~治癒に賭ける想いはエクステンション~
瀬玲が目を覚ました日の翌日……。
薄っすらとした霧が包む都を、日の光が照らしてその輪郭を闇から引き起こしていく。
僅かな人影がその中で蠢き、各々の用を済ませる様子を見せ……都に朝が訪れた事を次第に伝えさせていった。
診療所内……瀬玲の寝る部屋。
そこに真っ白となった瀬玲が相も変わらず仰向けに成ったまま寝そべっていた。
昨夜の事が忘れられず……ずっと寝る事が出来なかった彼女の顔は大きなクマを作り、時折何言わぬ口をパクパクとさせる。
完全に封をされた窓の所為で朝が訪れた事にも気付かない彼女は……いつ訪れるやも知れぬ朝をただひたすら待ち続けていた。
―――早くここから出なければ―――
無理矢理にでもアージとマヴォに自身を連れ出してもらい、国に帰りたい……普通の病院に泊まりたい……そう願わずにはいられない彼女はただひたすらその言葉を頭によぎらせ時を待っていた。
せめて女性にしてほしかった……その悔しさが彼女の心をただただ打ち震えさせる。
すると、机に突っ伏し寝ていたイシュライトの体がもそりと動きを見せる。
目を覚まし、ゆっくりとその体を持ち上げると瀬玲に挨拶を掛けた。
「うぅん……あ、セリ、おはようございます……」
「……おはよ……」
瀬玲が妙に低いトーンで挨拶を返すと、彼が相も変わらずの笑顔で返した。
「あぁ、窓が閉まっているから朝日が見えなかったのでしょうね……もう朝の様ですよ」
「そう……」
イシュライトがそっとベッドの上に位置する窓へと手を伸ばし、布を取り窓を押すと……途端に眩しい光が差し込み、彼女の顔へと降りかかっていく。
「うぅ……眩し……」
窓の外に現れたのは、青白い晴天が広がる空……清々しい朝の訪れであった。
「清々しい朝ですね……まるでセリの回復を祝福しているかの様です」
「くっさ……そういうのやめて、ハズイから……」
恥ずかしがる事も無くそんな言葉を述べるイシュライトへと瀬玲が毒づく。
だがそんな事にも一切を笑顔でやり過ごす彼にはどうにも勝ち目を感じない。
するとおもむろに……イシュライトが瀬玲の頬をそっと撫でた。
「えっ……」
思わず漏れる声……彼女の頬を伝い、首元へと柔らかな指の感触が「スゥーッ」と伸び……首筋へとその指をあてがう。
それに伴いイシュライトの顔が近づく……突然の出来事に彼女の頬が真っ赤に染まりあがった。
「あ……え……」
「ふむ……クマは気に成りますが、体調は良いようですね」
「え?」
そう答えると、「スッ」とその顔が離れていく。
そして何を思ったのか、突然彼が羽織っていた上着を脱ぎ始めた。
「ええ、ちょっと……!?」
突然の出来事の連続に彼女の処理能力が追い付かず、慌てふためく様を見せるのみ。
そんな瀬玲を見たイシュライトは彼女を落ち着かせる為にと思い……そっと彼女へと声を掛けた。
「……安心してください、治療を再開するだけですよ。 何、大した事はありません……ただ、命力を送り込み貴女の命力と混ぜ合わせて治癒を最大限に早めるだけですから」
「それが貴方の力?」
「イ・ドゥールの秘術です……貴女には伝える事を許可されていますから。 さぁ、治療を始めますので心を落ち着かせて……先程とは違い、なんら恥ずかしい事はありませんから」
彼もさすがにあの行為が恥ずかしい事だと認識していたのだろう……彼女を落ち着かせる為にと比較に挙げる。
それが妙に安心感を呼んだのか……瀬玲は「フフッ」と笑みを浮かべると、身を委ねるようにそっとその目を閉じたのだった。
一方、師父の館に集うウィグルイとアージ、マヴォ。
瀬玲の容態が気に成るのか、アージがそわそわとさせる様子を見せていた。
先日目が覚めた後、彼女を心配させぬ様にと一目だけの小見通りをした訳ではあるが……彼女の体の状態を纏めた記録を見た彼は気が気でない様であった。
