~進路面談その2~
「それで……君も公務員なの……?」
「ウス……」
順番は巡り巡って心輝の番が訪れていた。
教師の前で彼の母親と共に座り面談を受ける心輝……深い事を語らず口を「へ」の字にして教師の言葉を相槌を打つ。
「もしかして君も……相沢君と一緒なの?」
「ウス……」
瀬玲の父親と違い、心輝の母親はそれほど知恵が回る方ではない。
ただただ狼狽えるのみ……そんな彼女は心輝の言う事をただ見守るしか出来ない訳で。
しかし瀬玲という前者が有った為であろう……教師からはそれ以上深い事は聞かず、彼との面談を終わらせた。
―――
勇の番が訪れ、彼と彼の父親が教師の前に座る。
教師が再び進路希望『公務員』と書かれた記入欄を見ると、思わずその口から「ハァ」と溜息が漏れ出た。
「君も……公務員ねぇ……」
「はい」
前の二人とは異なり、勇は自信に充ち溢れた顔付と態度をありありと見せつける。
堂々とした彼の姿がどこか気に成った教師はふと質問を投げ掛けた。
「勇君はこの1年で何か見違える様に大人になった気がします……これも例のボランティアのおかげでしょうかね?」
「はい、そうだと思います」
虚どった態度を見せる事も無く対応する勇を前に……教師は前の二人とは違う雰囲気を感じ取り、自然としかめた顔を軟化させていた。
「去年は割と休みが多かったですが……それでもしっかり勉強し授業にも付いていけています……それでも大学には行かず就職するんですか?」
「えぇ、もう決めたので」
それというのも、教師は以前の勇を知っていたから。
教師も言った通り、この一年で勇は人間的にも大きく成長を果たした。
以前はおとなしめで我はそれほど強くも無い彼だったが……今となっては貫禄すら感じさせる程だ。
女子達が噂するのが判る程に……彼は一足早く、大人に成っていたのである。
死線を乗り越える事で幾度も皮剥けた彼の雰囲気を前に、教師も思わず息を飲む。
「そうですか……分かりました」
一点の曇りもない態度で返事を続けた勇を見て何も心配する事は無いと思ったのか、教師は質問を止めて彼の瞳へ視線を合わせる。
互いの真剣な眼差しが交わり、その無言の意思を伝えると……ふと、教師が微笑み勇へと返した。
「勇君、何があったのかは判りませんが……その気持ちを忘れず、いつまでも上を目指してこれからも頑張ってくださいね」
「先生……ありがとうございます」
教師はそれ以上の事は言わず面談を終わらせた。
彼に関してだけは間違いなく問題無い……そう感じたからだ。
勇と父親は席から立つと教師に一礼し、部屋を後にした。
教室と教室を繋ぐ廊下を二人歩き続ける。
玄関口へ辿り着くと、勇の父親は鞄に仕舞っていた自分の靴の入った袋を取り出し、その靴へと履き替えた。
互いに外履きへと履き替えると、二人揃って外へ向けて歩を踏み出していく。
「お父さんはなんだか聞くだけだったな」
「まぁ、もう進路決まってるしな」
相談室を出て初めて、そこで二人が会話を交わされた。
緊張する事も無く……ゆるりとした雰囲気の中、二人の口元には意図しない微笑みが浮かぶ。
「シンとセリが何を言ったか知らないけど……余計な詮索されなくてよかったよ」
「そうだなぁ……まぁいいんじゃないか、勇なら何が有っても動じないだろ?」
「ハハ、どうかな」
互いに色々あったから……。
獅堂との戦いの前後で、勇だけでなく彼の両親もまた一つの苦しみを乗り越えたから。
それと比べれば、こんな人と話すだけの場などなんて事の無い些細な展開に過ぎなかったのだ。
土曜のこの日……2年以下の生徒は午前中の授業を終わらせ既に帰宅していた。
3年も授業は無く面談で一日を使う為、基本的には休みと同じだ。
二人が校舎から出ると外から運動部の掛け声が聞こえ、各々の夏の大会が近い事を伺わせる。
それは一年前の何も無かった頃の出来事を思い出させ……思わず立ち止まり、その声を聞き入る様に耳を傾ける勇の姿が在った。
その声が徐々に離れていくと、聞き入る為に瞑っていた目が開かれ……その視界に勇の父親の姿を映す。
「あ、俺一人で帰るよ」
「ん? そうか……暑くなってきたから体には気を付けろよ」
「心配要らないよ、俺に関してはさ」
「そうだったな」
そう会話を交わすと、勇の父親は一人駐車場へ向けてのそりのそりと歩き去っていく。
勇はそれを見送ると……校門、学校の外へ向けて歩み始めたのだった。