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時き継幻想フララジカ 第二部 『乱界編』  作者: ひなうさ
第二十節 「心よ強く在れ 事実を乗り越え 麗龍招参」
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~3Rー勇の逆襲~

 戦士にとって、戦いとは本懐であり、その力、その命を最大限に引き出し挑まねばならぬモノ。

 全力になれないのであれば、その者は戦士ではないだろう。


 例えそれが如何な形容であろうとも、その根幹は変わらない。




カァーン!!




 最終ラウンドの開始を告げる金鳴音が鳴り響いた。




 二人の戦士が視線を外す事無く駆け出し、互いの距離を一気に詰める。

 その距離はあっという間にインファイト、殴り合いの可能な距離へと到達した。


 本来距離を取って戦うスタンスの池上が挑むインファイト……それは彼にとって危険な賭け。

 勇に先程のダメージが残っているであろうからこそ、一気に畳みかける腹積もりなのだろう、その動きは彼を追い詰めるかの様に前のめりな動きを見せていた。




パパンッ!!




 軽快なワンツーが勇へと見舞われ、その前進が止まる。

 そしてそこから更に畳みかける様に一発、二発とジャブが続き勇のガードした両腕を叩きつけた。




ビュンッ!!




 途端、勇の牽制の左ジャブが素早く伸びるが……それを図ったかの様に池上の頭が逸れて躱される。

 開いたガードの隙間を縫う様に池上の小さな弧を描いた右アッパーが飛ぶが、勇の首と上体が横に揺れ動き虚しく空を切った。




グォンッ!!




 池上へ向けて繰り出される勇の大きな弧を描く右フック。

 だがその大きく振りかぶられた腕を池上は見逃さず、左腕を持ち上げてその軌道に障害物を設け防ぐ。




パチンッ




 だがその持ち上げられた左腕に当たったのは小さな衝撃のみ……。




「ッ!?」


 その時、池上は「ハッ」とした。

 その右フックこそは、意識をそちら側へと向ける為の……ただの囮。




 本命は―――




ボッゴォ!!




 その瞬間、池上の右腹部に強い衝撃が走った。

 打ってくださいと言わんばかりに両腕を振り上げ、フリーとなった腹部に勇の左拳がめり込んでいたのだ。


「グォ……!?」


 池上の顔が苦悶の表情を浮かばせる。

 それ程までに強烈なボディブロー。






 だが、そんな表情などに気付く者など誰も居るはずもなかった。






バッグォンッッ!!






 突如として大きな衝撃音が鳴り響く。

 勇の渾身の右ストレートが池上の顔面を捉えていたのだ。


 余りの強さに……池上の体が宙でぐるりと一回転していた。




 振り抜かれる勇の右腕。


 命力を使って鍛えられてきた強靭な肉体からの一撃は、練習用の柔らかいグローブを使おうと……池上の意識を断ち切る事など造作も無かった。




ダッダーンッ!!