イシュライトが纏めたその記録には、彼等の文字で「早急かつ集中的な治療が必要」と書かれていたからだ。
ウィグルイとの戦いで、体の傷を無視し続けて戦った結果……彼女の四肢の筋骨は至る所が砕け、神経は傷付き、内臓もまた一部が損壊する程の傷を負っていた。
それでもなお彼女が生き続けているのは、単に彼等の秘術のお陰。
彼ら曰く、この治療を行う事で……ほぼ何も無かった様な程に治癒が可能なのだという。
その話もあり、心配する事は無かったのだが……実際に彼女が治った所を見ないと心配は拭えないようで。
「兄者落ち着け……大丈夫だとウィグルイ殿も言ってるだろ?」
「ウム……ウム……だが……」
勇達と「瀬玲を守る」という約束を交わしたのにも関わらず守る事の出来なかった彼は妙な責任を感じ、やり場の無い憤りにただ体を揺する事しか出来なかった。
「貴公らも見たであろう? 我等が秘術……連鎖命力陣、あれは我等のみに伝わる超回復の秘術ゆえ……疑う余地すらなかろうぞ」
「わかってはいるのだ……だが、ただ落ち着いてはいられぬだけなのだ」
「記録を見せなければ良かったかのぉ……」
落ち着く様子を見せないアージを前に、ウィグルイがポリポリと頭を掻く。
すると、何かを閃く様に手を打ち……そっと立ち上がった。
「それ程心配なのであれば、見に行くかのぉ」
「よ、良いのか?」
「ウム……もう治療が始まってる頃だろうしのぉ」
そんな彼の提案に……二人が空かさず立ち上がり無言で頷く。
それを見たウィグルイもまた、小さく頷くと……背筋を伸ばし、二人を引き連れて外へと歩いて行った。
三人が診療所へと向かい石畳みの床を歩き進む。
既にアージとマヴォの存在に慣れたのだろう……家から顔を覗かせた人々が彼等へと手を振り挨拶を送る様子を見せる。
それに合わせる様に彼等もまた手を振り返した。
「馴染むのも早いものだ」
「子供達が嬉しがっておったぞ……やはり若者は新しい事に目がないのだなぁ」
ウィグルイが「ホッホッホ」と高らかな笑い声を上げ、嬉しそうな顔を浮かべる。
二人もまんざらではなかった事から……彼の笑い声に合わせる様に、喜びの笑いを上げたのだった。
「―――ンッ……ンフッ……ンンーーーーーッ!!」
すると……歩く彼等の耳に何やら妙な声が聞こえてきた。
診療所に近づくにつれ……次第にその声は大きくなり、艶めかしい声へと変化し周囲へ響き渡らせていた。
「ンアッ……アッイイィーーーー!! ダメェ、ダメェエエーーーー!!」
周囲に居たイ・ドゥールの若い男達が診療所に集い、その声に聞き耳を立てる様子が三人の前に現れ……何も知らぬアージとマヴォはその異様な状況にただ首を傾げる。
「な、なんだこの声は……」
「ヤ、ヤベェ……色っぽ過ぎだろ……」
「んん……命力陣が相当効いているのかのぉ……?」
不思議そうな顔を浮かべつつ……診療所に入っていく。
その中では、他の医者達が慌てて動き回る様子を見せていた。
唐突にその一人へとウィグルイが声を掛ける。
「何があった?」
「あ、ウィグルイ様……実は、現師父様が……」
「ヌッ!? まさか……セリッ!?」
彼女の叫び声にも聞こえなくもない声が響き渡る診療所を、アージが駆け抜ける。
滑り込む様に彼女の部屋の前に訪れた時……彼の目にとんでもない光景が入り込んだ。
「アッ!! アッ!! だめなのぉッ!! ンンーーーッ!! ンハッ!! アンッ!!」
ベッドの上で刻む様に絶えず跳ね飛ぶ彼女の肢体……布団に被せられていたが、全裸であろう彼女の皮膚からは汗が飛び散り、状況の凄さを物語っていた。
そして当のイシュライトは……ただじっと彼女の背中に両手を充て、光を放ちながら真剣な面持ちでその場に佇んでいた。
「一体何が起きているッ!!」
堪らずアージが乗り込みイシュライトの肩を掴む。
だが、そっとイシュライトが振り向くと……彼の手から漏れる光が治まり……ベッドの上で暴れていた彼女の体が途端にぐったりとなった。
