アカル用万年筆は量産型
放課後、授業の荷物の他に大量の紙が追加されてパンパンなカバンを持ち上げ、力加減を間違えて机の間にズテッと転んだアカルに手を差し出したのは、いつのまに来ていたのか、幼馴染のミツシ少年だった。
手を差し出しながらも呆れたように苦笑している。
「相変わらず鈍いヤツだな、お前」
「大きなお世話だわよ。体力も魔力もお母さんのお腹の中でナナトにあげちゃったんだもの、しょうがないじゃない」
「ナナトの分頭でっかちなんだから等価交換だろうよ。ほれ、その重そうなモン持ってやる」
幼馴染ならではで双方ともに遠慮がない。引っ張り上げてもらって小さくお礼を述べるアカルの手から荷物を奪い取って、ミツシは教室を出ていった。
しばらく見送って、それから、約束もなく現れて荷物を盗んでいった幼馴染の行動に首を傾げる。
と、後を追ってこないアカルを迎えにミツシが再びドア前に姿を見せた。
「早く来いよ、ノロマ」
「って、え? どこに?」
特に約束もしていなければ行く予定の場所もミツシには用がなく、近寄って行きながらも首を傾げる。
と、ミツシはまたもや呆れたように肩を竦めた。
「俺が迎えに来てんだから技師科実験室に決まってんだろ」
アカルがバランスを崩す程度には重いはずのカバンを余裕げに手に下げたまま、ミツシが反対の手でアカルの二の腕を掴む。
これで手を繋いでいるなら色っぽい仲も疑われたかもしれないが、残念ながらこの姿勢では強制連行の様子にしか見えない。
そのまま引きずるように歩き出されてアカルは慌てて半ば駆け足についていくことになる。
「決まってないわよ。って、ちょっ、待って。早いってば!」
かろうじて教室に残っていた特進科のクラスメイト数人が、そんな一連の様子を珍しげに見送っていた。
いつもならアカルを迎えに行くのは双子の弟の役目だが、それを幼馴染が代わったのはナナトの手が離せないからだった。
「アカルの魔力用にもう1本同じの作ってんだ。今頃できたところじゃねぇか?」
「昨日の今日で?」
「作るだけなら1時間もありゃできる簡単な仕組みなんだよ、あれ。見るからにくっつけただけだろ? 2本目は羽細工じゃなくて銅装飾にするとさ。銅線捻って絡めるだけだからすぐできる」
そこにはセンスが不可欠だが、技師科の学生が数人協力しあっているおかげで銅細工の得意な生徒もそばにいる。分担作業すればさらに時間短縮というわけだ。
「持ち歩くことを考えたら逆が嬉しいわねぇ」
「そういう悲しいこと言ってやるなよ。羽細工に拘ったの、ナナトだぞ」
「あら。じゃあ、聞かなかったということで」
「幼馴染の誼で黙っておいてやる」
フッと笑われて、ついでに歩くスピードもだいぶゆっくりしたものに落とされて、アカルも嬉しそうに笑った。
普段はナナトとじゃれているところを横で見ているスタンスのアカルだが、アカル自身も幼馴染には違いない。気安い口調で話し合えるのはやはり嬉しいのだ。
ナナトが昼休み明け10分前に大慌てで戻っていくのでもわかる通り、教室棟と技師科の実習棟まで10分以上歩かねばならないほどの距離がある。
棟続きでもなく、途中には騎士科と魔術科の実習棟があって、4つの建物で菱形を描く配置になっていた。
間には円形の渡り廊下と中庭が整備されているため、晴れの日は景色が目に優しく、雨の日も濡れずに往来は可能だ。
ともかくその10分以上の距離を辿った結果、着いた場所でドアを開けた瞬間に同じ配色ながら体積約1.5倍の片割れにタックルされた。
タックルしてきた方がそのまま腰に巻き付けた腕でアカルを抱き上げクルリと回って着地させたので、その勢いで転倒するという目に見えた大惨事は避けられたが。
