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時き継幻想フララジカ 第二部 『乱界編』  作者: ひなうさ
第十九節 「Uの世界 師と死重ね 裏返る力」
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~勇 の 世 界~

 灰色とも黒とも取れる何も無い空間が周囲を支配していた。




 体も動かない。


 声も出ない。


 息も出来ない。




 生きているのか、死んでいるのか、それすらもわからない。




 何故ここに居るのだろう?


 わからない。




 どうしてこうなったのか?


 わからない。




 そもそも自分は誰なのか?


 わからない。




 ぼんやりとした意識だけが、自身を認識出来る。




―――俺の名前は……―――




 そう、思った時……突如()の視界が大きく広がり、白い光が黒い景色を一瞬で満たしていった。




ヒュゥゥーーーーーーン―――




 風が空を切る様な、そんな音が耳を通して脳裏へ届く。

 白く塗りつぶされた視界は変わる事無く、ぼんやりとした音だけがシトシトと聞こえていた。




コトトン、コトトン……




 電車の音だろうか?




ワァァァ……




 人混みの雑音だろうか?




「……イ、逃げ―――」




 誰かの叫ぶ声だ。




 まるで耳一杯に水が詰まったような、そんな感覚の音だけが「ドンドン」と響く。

 見開かれた視界に見えるのは、僅かな淡い色彩を伴った何かがゆらゆら振れるだけだ。


 そんな風景が次第に色を浮かび上がらせていく。


 次第にぼやけた光景が輪郭を帯び、上下に揺れた景色が象り始めた。




―――なんだろう、気持ち悪いこの感じは……―――




 しかしそれと同時に襲い来るのは……悪寒だった。


 腹の底から持ち上がってくる感覚が急に襲い掛かり、吐き気を催す。

 だが、その感覚も収まっては現れを繰り返し……次第に落ち着いていった。




 そんな気分に見舞われた最中も景色は色付きを続ける。

 遂にはその形がハッキリと読み取れる程に見え始めていた。


 そこに見えるのは男が一人。

 暗い影の下で地べたに座り何かを語り掛けてくる。

 その声は依然耳に水が入った振動の様なぼやけた音で聞こえるだけだが。


 すると不意に……視界が大きく揺れ動き、物影から真っ直ぐに正面……光差す場所へと動き始めた。

 そこへ辿り着いた途端、黄色のコントラストを孕んだ白が視界を一瞬だけ包みこむ。




 その時、ハッキリとした()が耳に飛び込んで来た。






「行かせねぇ!! この先はッ!! 俺があッ!!」






―――ウゥッ!!??―――




 その瞬間、()は「ハッ」とする。


 聞いた事のある声、聞いた事のある台詞。

 突然開けた視界、突然透き通る様になった音。




 そして()は認識する。


 自身が「藤咲勇」である事に。

 両手に魔剣【翠星剣】と【アラクラルフ】を携えた魔剣使いである事に。




「この……声は……!?」




 俯いた顔を上げ、そこにある光景を見て勇は驚愕した。


 そこに居たのはデッキブラシを構え、異形の者を前に対峙する一人の少年―――




―――司城(ししろ) 統也(とうや)だったのだから。




ドクッ、ドクッ……!!




 高まる心音、かつての記憶が蘇る。


 その光景、かつて勇が見る事の叶わなかった親友統也の死の瞬間。

 そうあったであろう(・・・・・・・・・)瞬間の一歩前の彼の姿がそこにあったのだ。




 そしてそうなった(・・・・・)姿を脳裏で重ねた時……勇は既に行動していた。




 異形の者が腕を振りかざし、統也に向けて腕を振り下ろそうとした瞬間―――




キュォォォーーーンッ!!




 鋭い命力が籠った翠星剣の切っ先が一筋の軌道を描き、迸る残光を引きながら目にも止まらぬ速さで駆け抜けていった。


 


ッギュオンッ!!




 それは一瞬の出来事だった。

 光の軌跡を刻んだ翠星剣が、腕を振り上げていた異形の者……ダッゾ族の体を貫いたのだ。




ズザザッ!!




