~あずー、空を飛ぶ~
9月中旬、夏の熱さが徐々に収まってきたとある土曜日の晴れの日。
一筋の飛行機雲が形成され、関西方面へと向かう様にその筋が伸びていった。
「うひいィーーーーーーーー!!」
「あずちゃん暴れないでね!!」
音速を超えた速度で空を飛ぶ茶奈と、ドゥルムエーヴェにしっかり掴まるあずー。
命力を込めた両手でしがみつくあずーは、一歩踏み外せば真っ逆さまに落ちるであろう現状に気が気でなかった。
とはいうものの……この状況の発端は彼女が言い出した事なのだから仕方の無い事なのだが。
先日剣聖に貰った魔剣を早く使い物にしたいと思ったあずーは、茶奈に頼み込みアルライの里まで送ってもらおうとしたのだ。
電車では時間もお金も掛かる……変に倹約するつもりで頼んだ事ではあったが……。
命力が備わった今なら茶奈の航行に乗っかるくらい訳はない……そんなあずーの読みは大外れ、それは想像を超えたとても辛いものだったのだ。
音速を超える事で彼女達に掛かる重圧はとんでもない強さだった。
当然だろう、音速を越えるには本来であれば相当な訓練を積まなければならないのだから。
それでも茶奈にとってはもはや慣れたもので。
体力こそ少ない彼女であったが……それを補い余りある命力が彼女の体を保護する様に覆い、重圧を和らげていたのである。
だがあずーと言えば……成長したものの茶奈よりも命力の扱いに慣れておらず、耐えるのにも必死の様だ。
ましてや茶奈の力は獅堂戦を境に大きく伸びている……その速度は以前勇にグゥの日記を届けた時よりも更に増していた。
こうなれば気圧安定フィールドを張ったとしてもその空気圧そのものが押され彼女達に必要以上の負担を掛けるのである。
「んごごご……アチシもうダメかもォ……オオォオオオォ!!」
「あ、あずちゃんもうちょっと耐えて!! 」
速さに比例し、彼女達は気付けば既にアルライの里の上空に差し掛かっていた。
噴出する炎を弱め、その速度を落としていく。
すると今度は突然……掴んでいた魔剣の角度が地面に向けて大きく傾き始めた。
そしてそれは遂に垂直になり……二人揃って真っ逆さまに落ちていく。
「ぎゃあぁあぁ……―――」
自由落下というよりも、音速まで達した速度そのままで落ちていく感覚が彼女達を襲う。
彼女の叫びが一瞬で聞こえなくなる程、上空から凄まじい速度で降下していった。
ズルリッ!!
その時、あずーの魔剣を掴む手の力が重圧に負け……遂にその手が魔剣から滑り離れた。
途端、その体が茶奈から離れていく。
「ひいいいいい!?」
「あずちゃん!!」
迫る地上。
木々が立ち並ぶ森の中にあるアルライ里の広場目掛けて二人の体が高速落下していく。
あずーの体が大地に迫った瞬間……茶奈が腰に下げたクゥファーライデを掴み、彼女に向けて空気弾を撃ち込んだ。
空気弾があずーに当たった途端、「ぐえっ」という鈍い声と共に爆発の如く圧縮された空気が弾けて彼女の体を跳ね飛ばす。
落下の勢いをも殺す程の衝撃が彼女の小さな体を襲うも、大地に添う様に吹き飛び……たちまちその体は重力に引かれるままに大地へと転げ落ちたのだった。
それと同時に茶奈本人もまたドゥルムエーヴェを上手く操り、見事着地に成功していた。
「あ、あずちゃん大丈夫……?」
着地した茶奈が「トテトテ」と走りながら、地面に落ちたあずーの下へ向かう。
横向きに倒れたあずー……その姿やまるで戦闘後の様にボロボロのドロドロであった。
「ううー」と呻き声を上げているのを聞いた茶奈は彼女が生きている事に安堵の溜息を付く。
そんなあずーの顔は涙と鼻水とよだれまみれ……見るも無残な程にドロドロになっていた。
「うう……もう空飛びたいなんて言わない……」
「あ……あはは……」
あずーは後悔の念を胸にのそりと体を起こすと、ポケットに入れていたハンカチを取り出し顔を拭く。
ふらふらになりながらも、彼女は茶奈に連れられ……カプロの居る工房へと向かって歩いて行ったのだった。