~猛り昂るその姿はバーサーカー~
ウィグルイが目の当たりにした瀬玲の猛り、昂る姿はまさに『狂戦士』そのもの。
だがウィグルイの口は脅えるどころか深々と笑窪を張り上げ、光悦なまでに笑顔を浮かべる様を見せる。
「フハハーーーッ!! それでよいッ!! それでこそ戦士ッ!! そうでなくてはなあッ!! もし足を舐めようものなら、そのまま頭を吹き飛ばそうと思っていた所よォ!!」
ウィグルイもまた、不自由な右腕を震わせながら構え……自身に籠る命力をこれでもかという程に昂らせた。
そんな彼の言葉など耳にも入れず、瀬玲が飛び込む。
手に持ったカッデレータの弓身の上下が途端に握り側へとスライドすると、その弓身がまるで弩弓の様に変形し、小さくなった身なりから無数の小さな矢弾が放たれた。
細かく小さい矢弾がウィグルイへと襲い掛かるが、それに怯む事無くその不自由な右腕を盾に直撃を避けながら彼もまた瀬玲へ向けて突撃していく。
無数故に、幾つもの細かい矢弾が彼の身体へと突き刺さりながらも、再び面と向かって対峙する二人。
僅かに次の攻撃は素早いウィグルイの方が先……残された左拳の一撃が彼女の腹部へと襲い掛かった。
「コォオオオオッ!!」
ドッゴォーーーー!!
彼女の腹部へと突き当てられるウィグルイの左拳……だが、そこで苦悶の顔を浮かべたのは彼の方であった。
「ヌゥオオオアアアアッ!?」
突如怯みを見せた彼の頬へ、途端突き刺さる彼女の一撃。
パァーンッ!!
それはどうにも浅く、軽い音が鳴り響いたが……当のウィグルイの顎が大きく逸らした。
堪らず離れていくウィグルイ……その左拳から流れ出る血液が事を物語っていた。
瀬玲は自身の腹部から針の一撃を『実践してみた』のだ。
そして漏れなく成功した。
それはすなわち、彼女が魔剣を持たぬ普通の相手に対して『無敵』と成った事を示唆していた。
まるでそれは『針鼠』の様に、堅く、鋭い絶対的なカウンターを有する防御能力。
ウィグルイが言い放った『鼠』という言葉は適切だったのかもしれない。
だがそれは決して弱者という意味では無く……『針鼠』……小さかろうと絶対的な反撃の意思を持つ存在という意味でである。
「まさか貴公の技法がこれほどまでとは……ッ!! ククク……なれば詫びねばならん……先程までの仕打ち、非礼を詫びよう……だがッ!!―――」
その時……おもむろにウィグルイが自身の羽織る服を破り裂く様に脱ぎ捨てた。
そこに現れたのは……無数の傷を持つ鍛えられし肉体。
「これより本当の死闘であるッ!! 互いに死力を尽くそうでは無いかあッ!!」
「ごちゃごちゃうるせぇって言ってんだよォーーー!! アアアアアーーーーッ!!」
瀬玲の体が光り輝き、魔装から惹かれた光がカッデレータへと繋がると……アレムグランダが展開され、彼女の体に力を与える。
引き絞られた矢弾が何重にも光を重ね、大きな光の槍へと構築されると……間も無く撃ち放たれて空を裂いた。
その瞬間、幾多にも分裂する光の槍……弧を描き全周囲からウィグルイへと襲い掛かる。
「オオオオッ!?」
そのいずれもが一撃で四肢を千切る事が可能な程に強烈なもの。
そして自身の心のありのままを曝け出した彼女の力が生んだ矢弾は……先程よりも格段に速く鋭かった。
「カァアアアアアアッ!!!」
ウィグルイが傷付き自由の効かない腕を命力により無理矢理動かして矢弾を弾きながら躱していく。
一発一発に全てを篭め、異音が絶えず鳴り響く中……瀬玲が彼の後ろから突撃していった。
「死ねぇええええ!!!」
「遅しッ!!」
魔剣を掴んだ拳による渾身の一撃は、ウィグルイが咄嗟に宙へと跳ぶ事で躱されてしまう。
そして宙でぐるりと縦に回りながら、その視線を彼女の背後へと向け……反撃の拳を彼女の背中へ見舞う。
「があッ!!」
反撃の針が間に合わず、思わず前面へと突き飛ばされる瀬玲。
そんな彼女へ、着地したウィグルイが更に追撃を掛けた。
「けぁああああああ!!」
途端不意に彼の後ろから閃光の槍が飛び込み、咄嗟にその体を逸らして躱す。
だが背を向けた瀬玲が手を伸ばし……その光の槍を掴み取り―――
「アアアアアアッ!!」
軸足を支えに、背中を殴られた勢いを回転力に換え……掴み取った光の槍を思い切りウィグルイの脚へと突き立てたのだった。
「オオオオオオオッ!?」
連続攻撃に次ぐ反撃……予想だにしない攻撃の嵐にウィグルイが叫び声を上げる。
だがそれは怯みではなく雄叫び……ズタボロになった自身の体を奮い起こし、本来動かないはずの槍を突き立てられた脚を踏ん張っては瀬玲の腰へと回し蹴りを見舞った。
ドッゴォ!!
「ぎはっ!?」
「ビキキッ」という音が瀬玲の体に響き、同時に蹴られた拍子に彼女の体ごと弾き飛ばされていく。
ザザザッ!!
だが瀬玲はそれすらも怯む事無く魔剣を構え引き絞る。
魔剣に篭められた光は先程と同じ散弾の光。
それに気付いたウィグルイが発射する間を与えず飛び込んだ。
ギィーーーーーンッ!!
魔剣を盾に、その一撃を防ぐ瀬玲。
だがそれは彼にとっては布石の一つ。
間も無くその直下から襲い掛かる突き上げの蹴り。
パキィーーーーンッ!!
腹部へと突き刺さるはずだったその蹴撃は針の壁により遮られ、突き出された足から大量の血が噴き出した。
「ルゥウオオオオオッ!!」
だがそれすらも一つの布石……狙いは、彼女の死角となった頭部。
彼の硬い頭部が彼女の頭目掛けて真っ直ぐに打ち下ろされた。
コォーーーーーーーンッ!!
「ああぐっ!?」
「ぐはぁ!!」
相打ち……針の壁の完全な形成が遅れたのだろう、その一撃が届く事無く彼の頭部を傷つけるだけに留まり、強い衝撃が瀬玲の頭にも届いていた。
瀬玲が仰け反りウィグルイが弾かれ大地へと跪く……。
互いに満身創痍状態……だが互いの眼からは闘争心の炎は未だ絶える事なく燃え続けていた。
「コォォォォォーーーーーー……」
ウィグルイの口から深く息が吐き出され……再び引き締まった表情を浮かべる。
本来であれば死んでもおかしくないと思われる程の傷を負い、動くはずの無い腕を命力によって無理矢理動かし……ゆるりと腕を引き回し再び構えを取った。
瀬玲もまた……命力を昂らせ、自身に残る全ての力を肉体に篭めさせる。
彼女の体も至る所が動くはずの無い傷を負っていたのにも拘らず……今までに無い程の命力が駆け巡り、その体を揺り動かしていた。
二人は実感していた……その先に在る結末を……次が最後の攻撃である事を。
ただ静かに……睨み合いながらその一瞬の為に……命力を体へ巡らせるのであった。




