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時き継幻想フララジカ 第二部 『乱界編』  作者: ひなうさ
第二十三節 「驚異襲来 過ち識りて 誓いの再決闘」
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~走 れ 闘 士~

 早朝6時……11月ともなればその時間でもまだ薄っすらと暗く、肌を刺す冷たい空気が充満する時間帯。

 霧が僅かに掛かったその時間に、一人の男が街外れの農道を駆けていく。




 それは……心輝であった。




 未だ手馴れていない命力強化法を取り入れた朝練の実施。

 これは誰に言われるまでも無く自分の意思で始めた走り込みだ。

 勇からそんな事をやっていたという話は以前より聞いていたが、実施し始めたのはつい最近の事。


 そう……空島の一件からである。


 魁将メズリとの戦いで、自分だけの力で彼女を倒す事が出来なかった事。

 勇だけに任せてグルウとの戦いで全く役に立たなかった事。


 そんな事があれば無駄に熱い彼が燃えぬ訳も無いだろう。

 アージに言われてもなおがむしゃらに成れず後悔を呼んだ事に、彼が悔しくないはずがないのだ。


「ハッ!! フグッ!!」


 慣れない呼吸法は未だ彼の走りに負担を掛け、必要以上の体力を奪っていく。

 昔から積み重ねてきた勇とは違い、地力が無い彼にとっては……初心者がアスリートの練習方法を行うのと同一と言っても過言ではない。


 心輝が持つ命力は勇と比べて圧倒的に高いが、コントロールが上手くいかない分……多大な命力が意識せず漏れ始め、彼の運動を阻害する。

 抑えては漏れ……を繰り返し、そのコントロールをもモノにするべく意識を保ち走り続ければ、当然疲れもしよう。


「ハァッ!! ハァッ!!―――クソッ!!」


 脚が止まり、ピクピクと太ももが痙攣する。

 もはや限界……そう思わせる程に、彼の脚は既に疲労の限界を迎えていた。


 その日、既に1時間も走りっぱなしであった。

 当然、ダッシュと命力治癒のみを交互に行いながら、である。


 だが、彼が思ったよりも目標に遠かったのだろうか……残念そうな顔を浮かべ、そのままずるずると地面にへたり込み、尻餅をつく。

 息を切らしたまま心輝は見上げ、冷たく澄んだ空気を火照った体へとしきりに取り込んでいた。




 すると、霧に包まれた農道の先から人影が浮かび上がり、へたり込んだ心輝の方へと走り近づいてきた。


 それは勇であった。


「お、シンじゃん……こんな所で会うなんて珍しいな」

「おぉ……お前の真似したら……このザマだよ……ハァ」


 彼等が走っていたのは、勇が自身の為に構築した朝練コース。

 彼等が住む街から遠く離れた場所である。

 もちろん勇の力に合わせて作り上げられたコースの為、心輝が付いて来れるはずは無いだろう。

 それを知って敢えて挑戦したのが今日だったという訳である。

 当然、スタート地点はほぼ同一……どちらかの実家か、という差のみ。


 そのコースの中腹ではあるが……座り込んだ心輝に対して、なんて事の無い表情を浮かべる勇。

 二人の力の差は歴然だった。

 命力が下がろうと、少なかろうと、そんな事関係なく……地力によって鍛えらえた体の差はこの様に顕著なものだ。

 

