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暁の刃を振りかざせ  作者: kiyama
第1章 異端児たちの学園生活
6/10

レンディアナ王国地政学概論

注意)この回では授業態度の悪さを正当化した表現になっておりますが、推奨するものではありません。授業は真面目に受けましょう。

 北大陸南岸を二分する東側の大国、レンディアナ王国は、国土の7割が深い森と山脈で占められており、海岸沿いに人が住んでいる。

 人口はおよそ3千万人。うち1千万人が魔術師かそれに類する、あるいは関係する職業に就いているといわれる。

 気候はだいたい通年で初夏の陽気。雨が良く降る。山と海に囲まれた土地のため恵み豊かで過ごしやすい土地である。


 西側には山の代わりに砂漠のある同じような条件の大国サラトナ共同統治国がある。サラトナ国側は大陸北部の他国にたびたび襲撃されているためレンディアナ王国にまで目が向いていないのが実情だ。

 北側には北部小公国連合体として協力体制を敷いている小国群がひしめき合っている。いずれも森に覆われた寒冷地で南の大国であるレンディアナ王国が喉から手が出るほど欲しい状態なのだが、残念ながら大陸を分断する大山脈に阻まれてまともな交流もできていないのが現状だった。


 天然の要害というべき地形によって外的から守られ、豊かな風土によって民の豊かな生活を保障することによって安定した国政を維持しているレンディアナ王国では、むしろ人間は余り気味でもあった。

 そのため政策として行われているのが、更なる人材の育成である。全国民に広く提供された教育制度によって、騎士、中でも魔術騎士を中心に多数の有能な人材が育て上げられる。これを他国へ同盟に基づく援軍あるいは傭兵として提供するのである。


 レンディアナ王国のお墨付きによって他国へ赴く戦士たちは、その後方支援の手厚さ故にほぼ全員が母国へ帰還する。そのため、一時的な戦力は提供すれども人材の流出は避けることができる。

 一方、レンディアナ王国から提供される戦力を味方につけたことで実感する他国も、反ってレンディアナ王国へ牙を向けることに躊躇する結果を生むのだ。恩誼しかり、その強大な戦力に対する畏怖もしかり。

 政策は経済面でも国防面でも大成功だった。


 レンディアナ王国の内政は王を権威として戴く議会制である。

 最終決定権は国王にあるが王命であっても議会の承認を必要とし、議会が決する内容でも国王の審査を通さなければ決定に至れない。当然国王は議会の決定を尊重する方針が前提であり、国王の審査を通らない案件でも却下ではなく再検討へ差し戻されるだけになる。

 議会の構成メンバーは公爵、侯爵、伯爵の爵位を持つ貴族および領地を持つ男爵や子爵、貴族の統治を受けない地方組織の選出代表者で構成されている。貴族の専横は監視され、議会全体に癒着が蔓延しようものなら国王の物言いが付く、という相互協力かつ相互監視体制によって、全ての国事方針が決定されていた。

 実際の政治を行うのは文官として国に仕える役人たちだ。議会の決定に基づいて実現のため粛々と施策実行している。各分野ごとに責任者は議会選出の代表者が務めており、これが各大臣と呼ばれる立場だ。各大臣を纏め国王との橋渡しを行う役職を宰相といい、公爵もしくは侯爵のうちから選ばれるのが通例だった。


 ちなみに、第3王子であるセイルは兄が王位を継承しその息子を立太子した時点で臣下へ下り公爵位を得ることになる。宰相に一番近い王位継承権者と目されているのがセイルだった。

 というのも、兄である第2王子が既に国軍所属騎士に就いており、将来は将軍位を目指すと宣言しているのが大きく影響しているのだが。


 アカルの所属する特進科は、援軍派遣や傭兵として国外に出ていく事のない文官職に進むことを期待されている。反対にいうならば、国家官僚の未来が約束された子どもたちということになる。

