~両雄猛りて、朱と紅~
心輝が両腕を腰の横に沿え、深々と屈み力を蓄える様に構える。
それに対し、メズリは左足を基軸に右足を大きく前に出し翼を後ろに流れる様に構える。
二人の間に緊張が走り、場が命力の揺らぎで空気の流れを僅かに生んでいた。
一触即発……。
その時、空気の流れに煽られ……バランスを崩したガラクタが高らかな音を上げて床へと落ちた。
ドンッ!!
その音を皮切りに強い衝撃音が鳴り響き、二人が同時に飛び込んだ。
「なッ!?」
そう叫んだのは心輝。
メズリの圧倒的な脚力から生まれた飛び出しは、彼の想像を越えた速度で距離を詰めてきたのだ。
それと同時に横一閃で飛び込んでくる脚。
―――防ぐか!? いや……!!―――
咄嗟の判断……心輝は本能の赴くままにその体を思いっきり屈めた。
途端、心輝の頭上を斬り裂くメズリの脚。
あまりの鋭い蹴りは、空気を裂き……周囲に建っていたガラクタに鋭利な刃物で斬ったが如き鋭い切り口を付けていた。
だが回避していた心輝の顔へ、軸足だったはずの左足がかちあげる様に顎下から飛び込んで来た。
それを心輝が空かさず思いっきり背面に飛び躱す。
勢い余り宙を高く舞う心輝の身体……。
そのまま弧を描く様に舞い降り地面へと着地するが……心輝の顔からは既に余裕が消えていた。
依然メズリはその場に佇み、彼の動向を見つめ続けたままだ。
「危ねぇ……今の防いでたら……終わってた……」
「ホホ……よく気付いたな」
その一方で、メズリの表情は余裕の笑みを浮かべ心輝の動きをじっと見据えている。
「我が脚技は極みの技……しなる様に撃ち込まれる我が脚は最早刃物と同様よ。 如何な魔剣と言えど防ぐ事叶わぬわ」
自信ありありと鳩胸を上げ、己を誇示するメズリ……心輝の力量が測れたからであろうか、既にその優位性が態度として表れていた。
「へっ、へへっ……防ぐ事叶わぬってか……へへへ」
途端、歯切れの悪い声から始まった笑い声が心輝の口から漏れ始め、それを聞いたメズリの瞼が僅かに下がり笑顔を殺す。
「……何が可笑しい……?」
「何って……今のマジで言ってたのかよ……? だとしたらよ、随分と楽観的な話だなぁってよぉ~!!」
「何ィ!?」
ケラケラと笑う心輝へ向ける目が細る。
怒りにも足る感情がメズリの脳裏にふつふつと湧き上がっていた。
「お前なんかよりずっと切れ味のいい剣を奮う奴を俺ぁ知ってるぜ……大地を斬り裂くすげえ奴だ。 そんでな、その攻撃すら防ぐ奴だって知ってる……テメェはそいつらの事を知ってて言ってるのかよ?」
だがその答えは返ってこない……知るはずも無いからだ。
「テメェは言わば『井の中の蛙』って奴なんだよ……!! なんて事はねぇなあ、ビビって損したぜ……!!」
メズリの攻撃に怯みを見せていた心輝であったが……その一言が彼の自信を取り戻させた。
今度は右拳を突き出す様に構え、右肩を前に突き出すように体を傾ける……それは今の心輝の心構えの表れ。
「悪いがよぉ……俺も簡単にくたばる訳にゃいかねぇんだ……」
その左手が、目線と同じ高さに現れ顔の横に添えられる。
体現された構えはまさに―――敵を貫く―――その意思の形そのものであった。
「超えさせてもらうぜ、テメェの思い上がった考えをよォ!!」
「ほざけ小童がッ!!」
怒りに駆られ、メズリが一気に飛び込む。
だが途端、心輝のグワイヴが強い光と共にすさまじい炎を吹き出した。
そしてその勢いのまま……心輝の体がぐるりと巻き上げる様に回転し、噴き上げられた炎がメズリを襲う。
「チィ!?」
炎に怯み、メズリが足を床に滑らせ急停止する。
だがその勢いのまま、滑らせた足を基軸に……再びメズリの鋭利な回し蹴りが炎へと見舞われた。
キュィィーーーーンッ!!