「ったく……お前本当に今ボロボロなのかよォ……余裕じゃねぇか」

「リハビリはしてるからな。 つか、これくらいなら命力無しでも来れる距離だろ……池上だってここを……あ、俺アイツと和解したんだよ」

「マジかよ!? んなら負けらんねぇ……!!」


 妙な対抗心を燃やし立ち上がるが……なお膝は笑ったまま。


 勇が池上のスパーリングに付き合って以降、気が向いた時に池上が通う倉持ジムへと足を運ぶ様になっていた。

 もちろん彼との練習に付き合う為では無く、自身のトレーニングを兼ねた為である。


 命力を使わず思いっきり体を動かす事に関しては、普通の人間と変わらない。

 ただ常人よりも特殊な方法で鍛えられた筋肉や骨や血管が強靭なだけ(・・・・・)である。

 だからこそ、池上達アスリートが持つ地力の能力も、センスを磨くという意味では十分魔剣使いとしての戦闘の役に立つのだ。


「まぁ無理するなよ? 俺だってこのコース始めた時はキツかったんだ。 茶奈だって―――」


 そう彼女の名前を口に出した時……思わず勇の口が止まる。

 そしてその頬に伝うのは一筋の冷や汗。


「オイおま……茶奈ちゃんもここ走らせてるのかよ!?」


 そんな事を耳にした途端……心輝の目がかっぴらき、驚きの表情を勇に向ける。


 心輝と同様に体を鍛え始めたばかりの茶奈ではあるが……地力はと言えば当然、心輝よりもなお低いのは周知の事実だ。

 心輝ですらも中腹でこの様にへたる様なハードメニューを茶奈がやろうものなら……どうなってしまうかは予想も付かない。


 勇の反応を見る限り……恐らくは今日も……。


「ちゃ、茶奈は自分から付いていくって言って聞かないんだよ……俺を監視しないとってさ……」

「お、おう……で、当の茶奈ちゃんはどこなんだよ……?」

「んん……」


 突っ込まれると……思わず勇が顔を背け、曇った顔を浮かべる。

 そんな彼を見つめる心輝の目は既に瞼を座らせていた。


「お前置いて来ただろ……」

「……うぅ……」


 どうやら図星の様子。

 こんなコースに付いていくと言った彼女も彼女だが……置いていくのもまた男としてどうかと思える行為だ。


 うっかり置いてきてしまったのだろう。

 彼の反応から察するに、そんな事が伺える。

 練習に関しては手を抜けない勇ならではの出来事とも言える。

 以前福留に同様の注意をされた事もあるが、改善出来ていない所を見ると……それが彼にとっての不器用の正体なのかもしれない。




 そんなやり取りをしていると……彼等がやってきた道からまたしても一人の影が走って来る。

 だが二人の下へ先に訪れたのは……姿ではなく、その声だった。


「ハァ"ー!! ハァ"ー!! ウゥウ……!!」


 うめき声にも近い息を立てて走る……茶奈であった。

 体を揺らしながら走る茶奈は、足を引きずり今にも倒れそうな青ざめた表情を浮かべていた。


「おっ……いづぎっ……まじだっ!! ハァ"ー!! ハァ"ー!!」

「あ……うん、がんばったね……」


 普段は優しい微笑みを浮かべる綺麗な顔の彼女も、走ってる時だけはこうも醜くなるものかと思える程に歪めた疲弊顔を見せる。

 茶奈がそんな見難い表情を浮かべながら、途端立ち止まり膝を抱えて前屈し……必死に酸素を取り込む様に深い息継ぎを始めた。


「君まで無理する事は無いからさ……」

「でもッ……わだじッ……勇さんッ……見でないど……ハァッ!!」


 責任感と頑固さは妙に強い彼女。

 勇の無茶振り実戦訓練以降、ずっと勇の事を監視していた。

 勇が無理をしない様にと福留に頼まれての行動であるが、妙に空回りしている風にも見えなくも無い。

 彼女自身が体力を付けたいという想いもあるからこそ、仕方の無い事ではあるのだが。


「途中から命力使ったりしてきてもいいからさ……まずは自分のペースで行こう?」

「でも……外じゃ……命力使っちゃだめです……ハァ、ハァ」

「茶奈ちゃん真面目だなぁ……」


 心輝がそう声を上げると……そこで初めて彼に気付いたのだろう、茶奈が「あっ」と声を上げて彼へと顔を向けて小さく手を振る。

 疲れで歪んだ顔で無理矢理笑顔を作った所為か……彼女の表情を見た時、一瞬心輝が怯えにも近い驚きの表情を浮かべていた。


 しかし、とうとう体が休息を求めたのだろう……途端に彼女が尻餅を突き、地べたに座り込み膝を抱えてしまうのだった。

 

「ハァ……ハァ……」

「大丈夫かい?」

「休んでから……追い付き(・・・・)ます……」

「茶奈は強情だなぁ……」


 相変わらずの茶奈の態度に勇も苦笑を隠せない。

 二人のやりとりがどういう事なのか……頭の回っていない心輝はいまいち理解出来ていない様で。

 首を傾げて二人の顔を交互に見つめていた。


「じゃあ、俺は先に事務所行ってるから、心輝と一緒にゆっくり確実に、な」

「オイオイ……俺でいいのかよぉ!?」

「それはどういう意味だよ……ペース同じくらいだろうから、合わせて来れるだろ? 彼女の事よろしくな」




 勇は座り込んだ二人へそう言い残すと……何かを言い掛けようとする心輝の話も聞かず、そのまま進路へと向けて走り去っていった。




「ったく……アイツちっとは待てばいいのによぉ……」

「止まっちゃダメって……言ってました……から……」


 「走り出したら止まってはいけない」……これは勇が昔からランニング時に自身に課している自分ルール。

 もちろんそれは茶奈も知っているからこそ、彼を先に行かせた訳である。


 心輝もそれを理解していない訳では無いが……何分居心地が悪い。

 何が悪いかと言えば……彼もまた『人の女』に手を出す様な野暮な事が出来る訳でも無く……相変わらず『人の女』だと思っている茶奈と二人きりの状況に、何か後ろめたい気持ちを感じていたからだ。


 座り休む茶奈に合わせ、心輝が再び地面へ腰を下ろした。


 心輝からの一方的な気まずい雰囲気を作る中……静かな農道の真ん中で、二人の男女が無言で地面に座り佇む。

 互いの荒い息遣いの音だけが聞こえ、遠くから「ホゥホゥ、ホッホーゥ」という土鳩(ドバト)の独特な鳴き声が周囲に響いていた。




 心輝の火照った体が冷気を取り込み冷え始めると、自然と休んでいた体にも徐々に力が戻っていく。


 余裕が出来た心輝は顔をそっと起こし、さりげなく茶奈の顔を覗き込む。

 未だ顔を俯いたまま荒い息遣いを続ける彼女が心配になった彼は、思うがままにそっと声を掛けた。


「茶奈ちゃん、平気かぁ?」


 不意に掛けられた言葉に、茶奈が無言で小さくゆっくり頷く。

 なお肩で息をする彼女に心配が拭えず、心輝が尻を引きずりながらそっと近づいていく。


 傍までやって来ると……妙な雰囲気を感じ、前傾し垂れた長い髪に隠れた彼女の顔をそっと覗き込んだ。




 そんな彼女の顔は……目を大きく開き、口をぱっくりと開け、汗をだらりと流して「ハッ……ハッ……」と異常な息遣いを催していた。


「ちゃ、茶奈ちゃん……だ、大丈夫かよ!?」

「大丈……ぶッ!! オウッ!!」


 その時突然、彼女がえづき始めた。




 ずっと我慢していたのだろう……だがもう、我慢の限界だったようだ。




 心輝が慌てふためく中……静かな農道で、茶奈は誰にも見られる事無く地面に向けて自身の残滓をぶちまけたのだった。


 「朝食は走り込んだ後の方がいいよ」という勇の忠告を無視した茶奈の行動が引き起こした結末は、心輝の計らいも合って誰にも知られる事は無かったという……。




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