 足を踏みしめ突撃の勢いを殺す。

 僅かな土埃が立ち込み、間も無く訪れる静寂。

 彼以外認識する事の出来ない出来事にただ佇む事しか出来ないでいた。




 途端、ダッゾの胴体が「ズルリ」と割れ動く。

 たちまち真っ二つに別れ……肉塊が「ゴトリ」と地面へと転がり落ちた。


 鋭敏となった感覚が、肉塊から流れ出る血の臭いを拾う。

 不快な臭いだが……それが事の終わりを示し、妙な安堵感を呼ん込んでいた。




「ハァッ、ハァッ……!!」




 無我夢中だった。


 ただ、その光景を……かつて死んだ親友の死に様を目にしたくなくて。

 我に返ったのは、体が動き終えた後であった。




「あ、あのォ……」




 そんな時、不意に声が掛かった。

 勇がそれに気付き「ハッ」とする。


 ゆっくり後ろを向くと……そこに居たのは、目を見開かせ、戸惑いの声で話し掛けて来る統也であった。


「た、助けて頂いて……ありがとうございます」


 だが返って来る声はどこかよそよそしい。

 まるで勇が見知らぬ者である様な態度だ。


「えっ……俺が誰だかわからないのか?」


 不意に応えてしまうが……統也は頭に指を充てて考え始める。

 しかし一向にその眉間にはシワを寄せたまま……依然わからない様だ。


「えーッとすんません、ちょっとわからなくて……どなたでしたっけ?」

「あ、いや……」


 無理も無いだろう。

 何故こうなったのかはわからないが、彼は死んだ当時の姿のまま。


 ……つまり二年前の統也。


 となれば、二年の月日で大きく成長した勇を見てわからないのも仕方ない事なのかもしれない。




―――でもなんで統也が……―――




 ただ不思議だった。

 死んだはずの統也が目の前で生きており、こうして今の自分と相対している。


 在り得ないはずの光景。

 だが妙に状況を受け入れている勇がそこにいた。


 再び統也と会う事が出来たからか。

 それとも統也を助ける事が出来たからか。

 あるいは両方か。


 そこで勇は考え込む。




―――もしこれが過去なのだとしたら……「俺」も居るのかな……―――




 そう考えついた時……ふと、勇は自身の名前を出す事に抵抗を感じ始めていた。


「えーっと、俺は……剣聖っていうんだ。 怪我は無いかい?」


 いつか真似た恩師の名を再び名乗り、その場をやり過ごす。

 一度経験すれば意外と手馴れたものか……口調こそ違えど自然に振る舞う事が出来ていた。


「あ、ええ、おかげさまで助かりました……剣聖さんって凄いッすね……もしかして軍隊の方とかだったりするんスか?」


 相変わらずの度胸の強さなのか、先程の緊張など無かったかのようにヒョウヒョウとした態度を取る統也。

 そんな彼の姿を見て、勇は「相変わらずだな」と心に思い笑みを浮かべる。


「ハハ、ま、まぁそんなとこかな……? と、所で友達が向こうに逃げて行ったけど……彼は追わなくて平気なのか?」

「そうだ、やっべェ……勇の奴、ちゃんと逃げ切れたかな……」


 どうやら逃げる先までは考えてなかった様で。

 途端、統也の表情に不安が過る。


「大丈夫さ、彼は生きてるよ」

「本当ですか!? ッてかよくわかりますね?」

「え? あ、あぁ、なんとなくね」


 生きていなければ、自身がここに居ないのだから当然だろう。

 そもそも、ここに居るという事がどういう事なのかすらわかりようもないが。




 思い返すと、ここに至るまでの経緯が思い出せない。

 自身が「藤咲勇」である……これは理解出来るが、それ以外は全く思い出せないのだ。


 記憶喪失か、それともただの夢なのか。

 だが、夢にしてはハッキリし過ぎている……。


 ただ、定義は曖昧ではあるが統也の事はわかるし、この先何が起きた(・・・)かもハッキリわかる。


 どこから夢で、どこまでが現実なのか、その境界があまりにも曖昧で。

 「今まで色々やってきた事」がぼんやりまどろむ様に存在し、自分自身の定義すらあやふやになっていく様だった。




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