~逆襲と信頼のグラスレディ~
アージとマヴォ、ウィグルイが再び師父の館へと戻り、その入口を潜ろうとした時……不意に一人の兵が都を駆け抜け、彼等の下に馳せ参じた。
「伝令!! 師父殿!!」
「今はもう師父ではないとあれほど……」
「うっ……そ、それではウィグルイ様……都の外に怪しい鼠が一匹!!」
「うん? それはどうしてまた……アージ殿、マヴォ殿の連れではないか?」
急に問われると……二人にとって思い浮かぶ節が……一人。
「ヌッ、もしや……貴公、その者はこう、眼に丸い……なんだ、どう言ったらいい?」
「あー……そいつ、透明の板を目に貼り付けた人間だろ?」
マヴォが目に丸く指で形作り、ジェスチャーを交えて説明すると……兵が彼に指を向け、頷きながら彼等に元気よく答えた。
「そう、その通りです!!」
「ささもっちゃん……」
笠本には経緯などの詳しい事情は説明していない。
いいとこ「二人が居るからと安心してこの場に訪れたのだろう」とアージとマヴォは高を括っていた。
案の定……彼女は単身イ・ドゥールの都へ訪れ、見事彼等に拘束されていた。
二人のイ・ドゥール族に両手を持ち上げられ、慌てふためく笠本。
「たたたすけてくださいぃ……!! アージさん、マヴォさぁん……!!」
二人が訪れた時には、いつもの冷淡な彼女の様子とはうって違い脅えた様をありありと見せつけていた。
そんな彼女を前に、マヴォがニヤニヤと笑みを浮かべて見下ろす。
見た事の無い彼女の一面が何やら面白く感じたのか、彼女を助ける素振りすら見せずイジり始めた。
「ささもっちゃんのこういう姿も意外とそそるなぁ、もうちょっと見てようかなぁ~」
「じょじょ冗談言ってないで早く助けてくださいィ~!!」
「どうしよっかなぁ~俺も魔者だしなぁ~」
普段イジられていた事を根に持っているのだろうか。
状況をまるで楽しむかのようなマヴォを前に、気が気でない笠本は突然涙を浮かべ……大人げなくワンワンと泣き出し始めてしまった。
そんな彼女の泣き様に、マヴォがつい「ゲェ!?」と声を上げて慌てる。
彼の一部始終を後ろから見ていたアージが居ても経っても居られず……その拳に力を篭め、大きく振りかぶる。
「馬鹿者!! 遊び過ぎだぁ!!」
ゴォン!!
再び鉄拳がマヴォの頭に飛び、勢いの余り地面へと叩きつけられた。
「ぐはぁ!?」
マヴォはそのままぐしゃりと地面に倒れ込み、顔を突っ伏したまま「ウオオオン……」と呻き声を漏らす。
途端、そんな彼の頭に「ぺしぺし」という衝撃だけが僅かに響いた。
「何してんのささもっちゃん」
「ぐすっ……しかえし……しかえしです……」
可愛らしいとも言える様な内股から繰り出される足での蹴り。
普通の人間の攻撃ゆえダメージこそ無いが……泣きべそをかきながら繰り出される弱々しい蹴りは逆にマヴォへ妙な心地よさを感じさせていた。
アージによって解放された笠本は彼等に連れられ、揃って師父の館へと赴いていた。
そこで一通りの事情を聴いた彼女は状況を理解し、アージとマヴォへ自身の意向を伝え始めた。
「お二人は暫くこの都で瀬玲さんと共に療養に集中してください。 彼等とのコミュニケーションもしっかりと取り、今後の発展に向けた地盤固めをお願い致します。 事情は一旦私が日本に戻ってお伝えしてきますので、何かある様でしたらタブレットから連絡をお願い致します」
そう伝えると、自身が持つタブレットをアージへと手渡し……すっくと立ちあがると彼等の返事を待つ事無く、その場を後にしていった。
三人のタブレットは戦闘の折に壊れてしまっていた為、急遽笠本が持ち合わせていた予備品を届けに来た訳である。
とはいえ、それでも誰かに任せる事無く単身で乗り込んで来た彼女の行動力にはマヴォも関心を寄せずにはいられない様だ。
「これだけの為に来るなんてよ、ささもっちゃんって結構親身なんだなぁ」
「ヌ、そうか……そういえばそうだな。 ならば今度彼女にも料理を作ってもらうか?」
天然なのか狙っているのか……真顔でそんな事を言うアージに、マヴォがジト目を向けていた。
「時折兄者の天然っぷりがうらやましく感じるぜ……」
「ヌウ!? 俺は何も疚しい事など言ってはおらんぞ!!」
全力否定をするが……自身の言動に全く何も気づいては居ない所を見ると、彼は前者なのは間違いないだろう。
「ハァーーー」と深い溜息を吐くマヴォ……彼のそういった苦労は初めてでは無いのかもしれない。
「アァーーーージさぁーーーん!! 助けてぇーーーーー!!」
その時突如響き渡る笠本の声。
それが聞こえた途端、アージが慌て立ち上がり館の中を駆け抜けていった。
恐らく街の人々に珍しがられて囲まれたりでもしたのだろう。
だがそんな事などお構いなしに助けに飛ぶアージの心強さや頼もしいの一言である。
一方のマヴォと言えば―――
「俺、呼ばれてないんだけど……」
「甲斐性も無い奴が呼ばれんのも仕方なかろう……」
ウィグルイの鋭いツッコミにマヴォが頭を垂れる。
いっそ天然であった方が良かったのではないかと自身の性格を呪う彼であった。
この一件以降、彼への笠本からの威圧がより厳しくなったのは言うまでもない。
ちなみにアージに対しては甘くなったのも、もちろん言うまでもない。




