~彼女の決意を乗せた拳~
ドンッ!!
先手を打ったのは茶奈。
溢れ出る命力をふんだんに使用した力強い踏み出しは、大きな衝撃音と共に彼女の体を一直線に勇へと向けて飛び出させた。
そして同時に右拳が勇へ目掛けて突き出される。
パァンッ!!
勇はそれを左手の平で受け止めたが……
ザザァーッ!!
だがその勢いは腕のしなやかさだけでは受け流す事が出来ず、彼の足を滑らせ後退させていた。
「ウゥッ!?」
相当量の命力を込めた渾身の一撃であったその一発。
茶奈はそれを片手で受け止められた事に動揺を隠せないでいた。
その一瞬を見逃さなかった勇は空かさず彼女の拳を掴み取ると、己の体を軸に一回転させ……そのまま明後日の方向へと身軽な彼女の体を思いっきり投げ飛ばした。
「うああっ!?」
宙高く舞い上がる茶奈の体……バランスを取る事も出来ず、体が回り視界が定まらない。
そしてそんな彼女の元へ猛スピードで飛び上がって来る勇の姿が僅かに映りこむ。
パァンッ!!
軽快な音が鳴り響く。
勇の平手打ちが彼女を叩きつけたのだ。
だが寸での所で茶奈は咄嗟に頭を守る様に腕を上げており、直撃を防いでいた。
しかしその衝撃は宙を舞う彼女の体を床の方へ。
幸いその防御が功を奏したのだろう……体の回転の勢いが止まり、それによりバランスを取り戻した彼女は命力を込めた両足でふわりと床へと着地した。
ダンッ!!
閉鎖空間独特の反響音が響き渡る中、空かさず茶奈が見上げると、壁を蹴り出し突撃してくる勇の姿が目に飛び込む。
あっという間に距離を詰め、拳を振りかぶる彼に対し、先程の自身の行動を重ねた。
―――あれはさっきの私と同じ……!!―――
そう感じ取った茶奈は感じるままに飛び退け拳撃を躱す。
それが何かの「振り」だったのだろう。
攻撃を躱された勇はそのまま床へ着地するが……突き出した拳は振りきる事無く肘を曲げゆらりと力を緩めさせていた。
そのまま飛び出す事無く地に足を付けたまま腰を落とし彼女の出方を伺う勇。
彼女の咄嗟の回避行動が警戒心を高めさせていたのだ。
茶奈が飛び退いた勢いを足と片手を滑らせながら摩擦で殺す。
勇を視線から外さぬ様、しっかりと視線を正面に向けながら。
それらは僅かと言える程の間の出来事。
僅かな攻防であったが、そのやりとりは明らかに今までとは異なる雰囲気が感じられた。
目立つのは当然……茶奈の動きだ。
中国での戦い以来、彼女の近接戦闘における技術力は格段に向上している。
命力全域鎧を習得したからというのも大きいが、それに伴い近接戦闘に対する意識が変わった事が最たる理由である。
彼女は決して一連の戦闘技術を今まで学んでこなかった訳ではない。
これまでの訓練には技術力の習得も含まれ、魔特隊の予算の元、『こちら側』の人間限定ではあるが……実際のインストラクターや武術の有段者等を招致しての技術指導等も行ってきた。
様々な指導者の下、戦いにおける体の動かし方、構えや挙動、そして力の作用やその動作に至る体の動かし方など。
戦闘は力だけではなく技術も大事であるからこそ……知識としては茶奈にも備わっている。
ただ、それを実行する意思が今まで無かっただけである。
そしてそれを得た今、彼女は確実に前向きに強くなっているのだ。
「茶奈……あんな凄かったんだ……てっきりキレた時だけかと思ってた」
「茶奈殿は受け皿こそあったが今までは力の使い所がわからなかっただけなのだろう。 迷いが無くなったのであれば後は……己の決定的な欠点を克服するのみ」
アージが呟きながら見つめる先……それは茶奈の顔、映るのは疲弊の表情。
彼女の体力の低さは折り紙付き……命力の量に反比例し極端なまでに低い。
幼少期に受けたネグレクトから栄養失調等に苛まれた彼女の今日までの成長は常人と比べて著しく悪く、それによる影響は彼女の極端なまでの体力の低さだけでなく身体的な脆さや体幹へ大きい悪影響を与えている。
今でこそ食べる物に困る事が無くなり必要以上の栄養を摂取する事が出来る様になった。
その体はふくよかに成長しつつあるが……命力に強化されていると言えど、その力は未だその程度でしかないのだ。
「肉体の強化に重点を置き、それを最大限に高める勇殿に対し……類稀なる命力の申し子とも言える茶奈殿……二人の在り方は両極端であるが、目指す方向が一緒なのであれば、いずれその弱点を克服する事が出来た時……彼女は勇殿すら遥かに越え、今までに無い程の強さを得るだろうな」
二人が対峙し間が開く……まるで勇が茶奈の体力の回復を待つかの様に。
少しづつ彼女の息が整い、緩んだ構えが力を取り戻す。
実際の所は……勇が攻め方を考えていたのが大きい。
茶奈が彼の攻撃を警戒しているからこそ、正直な攻撃は躱され、最悪の場合は手痛い反撃を貰う可能性があった。
乱戦に持ち込めば勝機はあるが、格闘戦に関して組手を行った事の無い彼女の出方が読めない以上……慎重にならざるを得なかったのだ。




