆の気持ちに当てられ気合い十分に、勇達が事務所を発つ。
彼等が去っていく姿を福留はただ静かに……だがいつもの笑顔を浮かべ、「ウンウン」と頷きながら見送るのだった。