「姉ちゃん、姉ちゃん! 待ってた! ミツシに変なことされなかった!?」
「……しねぇよ。なんだよ変なことって」
「やぁねぇ。変なことされるほど、私、ミツシくんに懐かれてないわよ?」
あっさりと言い切るセリフにアカルを見下ろしたミツシが何か言いたげな表情をしたが、見下ろされる背丈のアカルがそれに気付くはずもない。
そばにいた友人がミツシを励ますようにその肩を叩き、邪険に振り払われていた。
「それで、わざわざミツシくんを迎えに寄越した御用はなぁに?」
「ひとつは姉ちゃんの万年筆も作ったからこれを渡すため。ひとつは姉ちゃんのことだから何枚か魔方陣描いてると思って、それで俺がどうやって魔術を発動するのか実験してみよう、ってことになった。ほら、今まで俺力任せに叩きつけてただけだから、ちゃんとした魔術って使ったことないし」
はいどうぞ、と渡されるのは、1日前にも渡されたのと同じ、万年筆の柄の部分は色違いで羽飾りの代わりに銅線を捩って装飾にされたもので充魔石を隠したソレだ。
昼休みにセイルに指摘されてから準備して作成して今完成しているということは、設計図が出来上がっている状態でこれを作るのは本当に大した時間が要らないらしい。
ありがとう、と受け取る。
が、これに充填すべきはアカルの魔力だ。技師でないアカルは珍しくその充填方法を知らなかった。物識りにもほどがある彼女にしては珍しい。
「魔力を籠めるのって、どうやるの?」
「へ? ……うーん。ミツシ、頼んだ。俺は実験準備」
「はいはい。コニファ姉、魔方陣」
促されて、書き貯めておいた紙の束から既に書き込み済みの分だけ手渡す。それだけでも20枚は下らない枚数で、1日でこれだけ描けることに周りから称賛の声が漏れる。さすがだ、ということだ。
この結果に、魔力追加するから帰りに万年筆貸してね、とナナトから依頼が追加された。
夜のうちにもう少し書き貯めたかったのだが、それはダメなようだ。
ナナトが隣の実験室に入って準備をしている間に、ミツシをはじめとした技師科の生徒たちによる充魔石の使い方講座が開かれた。
そもそも、充魔石というのは特別な魔石ではなく、自然環境で魔力を蓄積して掘り出された魔石が人間によって魔力が空になるまで使い尽くされたものをいう。
悪く言うなら廃品利用だが、これは魔石の特性を利用した使い方である。
魔石には、魔力を溜め込む性質と魔力を放出する性質の両面を持つ。
外からの物理的な圧力にはこれに抵抗してそばにある魔力を吸収し傷を塞ぐ働きが発動する。傷を塞ぐのに必要な分以上の吸収した魔力は石の中に溜め込まれる。
反対に、外からの魔力的な圧力にはこれに呼応して溜め込んだ魔力を放出する働きが発動する。蝋燭ほどの魔力を与えると対応する以上の大きな魔力が出力される仕組みである。
魔石が掘り出されるのは、この出力される方の力が求められたわけだが、その後の研究の結果で魔力吸収の方も発見されて再利用されるようになった、という経緯だ。
それで魔石に魔力を吸収させる方法だが。
ただ傷を付けるだけでは空気中の雑多な魔力まで吸収してしまうため、むしろ人間が放出する魔力をうまく吸収してくれなかったりする。
そのため、専用の魔道具が存在するのである。
「ナナトが魔道具持ってるから借りたら良いと思うぜ」
とのことだった。
魔道具取扱店としては世界でも有数の名店であるコニファ姉弟の実家でも、魔力がゼロに等しいアカルが欲しがれば訝しがられるのも必至だ。専門道具だけに多少値が張る魔道具で、アカルではそう頻繁に使うとも思えないのだから、使うときだけ借りるという選択に否やもない。
問題はその魔道具が男子寮にあるという点だが。まぁ、何とでもなるだろう。