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時き継幻想フララジカ 第二部 『乱界編』  作者: ひなうさ
第二十一節 「器に乗せた想い 甦る巨島 その空に命を貫きて」
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~空に佇みて、島はなお~

 人工的に生み出された嵐は、空島を囲い絶えず吹き荒れ……悠久の時とも言える間、侵入者を拒み続けてきた。

 太陽の光を遮り、暗闇が支配する嵐の中……風向きなど持たず、荒れ狂うままにあらゆる方向から侵入者を嬲る。




 グルウを屠った勢いのままに嵐の中へ身を晒した勇は、朦朧とする意識の中……上下左右とも知れぬその中で、されるがままに打たれ続けていた。


 まるで全身の筋肉が弾けた様な感覚……動かそうと思っても、痺れが伴うだけで一向に動く事すら無い。

 音速を超えた速度を僅かコンマ一秒にも満たない間に加速したのだ。

 空気の層を強引に押し開く……それに伴う衝撃は命力で強化された肉体であろうと無事では済まされない。


 意識が薄れていく中、彼の脳裏に浮かぶのは仲間の身の事。




―――皆は……助かっただろうか?




 自分の事などとうに諦めていた。

 

 そう思えたのは、いつからだろうか。


 最初からではなかったのは間違いない。


 俺の中にはいつの間にか強い自己犠牲心が生まれていた。


 大切な人を失ったから?


 目の前の死を知ったから?


 きっかけは魔剣使いに成ってからだ。


 だが、それを思えるようになったのはきっと……命の力が減り始めた頃。


 いずれ、戦えなくなるかもしれない。


 いずれ、死ぬかもしれない。


 それなら、自身の残り少ない命を仲間に捧げよう。


 そう思ったんだ。


 仲間が自分を危険に晒してでも背中を守ると言ってくれたから。


 そんな仲間達の為に自分が犠牲になるのは怖くない。


 そう思えたから。




            これで良かったんだ……これで……―――




 静かに瞼を閉じる。

 未だ嵐すら抜けきれぬ僅かの間……まるで走馬灯の様に脳内に駆け巡る。

 それは思い出では無く、自分の願いにも似た強い想い。




 このまま彼はどうなるのだろうか?

 このまま海へと落下して海の底に沈むのか?

 永遠に風に嬲られ続けて死ぬのか?




 だが不思議と、その心には恐怖は無かった。




 覚悟は出来ていたから?

 やりきったから?




 だが、その答えは彼の心には響かなかった。




 意識が遠のき、暗闇が彼の心を支配し始める。




―――皆……後は任せた―――






ガッ!!






 途端勇の体に強い衝撃が走り、まるで引っ張られる様な感覚に見舞われた。






「バッカヤロウがあああーーーーーーッ!!」


 突然響き渡る剣聖の声……薄っすらとした視界に彼の姿が映る。

 勇を追い掛け、自身をも暴風へと身を晒しながらやってきたのだ。


 その太い腕が勇の体を掴み、引き寄せていた。


「俺ァてめぇが生きる力は与えてやったがァ!! 命を投げ捨てるこたァ教えてねぇぞォ!! カァーーーーーーッ!!」


 怒号にも足る声を張り上げながら、勇の体を手繰り寄せると……脇に抱え、そしてもう片方の手に掴んでいたアラクラルフを仰々しく振り回した。




 剣聖の力の凄まじい事か……圧倒的な命力から振り出されたその勢いは、周囲を渦巻く暴風すら吹き飛ばし掻き消した。




グゴォォオーーーーッ!!