「治療です……邪魔をしないで頂きたいのですが……」
「だが……セリのこの状況はおかしくはないのか!?」
既にベッドはぐっしょりと彼女の汗で染まっていた。
加えて彼女の先程の様子からただ事ではないと察したのだろう……アージが吼える。
そんな彼を前に……イシュライトはなお冷静な顔を浮かべたまま。
「……いつもの事ですよ、この治癒は互いの命力を深々と混ぜ合います。 それに伴い、共感覚に近い感覚の波が起きるのですが……その波は個体によって違っていて、セリはどうやら相当敏感な様なのです」
「敏感……?」
すると、真顔だったイシュライトの顔が再び笑顔を取り戻し……彼に言葉を返した。
「えぇ、彼女は相当敏感みたいです。 恐らくよほど意固地な部分があるのでしょうね、曝け出したくない心があるのか……心が混ざる時にそんな彼女の奥底に触れて、私の心と溶け合い始めた時……彼女の心が激しく揺れ動いたのを感じました」
彼の言葉を、荒い息遣いで呼吸をしながら瀬玲もまた聞き耳を立てる。
「そんな彼女だからこそ、この様に感じてしまうのでしょう……これはとても当たり前の事なのです。 簡単に言えばそうですね……恥ずかしい思いをしたくない、そんな気持ちが強いので、私の命力と混ざった時にその感情が反射して快感を呼び起こしているのです」
淡々と語られた事が彼等にとっては普通の事である事がなんとなく理解出来たアージが唖然と立ち尽くす。
後からやってきたマヴォもまたその話に聞き耳を立てており、ウンウンと頷いていた。
「そうか……止めて済まなかった。 てっきり怪しい事をしているのではないかと勘繰ってしまったのだ」
「ハハ……仕方ありませんよ、初めて見たのであればそう思うのも無理はありませんから」
何を隠そう、イシュライトはこの道では都中で知らぬ者など居ない程に治療の技術を持った若者なのである。
それどころか、その卓越した腕から成る手さばきは治療を受けた者達を余す事無く至福の時へと誘う程のもの。
その治療を受けた女性もまた、彼の手さばきを前にただひたすらメロメロになる事請け合いなのである。
それ故に……この都に住む全ての未婚の女性は彼の事を想わずには居られない程のモテモテの男なのだ。
「ウィグルイ様……勝手に語らないで頂けますか?」
「んんふ……」
壁の裏で語りを上げていたウィグルイへイシュライトの注意が飛ぶと……ウィグルイは何も返す事無くソロリソロリと歩きその場から立ち去っていった。
「はぁ……祖父はああ厳格にも見えて、結構お茶目な所が多いのです……許してください」
「ま、まぁ俺は一向に構わん……」
アージも突然の出来事を前にただ苦笑するのみ。
マヴォもまたその裏で口を押えながら笑う姿を見せていた。
「さて、邪魔をした……どうかセリを頼む」
「えぇ、私の誇りに賭けても……彼女を必ずや完全に治癒して見せますよ」
そう言葉を交わすと……アージとマヴォもまた、診療所から離れていくのだった。
「さて、治療の続きを始めましょうか」
「へっ……続きっれぇ……?」
未だ体が痺れる様な快感に包まれ、ろれつの回らない彼女が首を傾げる。
そんな彼女へ向けてニッコリと笑顔を向けると……彼は彼女にそっと答えた。
「えぇ、今のはほんの序の口……もっと激しくなりますよ」
その言葉を聞いた途端……彼女の顔が真っ赤に染め上がり、口元をひくつかせる。
「えっ、ちょっろぉ、まっへぇ……!!」
「待ちません……貴女を回復させるとアージ殿と約束したのですからね……さぁ、貴女はしっかりと愉しんでください……あと3時間は続きますからね!!」
「さ、さんりかんッ!? ちょっ、まっ、アッ!!―――」
その後、彼の言った通り3時間の間……彼女の喘ぎ声が都に響き渡った。
診療所の外で、そんな彼女の声を聴きたい男達と聴かせたくない女達との間で小さな戦争が起きていた事を彼女が知る由は無い。