 池上が勢いのままマットへと沈み、うつ伏せに倒れ込む。

 その体はピクリとも動かず、リング外を見る様に向けられた顔は白目を剥いていた。




「コ、コーウッ!?」


 倉持が堪らず駆け寄り池上の状態を伺う。

 生きている事は確認するが……完全に気を失っており、はたこうが摘まもうが起きる様子は全く感じない。


「あちゃあ……こりゃダメだなぁ、KOだKO」


 倉持は「フゥ」と溜息を一つ付くと……そのままリング外から腕を伸ばし、池上の体を掴み引きずり出す。

 リングから引きずり出された池上は勇の助けを借りて付近にあるベンチへと運ばれ寝かされたのだった。




 彼を運び終えると……倉持が再び申し訳なさそうな顔を浮かべて勇へと顔を向ける。


「すまないねぇ……コウが無茶言っちゃって……」

「いえ、俺も色々得られるものも有りましたし」

「そうかい、そう言って貰えるとこちらも助かるよ」


 そう言われた勇は「どうも……」と一言上げて軽く頷くと、疲れた体をのそりと動かし付近にある椅子へと足を運ぶ。

 ゆっくりと腰を掛け「フゥ」と一息を付いた。


「勇さん、お疲れ様です」

「うん、さすがに疲れた……昨日のダメージもまだ残ってるみたいだ……ハハ」


 小言で返しながら茶奈の助けを借りて腕に巻きつけたテーピングを剥がしていく。

 剥がしきると拳からグローブを取り外し……片手が解放されて自由感を得た指がグーパーを繰り返して解放感を満喫していた。


 同様にもう片手のグローブも丁寧に取り外すと……被ったヘッドギアを頭から脱ぎ去る。

 夏真っただ中という事もあり、湿度が籠る屋内……ヘッドギアを取り去った勇の頭部から汗が流れ落ちていった。


「ふぅ……結構窮屈だなこれ……」


 外したグローブやヘッドギアを隣の椅子にそっと乗せると、茶奈から上着を受け取り立ち上がる。

 立ち上がったその様子は、まるで戦った後とは思えない程に力強く……背筋が伸びた姿を見せていた。


「さてと……俺達はもう行きますよ」


 池上の体調を確認していた倉持へとそう声を掛けると、茶奈と共に入口の方へと振り向いた。


 その時、不意に背を向けた彼等に向かって倉持の声が飛ぶ。


「待ってくれ、ちょっと教えてくれ!!」


 その言葉に勇は振り向く事無く足を止める。


「余計な詮索はしないで欲しいってお願いしましたが」

「あぁ、勿論それはわかってる……」


 倉持が立ち上がり勇の背後へゆっくり近づくが……それに気付いている勇は相変わらず背を向けたまま。


「だからこれは質問じゃなくてただの独り言だと思ってくれ」


 その言葉が聞こえたのか否か……返す言葉も無く、勇はじっと立ち止まり続ける。


「私はスポーツインストラクターだ……人の体付きを見れば相手がどれだけ鍛えられているか多少なりにわかるつもりだ」


 倉持が立ち止まり言葉を連ねる。

 その真剣な面持ちを作る顔はじっと勇の背を見つめていた。


「君の体は美しい。 そう形容する以外に言葉が見つからない。 それ程までに洗練されて鍛えられてきた……素晴らしい肉体だと思う。 本当であれば君のその体を作り出した方法を是非とも教えてもらいたいものだが……さすがにそれは諦めなければならないだろうなぁ」


 美しいと褒め称えたその背中を見つめる目が細り……言葉が僅かな間を置く。

 その眼は真剣で……ただ真っ直ぐ見つめ続けていた。




「君は……その体で……何を殺す?」




 その時、僅かにピクリと勇の背中が動いた気がした。


「もう行きますね……」


 倉持の問いに答える事も無く……勇が足を踏み出すと、茶奈がそれに続き後を追う。


 二人がジムの扉を開いて静かに退出していく様を、倉持が残念そうな面持ちを浮かべながらじっと見送ると……振り返り池上へと歩み寄っていった……。




「勇さん、あの人残念そうな顔してましたよ……」

「そうなの……? 悪い事しちゃったかな……けど命力の事を言う訳にもいかないしさ」


 帰り道……人気(ひとけ)が無い場所で二人が会話を交わし道を行く。




 魔特隊が秘密である理由は、彼等が人並みならぬ命力を有しているからこそ。


 人は突出した者を妬み、畏怖する生き物だ。

 彼等の存在が白日の下に晒される事になれば、人々は彼等の存在を恐れ追い立て……まともな生活を送る事は出来なくなるだろう。


 魔者という存在が公表され、認知されつつある昨今の状況でその事実が発覚すれば……なお一層その「当たり」はより強くなる事が予想される。


 だからこそ福留は、今なお彼等の存在を秘匿し続ける方針を固めているのである。




 全ては戦う者達の些細な安寧の為に。




 勇と茶奈……二人から始まった安寧の日々は今なお続く……そしてこれからもきっと。




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