 勢いの断ち切られた暴風の一部が弾け飛ぶ様に周囲の暗闇を解き放つと……途端太陽の光が差し込み、青の風景が空高く一杯に広がる。




 だが暴風は再び元の形に戻らんとその空間を闇に閉ざそうとし始めた。


 空かさず勢いに乗り、剣聖は自身を弾き飛ばすかの様にアラクラルフで仰ぎ飛ぶ。




 その体はあっという間に空島の領域へと戻り……その姿を島に残る茶奈達に晒した。




 「バサバサ」と激しい空気に煽られ衣服が慌ただしく暴れながら、剣聖の体が慣性に引かれ勢いのままに宙を突き抜けていく。

 そしてそのまま彼等が元居た拠点の広場へと着地し……「ガガガッ」と音を立てながら滑りゆくその脚はあっという間に速度を落として停止した。


「勇さーーーん!!」


 心配していた仲間達が一挙に集まり剣聖の下へ向かう。


 そんな彼等を待つ事無く……剣聖は脇に抱えた勇を無造作に投げ捨てた。

 容赦無く大地へ落とされ転げる勇の体……「ウゥ」と呻き声を上げ、なお彼の意識は残っている様子を見せていた。


「多少なりに命力を分けてやった……死ぬこたぁねぇだろうよ」


 空かさず駆け付けた茶奈が間髪入れずに勇の肩へ触れ、命力を送ると……心なしかその顔から苦痛に歪む顔が緩みを見せた。


「……ったく、簡単に自分を投げ出しやがって……自暴自棄の方がまだマシだぁよ」


 剣聖の言葉に同意するかの様に、茶奈達も軽く頷く。

 それは勇の無茶振りが今に始まった事ではないからこその反応。


「勇さん……どうしてこんな無茶を……」

「ごめん……俺……皆……助けたくて……」


 掠れた声が彼のダメージが及ぼす影響を露わにさせる。


「勇さん……それじゃあまりにも悲しいですよ……!!」


 茶奈の頬を伝う一筋の雫と震えた唇が勇の瞳に映り、小さく開いていた目を僅かに細めさせた。

 心輝やあずーもまた彼女の感情に充てられ、その目に潤いを持たせていた。




 だが、そんな茶奈の背後へと……ゆっくり瀬玲が歩み寄っていった。




「……ふざけないでよ……」

「ッ……セリさん?」




 突然の瀬玲の言葉に周りの誰しもが凍り付く。

 その声は、悲しみよりも怒りに近い甲高い声質。


「そうやって……いつもいつも、自分の事を犠牲にすれば丸く収まるって思ってる……自分が苦労すれば解決するって思いこんでるッ!!」


 その感情は徐々に露わとなり、完全なる怒りとなって彼女の顔を歪ませていた。


「最初から何もッ!! 変わってないッ!! 私達が魔剣を手に入れた時から……アンタ何も変わってないじゃん!! 自分だけがさッ!! 前に居るからってェ!!」


 だがそんな瀬玲の目元にも薄っすらと涙が浮かぶ……昂った感情に籠る怒りと悲しみ。


 心輝が堪らず制止しようとするが……それを止める様にあずーが彼の腕を掴み取る。


「私達が守るって言ってもアンタ何もわかってくれないじゃんッ!! 一緒に戦おうって言ってるのに……なんでアンタは死にたがるの!? どうして信じてくれないのよおッ!!」

「セリ……俺……」


 感極まった瀬玲の感情が目元の雫をみるみるうちに大きくさせ、大粒となりその頬を勢いよく流れ落ちる。

 怒りの感情を吐き出し、悲しみだけが残った彼女の顔は……徐々に崩れ歪めていく。


 感情を露わにした事など殆ど無かった瀬玲の泣き顔は……とても醜く……その在り方をありのままに表していた。




「……もう、耐えられない……私……もう辞める……」




 その時瀬玲が口にした言葉に……周囲の誰しもが声を詰まらせた。


「……もう勝手にすればいいじゃん……勝手に死ねばいいじゃん……もう知らない、付き合ってらんない」


 その言葉を最後に……瀬玲は踵を返し、一人静かにその場を去っていった。

 それをただ見届ける事しか出来ず……誰しもが閉口し、彼女を引き留める事すら出来なかったのだった。




―――




 空島で起きた出来事が全てが収束し、平穏が訪れた。


 乗客乗員を輸送機へ乗せ終えると、兵士達もまた帰還に向けて準備を済ませる。


 その地に居た魔者達も、多くが既に意識を取り戻していたが……ジョゾウの説得の甲斐もあり、大きな喧騒も無く勇達の乗る輸送機が再び空へと舞い上がった。


 だが、瀬玲だけは別の輸送機へと乗り込んだらしく、彼等がニュージーランドに戻った後も彼女とは顔を合わせる事無く帰国する事となった。






 突然に始まった空島を舞台とした戦いはこうして幕を閉じた。






 後日、 国連主導にて再び行われた空島調査にて、ジョゾウは再び空島へと訪れた。


 目的は多々あったが……主目的は当然―――




「ゴゴンよ……伝説と呼ばれし空の楽園で今は眠りたもう……其が願い、拙僧が引き継ごうぞ」


 美しい花が添えられたその場所は、空島の外縁部……土を纏うその場所にゴゴンの亡骸が埋葬され、ジョゾウが一人静かに友の安らぎを願う。




 その後、ジョゾウが現地に残っていた魔者達を説得した結果……それが功を奏し、彼等は国連の主導の下で空島を降り、彼等の保護下で生活を始める事になった。


 空島の外周部を覆う暴風と視界を遮る結界は解除され、これにより空島という未知の領域を得た人類は……各国の合意の下、空島への徹底的な調査を行う事となった。


 調査の結果、幸か不幸か……古代人が遺した武器らしき物はほぼほぼ残っておらず、既に持ち出された後であるという結果が後日勇達の下へ届く事となる。


 その地に唯一残されたウカンデス及び武器と成り得る物は一切の島外への持ち出しを禁じられ……厳しい目を敷いた、人類による空島の管理が始まりを告げた。




 人は過ちを犯すものである。


 例えどんなに高尚な者であろうと、結論が過ちであれば愚行を起こした事になる。


 多くの者達が過ちを受け入れ、成長してきた。


 彼等もまた、同じなのであろう。


 人の想いが交錯し、過ちを告げる。


 時がそれを解決するのか……それとも永遠の過ちが続くのか……。


 その結論は、まだ誰にもわかりようが無いのだ。




第二十一節 完




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