~懺悔と憤り~
控室に誠一郎が戻ってくると……その正面に福留が、彼が入ってきた扉の横には勇が壁に背を当てて待っていた。
「如何でしたかな……?」
「きっと雄英は分かってくれたと思います……あの子が出てこれる日まで、私は彼を待つつもりです」
「そうですか……分かりました」
身内から犯罪者……しかも国家の危機に直面する程の事案……誠一郎も恐らく財閥の長としてやっていく事は出来ないだろう。
だからこそ彼には多くの時間が有る。
それ故に彼は自ら望んでその座を他の者に譲り渡し、獅堂雄英という男を待つ事を決めていた。
それは代表者という立場でもあり、父親という立場からの判断である。
「藤咲勇さん……後の事は、よろしくお願いいたします」
「……分かりました」
誠一郎は彼等に深々と頭を下げ、その頭が上がると一人控室を出ていく。
恐らくこの後予定があるのだろう、刑務所の外ではSPと思われる人物が彼の退所を待つ。
だが、その背中は堂々と……気高く生きてきた彼の生き様を見せ付ける様に凛々しい姿を見せていた。
迷い一つ負う事無く……獅堂誠一郎はその場から姿を消す。
彼は自身に課した覚悟の通り……その後、二度と表舞台に立つ事は無かった。
公道を走る護送車と、それを護衛する為のパトカーが前後に2台、そしてその裏からは福留の車……。
獅堂雄英を移送する為に用意された頑丈な作りの護送車の中には、運転手と獅堂の他に勇の姿があった。
だがそれだけ……広々とした大型護送車の中には護送の警官や看守などは居ない。
「もし彼が暴れた場合、守れる自信が無いから」と……勇が他者の同席を拒否したからだ。
道中は人権の関係上猿ぐつわを付ける事は出来ない。
だが勇の思惑とは外れ……口元が自由になったままにも関わらず、痛々しい傷を残した顔は表情一つ動かさない。
獅堂は一言も発する事無く……拘束着で固められた全身の力を抜き、背もたれへもたれ掛かる様にして椅子へ座っていた。
同じ室内に居る二人が会話を交わす事無く静寂が包む中……車輪がアスファルトを擦り、車体を揺らす音だけが響く。
それに対し、勇は一時も気を緩める事無く……翠星剣を力強く握り締めて立ち佇んでいた。
翠星剣に填められた命力珠には既に力が最大まで貯めこまれており、獅堂がおかしな真似をするものならば即座に斬り殺せる様な状態だ。
間も無く移送先の刑務所に着く……そんな状況の中、不意に獅堂が口を開く。
「……なぁ勇君……」
獅堂の声が上がった瞬間、勇の翠星剣を握る拳に僅かな力が籠る。
「自分がやろうとした事が……ただの空回りだったって事はあるかい……?」
「……あるさ、何度も」
それは獅堂お得意の唐突な質問。
その先で起きる事に良い事は無い……実体験が勇の警戒心を強くさせる。
既に表情は強張っており、獅堂の一挙動すら見逃さない様力強く見つめていた。
だがそんな勇を他所に、どこか晴れやかな顔付を見せる獅堂は……背もたれに首を乗せたまま言葉を連ねた。
「……この恥ずかしさったら無いね……惨めなもんさ……自分の父親に捨てられたと思い込んでた……全然違ってたんだよな……」
「……」
「……ごめんなぁ……俺……本当にとんでもない事……しちゃったんだよな……」
反省の言葉を連ねる獅堂の目からは留まる事を知らない涙が零れ、その目を細める。
その姿を見つめていた勇は、表情こそ変えないものの……翠星剣を握る手の力を緩ませていた。
彼のその言葉を最後に、二人共再び声を発する事無く……移送は完了した。
人は過ちを知り、後悔した時……自分の心の色を大きく変える。
獅堂もまた、父親の誠実な態度と誤解を知り……その自分がしでかした事への後悔の念に苛まれた。
取り返しの付かない事をしてしまったが故に……その後悔は誰よりも強く苦しい。
それ程に重い罪を犯した彼の心は、もはや誰にも救う事は出来はしない。
正義のヒーローに憧れた少年は、自身が倒されるべき悪人側になるとは思ってもみなかっただろう。
だからこそ、彼は救われる必要は無かった。
彼を救うのは……自分自身だから。
正義のヒーローに憧れた自身の役目なのだから。
勇が最後に見た獅堂の瞳は……どこか童心を感じさせる様な純粋な輝きを放っていた。
その時彼が想っていた事など判る筈などは無い。
だが、その心からは……不思議と温かみを感じさせていた。
移送完了の後、勇が獅堂が収監された刑務所から退所すると……開いた扉の先には車の前に佇む福留の姿があった。
「ご苦労様です勇君」
「はい……」
それ以上何も言葉を発する事無く……福留は誘う様に助手席へその左手を向けると、勇は軽く頷き車の傍へと歩いていく。
二人が車に乗り込むと間も無くエンジン音が高々と鳴り響き、車体が動き始め公道を走り抜けていった。
「これで暫く雄英君とは会う事は無いでしょう……貴方の心配は要りませんよ」
「……もう心配はしてませんよ……アイツ……反省してましたから」
本気で反省したかどうかなど口からは判る訳はない。
だが勇はハッキリとそう言い切った……僅かではあったが、勇は獅堂の心の色の変化に気付いた様だ。
「そうですか……後は皆さんの心の傷が癒えるのを待つだけですね」
「そうですね……でも……凄く複雑です」
勇は軽く俯き言葉を濁した。
その言葉を聞いた福留からは作っていた軽い笑顔が消え、横目で勇へ視線を移す。
彼の手は小刻みに震え、顔は何とも言えぬ複雑な……怒りの様な、でも悔しそうな……そんな様に思われる表情を浮かべていた。
「……いっそ徹底的に悪人であった方がどれだけ気が楽か……アイツが反省なんて……俺はこの悔しさをどこにぶつけたらいいのか……判りません……」
勇達の大切な人々の命を奪った事に対して反省をしていた獅堂への怒り……それは当然の様であまりにも理不尽で……。
やり場の無い鋭く尖った感情は……ただ己の心を、全て終わった今でもまだ勇の心を悪戯に傷付けようと暴れまわる。
いつかその感情が和らぐその日まで……。
二人を乗せた車が静かに道を走り、勇の家のある方角へと真っ直ぐ走り去っていく。
彼が心を落ち着かせる事が出来るのは……平穏の待つ日常に他ならないのだから。
友が、家族が待つ街へ……彼は今日も帰るのだ。