 そのため、技術のみではなく政治や経済、外交に国防などあらゆる分野で専門分野の基礎を叩き込む授業が用意されているのだ。

 地政学もそのひとつである。


 政治を絡めた地理の学習という位置付けの授業だが、内容は近隣外交と国内でも王都から遠い辺境領地の地理や文化、歴史が主なものだ。

 図書館通いの長いアカルには今更なものばかりで、この退屈な時間を真面目な彼女には珍しく内職しながら過ごしていた。

 参考資料やノートを開きながら、書き込んでいるのは白紙の魔方陣保護紙に昨日もらったばかりの万年筆でひたすら円と記号を書き込んでいく。


 アカルの手元が授業内容に関係ない形で動いているのに気付いた教師が、前面の黒板前でわざとらしい咳払いをした。


「コニファくん。授業を受ける気がないのなら出ていってもらって構わないが?」


 呼びかけられて顔を上げたアカルの表情は、何を言っているのか分からない、とそのまま記述されているかのごとき素直さだ。それから、首を傾げて返してきた。


「何故でしょう?」


「君、私の話を聞いていなかっただろう」


「ザーレン州における小麦出来高とレイト川の水量変化の因果関係についてご説明だったと理解しておりますが、違いましたか?」


 全くもって間違いない。

 二の句が継げず口ごもった教師に対し、アカルは本心から不思議そうだし、真後ろのセイルは堪えきれずにクックッと笑っている。

 手元は別作業をしていても授業内容はしっかり聞いていたことをアカルの返答は示している。とはいえ、授業中に授業とは無関係の作業をされては教師の心情はたいへん面白くない。


「授業中に関係のない作業をするのはやめなさい」


「寝るよりマシじゃないですかね」


 アカルが答えるより先に口答えしたのは、アカルやセイルから少し離れた席に座っているマサキ・レンテだった。

 アカルを庇ったようにも聞こえるがそれは少し違う。マサキ自身も同じく、午前中の授業中に課された宿題をこの時間に内職中だったため、次のターゲットになる恐れがあっただけだ。


 彼もまたセイルと同じく学魔両道で、残念ながら常にセイルの次のランクに付いている今一歩足りない生徒である。学力ランク3位、魔力ランク2位が不動だった。

 特進科は学魔それぞれから上位10位までを編成したクラスである。学力と魔力には因果関係があるためどちらも優秀という確率も高く、必ずしも20名が所属できるわけではない。今年を例に取れば16学年は13名所属しているが、17学年だと分かりやすくぴったり学魔同位で10名の構成だ。


 そんな3番手の掩護射撃に、セイルも人が悪い表情で笑って便乗した。


「無関係な作業などする余裕が生まれないよう興味を引く講義を用意なさるべきかと思いますよ、先生。川の水が少なくなれば水分不足と水質汚染で小麦の出来高も減る、くらいの内容なら、一昨年地学の授業で既出です」


「水量の減少によって水鳥の餌不足も発生するようで流域の穀物に対する鳥害も増えますからますます不作に拍車がかかります。ですので、当年の不作を見越して早いうちから穀物の備蓄を進め、かつ税収見込みの下方修正を図る必要が生じます」


 補足するようにスラスラと説明をはじめるアカルのその内容は、教科書がわりとなる配布資料に記載されていない部分に踏み込んでいる。

 地理に政治を絡めたまさに地政学な内容に、他人事顔をしていた他のクラスメイトまで注目した。ちょうど眠ってしまっている数人は運が悪い。

 それは王子であるセイルも至らなかった内容で、驚いて問い返した。


「え、そうなのか?」


「こちらの資料は踏み込みが甘いですね。農産課の統計資料から読み取れるところですよ。実際に近年では先程申し上げた対策も当然取られています」


 結論が資料に記述されていないことについては授業中に口頭もしくは板書きすることによって補えば良い。だが、鳥害の分布や税収額の変化は資料に載せてしかるべき内容で、授業でそこまで踏み込むつもりがなかったことは容易に窺えてしまうのだ。


「以上になりますが、何か間違いがございましたでしょうか」


「……よろしい。今日の授業はここまで」


 慇懃無礼を隠しもしない生徒たちに追い詰められるように教師がそそくさと立ち去っていくのを、起きているクラスメイト全員が冷めた目で見送る。


 廊下側扉前に席のあるマサキが教師の姿が見えなくなるまで見送って、やれやれと首を振った。


「あの先生、半期休暇明けにはいないな」


「今年の新任だっけ?」


「地政学とかいいながら地理学までしか踏み込まないとか、あんな役に立たない教師なんで雇ったかね」


 マサキのボヤキを皮切りにクラスメイトたちがこぞって扱き下ろす。

 糾弾の主役だったアカルは、あらまぁ、と呟いたきり、再び内職作業に戻っていった。


 もうやだあのクラス、と教員室で嘆いた地政学教師は、次の授業からプリント配布して後は自習させるという暴挙を決行し、マサキの予想通り学園から解雇処分となった。

 事態の発生源となった責任を感じたアカルが配布されたプリントを元に講義を代行したおかげで、16学年前期の地政学概論は滞りなく必要単位を納め前期試験を乗り切ったというのは後日談である。


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