~2R前半―池上の猛攻~
池上光一……彼は生粋のボクサーである。
幼少期から慣れ親しみ、才能を開花させた彼は倉持に見初められ、ボクサーになるべく道を歩み始めた。
それ故に歪んでしまった所もあったのだろう。
だがそれも今となっては彼を伸ばす為のきっかけに過ぎなかったのかもしれない。
藤咲勇という男に出会う為の……。
「っしゃあコイオラァ!!」
池上の両拳が正面で突き合わされ、「パンッ」と軽い音が鳴ると共にけたたましい雄叫びが場内に響き渡った。
カァーン!!
そして間髪入れず2ラウンド開始の合図が鳴り響き、それと同時に二人が前に足を踏み出していく。
だがその時……池上が予想外の飛び込みで一気に距離を詰めた。
「うっ!?」
突然の行動に反応した勇が動揺し、体を固め防御へと移る。
その変化に気付くも池上は勢いに身を任せ怒涛の攻撃を始めた。
パンパンッ!!
パァーン!!
ワンツーからの渾身の一撃。
先程までの劣勢からとは思えない攻撃は更に続く。
勇もその突然の変化に対応が遅れ、両腕を顔正面に並べ合わせ防御を貫いていた。
パァン!!
パァン!!
怯みながらも正確に防御する勇に対して池上があの手この手を使い防御を崩そうとする。
ガード外からの弧を描いたフック。
防御の間を狙うストレート。
腹部を狙ったボディブロー。
さすがの勇であろうと、命力を伴わなければ常人となんら変わらない……この状況が続けば彼であろうと倒れるのは必至である。
そんな状況を見ていた茶奈ですらも目を見開き彼の動向を心配する様子を見せていた。
だが、そんな中で最も焦っていたのは誰でもない池上である。
―――なんなんだコイツはよォ!?―――
そんな心の声が聞こえるのではないかという程に、攻撃のラッシュは続くが……そんな彼の攻撃を見続けていた倉持も、彼の感じる異変に気付き始めた。
「彼が……動いてない……!?」
如何な屈強を自慢とするファイターであろうと、攻撃を受け続ければ怯む。
怯むはずなのだ。
その結果待つのは、身体の後退……。
だが、それすらも見られない勇の身体。
池上のラッシュが始まる時からリングマットに足を付け、その場から一切動いていない。
まるで攻撃が通用していないかの様にも見え、ただひたすらに殻に籠り続けるが如き姿を見せつける勇。
そして遂に……池上の腕が止まった。
「クソッ!?」
パァンッ!!
最後の一撃と共にバックステップし距離を取る。
同時に放った声は掠れ、肺の空気が既に残っていない事を物語っていた。
「ハァッ……ハァッ!!」
人は力を篭める時、息を止める。
そうする事で体の筋肉が引き締まり力が増すのだ。
殴り続ければ、その間だけ息を止め続けなければいけない。
肺活量が攻撃力・攻撃回数・攻撃速度の全てを握る。
その間に雌雄が決しなければ……待つのは当然、攻撃者自身の酸欠による行動力の減衰。
そしてそれは……逆襲の始まりでもあった。
途端、攻撃的な気配が酸欠の池上の正面に大きく湧き上がる。
赤く腫れた両腕を開き……鋭い眼光を向けた勇の顔が露わとなった。
ドンッ!!
溜め込み続けた鬱憤を晴らすかの如く……勇の左足がマットを鳴らし大きな音を立て、その体が一気に池上の下へと向かって飛び出していった。
「おォおッ!?」
ギュギュギュッ!!
マットとシューズが擦れる高い音が鳴り響き、その脚力の強さを物語る。
勇が先程の池上の勢いすらも掠れる程の素早い動きで接近していく。
それを池上が迎え撃つ様に足を止めて腕を構えた。
ヒュンッ!!
池上の、襲い来る勇へ向けてのカウンター兼牽制の左拳による一発。
だが……途端勇の直線的な前進の軌道がぐるりと歪んだ。
「なぁっ!?」
突き出された拳の腕回りを回るような頭の動き……まるで残光の様に尾を引いたと錯覚する程の速さで、あっという間に勇の体が池上の右横へと「ギュンッ!!」と移動していたのだ。
―――マジかよ……!?―――
その一瞬、昔の思い出がまるで走馬灯の様に脳裏に蘇る。
二年前、調子に乗った自身が勇を殴ろうとした瞬間……同様に回り込まれ、KOされた時の事を。
―――あああァーーーーーー!!―――
声に成らない叫びが脳裏に響き、忘れていたあの時の恐怖が、敗北感が一気に込み上げ池上の感情を支配する。
バグォンッ!!
大きな衝撃音……それと同時に池上の側腹部へと大きな衝撃が走る。
池上の体が腹部から大きく反れ、真横へと大きく跳ね上がった。