凄まじい蹴りの勢いによって掻き消される炎……だがそこに心輝の姿は無い。
「何ッ!?」
だが突然、舞い上がった炎を突き破り、心輝の姿が現れた。
「オラァーーーー!!」
渾身の一撃……力を篭めた拳がメズリの頭上から襲い掛かる。
「クァ!?」
空かさずメズリは再び回転し、その右足の回転蹴りで心輝を迎え撃った。
だがその一撃は炎を掻き消した際に勢いが弱まり、力が籠っていなかった。
ガッ!!
心輝がそれを見抜き、インパクト前のメズリの足を器用に捕まえると―――
「うおおおーーーーー!!」
「グアァァ!?」
足を捕まえた腕のグワイヴから炎が噴き出し、一気に体を高速回転させた。
引っ張られるメズリの体。
その勢いのままに、一回転……二回転……―――
そして一気に床へとメズリの体を投げ叩きつけた。
ドッゴォーーーン!!
「ギハッ!?」
拍子に「バキバキ」と床に亀裂が入る。
そんな事など構う事無く、再び一回転し……今度はメズリの身体へとその拳を伸ばした。
だが寸での所で、メズリが床を蹴り出し飛び躱す。
心輝の目の前で縦にぐるりと回ると、その勢いのまま、鋭い蹴りが突き上げる様に襲い掛かる。
勢いが乗りきれていなかったその一撃を両腕で防ぐが……
ガゴッ!!
「ぐうぁ!?」
強烈な一撃である事には変わらず、心輝の体ごと腕を跳ね上げた。
タタンッ!!
それは床に突いたメズリの両足音。
「終わりだ下等生物がッ!!」
跳ね上げられた心輝へ向けられた殺意が、彼の視線に飛び込む。
溜め込められていく光が輝き、その右脚に力を与える姿を……。
「うおォ……!?」
だが、その一瞬が生死を分けた。
バオォーーーンッ!!
跳ね上げられた腕から突如噴き出す業炎……それが急激に心輝の腕を直下へと押し戻した。
「何ッ!?」
「んがああああ!!」
未だ力溜めきらぬメズリの脚……そこに目掛けて心輝の体が飛び込んでいく。
「ふざけるなぁッ!!」
一瞬の判断……溜まりきっていない力のまま振り上げられたその脚が心輝目掛けて襲い掛かった。
ガッギャアーーーーンッ!!
互いの魔剣がぶつかり、けたたましい金属音が鳴り響く。
バキキッ……!!
途端、細かな破片を舞わせながら亀裂を走らせたのは……イェステヴ。
「バッ……バカな!?」
「ヘヘッ……!!」
心輝の攻撃は、メズリの脚に備えられていた魔剣への直接攻撃。
そしてインパクトの芯がズレ、勢いが殺されたのと同時に……その勢いがカウンターとなり、イェステヴへのダメージに繋がったのだ。
「キサマーーーーーーッ!!」
空かさず飛び掛かる基軸の脚での蹴撃……だが心輝は寸での所で飛び躱し、難を逃れた。
「へへ……やってやったぜぇ……!! まだまだこんなもんじゃねぇからなぁ!!」
「貴様……よほどわらわを怒らせたいと見える……良かろう、なればわらわの力を存分に味合わせてやろうぞ!!」
「減らず口叩いてんじゃねぇーーーぜッ!!」
これを機に心輝が攻勢を掛ける。
両腕のグワイヴが炎を吐き、一気に飛び出した。
「速いな……だがそれまでよ」
その一瞬、グワイヴによる拳撃が見舞われる。
だが、その一瞬で……メズリが姿を消したのだった。
「んな!?」
勢いのまま突き抜けていった心輝が床に足を滑らせその勢いを殺す。
「どこに撃っておる……わらわはここぞ……?」
「へ、へへ……そうだった、忘れてたぜ……!!」
声のする方へと心輝が見上げると……その先には広場の真上に浮かび上がったメズリの姿があった。
悠々と宙を舞うメズリを前に、心輝も僅かに顔を引きつらせながら彼女を睨み付ける。
カラクラ族が飛べぬ訳も無い。
それどころか……空を飛ぶ事で彼女の真価が発揮される事となる。
「思い知るが良い!! わらわの真の力をなッ!!」




