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暁の刃を振りかざせ  作者: kiyama
第1章 異端児たちの学園生活
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月の雫をうつす湖

 魔方陣中央に魔力を当てながら標的に魔術を飛ばす、という作業は簡単なようでいて難しかったらしく、その日は結局用意していた魔術のどれひとつとして標的に当てることができずに魔方陣全て使いきってお開きとなった。

 用意していた魔方陣は強弱取り混ぜて多岐に渡っていたが、どれも元素を呼び出すところまで実現できても指定した形状にならないといった結果だった。相当魔力を食うはずの竜の咆哮ですら発動だけはしたのは唯一称賛に値するだろう。

 流石に珍しくへこんだナナトは、その夜、寮を抜け出して夜の散歩に出ていた。


 隣には心から信頼する双子の姉がいて、夜道で木の根に足を取られるアカルを助けながら、慣れた獣道を歩く。

 ふたりの向かう先には、月の明かりを反射して銀に輝く湖が見えていた。


「しばらく特訓しましょうね。ひとつの魔術を何度も練習してコツを掴めばどんな魔術でも応用できるわ。私も付き合うから、ね?」


 使った魔方陣保護紙は白紙に戻った後再利用できることが分かったので、資源の無駄にもならずいくらでも試すことができるのはありがたい。消耗品はインクくらいだ。

 物品としては負担にもならないほどだが、それより問題はアカルの労力ではある。

 同じ魔術を何度も練習するということは、それだけアカルは同じ魔方陣を描かなければならない。アカルに対しては過保護全開のナナトには、アカルの手にかかる負担が心配だった。

 教室でノートをとるのと大して変わらないわよ、とアカルはナナトの心配こそ不思議そうに返すのだが。


 夜の散歩に出てきたこと自体はナナトの気紛れによるのだが、ここにアカルが同行しているのはそもそもナナトを宥めるためではなく、目的が別にある。

 2本の万年筆に嵌め込まれた充魔石の魔力供給だ。

 そのための道具はナナトの手元に提げられたピクニックバッグに収められていた。


 目的地はもちろん、前方にある湖だ。

 月明かりがあるとはいえ森の中は足元もよく見えない暗さだが、湖の畔に出れば湖面に反射する月光も追加されて夜にしてはずいぶんと明るい。


 この湖は夜にしか現れない幻の湖だった。昼間はこれだけ開けた一帯がすっぽりと森に覆われて見えるのだ。

 昼間に見える森が幻なのか、今大量の水を湛えるこの湖が幻なのか、未だ誰も解明できていない。学園に言い伝えられる不思議のひとつである。


 たぷんたぷんと音を立てて小さく波打つ湖面のすぐ側まで近付いて、そこに転がる丸太に腰を下ろすようにナナトにエスコートされるまま、アカルはそこに座って部屋着のスカートを整えた。隣にナナトも座り込む。


 夜空の月を鏡に写せば見た目の通りぽっかりと丸い月をその反対側に写すだけなのが通常だが、不思議なことにこの湖は湖面全体が銀に輝いて月光を反射させている。

 それゆえにこの湖は、月の雫をうつす湖、月雫湖と名前が付いている。

 近づけば水はやはり無色透明で水底まで見通せる普通の湖だ。


 足元に置いたピクニックバッグから魔道具を取り出して蓋を閉めたその上に置き、羽飾りを付けた万年筆をそこにセットする。

 魔道具の使い方を説明しながら作業するナナトの手元をアカルはほんのり嬉しそうに見つめていた。

 魔道具についてはナナトの方が専門とはいえ、弟に教えられるという経験は滅多にできないのだ。普段逆方向であるだけに、くすぐったい感覚がある。


 月の明かりを反射するため刺激の少ない柔らかな光を浴びながら、心もまた強ばりが解けていく。

 防御回復に特化した月魔法の特性と同様に、月の光そのものにも回復効果があるのだろう。


「……で、ここに手を置いて魔力を注ぐと充填できるって仕組み。……姉ちゃん、聞いてる?」


「聞いてるわよ。ナナトも立派になったなぁと思って」


「ちょっ! 失礼な。一応俺姉ちゃんと同い年!」


「自分で一応とか言ってちゃ世話ないわよ?」


 そんなぁ、と情けない声を上げるナナトにアカルが笑う。仲の良い双子同士じゃれあいながら、ナナトの手元では魔道具がその膨大な魔力を吸い続けていた。


 湖の畔を選んだのは、気分転換の散歩というだけが理由ではない。主因はミツシの忠告だった。

 無尽蔵ではないかと仲間内から疑われているナナトの魔力量ならともかく、アカルにある微々たる魔力を充魔石に吸わせて生命維持に影響が出るほどに吸い尽くされてしまう懸念はないでもない。そもそもが、よく生きてるなと感心されるほどの少なさだ。

 そのため、回復効果の高い月の光そのものの近くで作業することで魔力回復を促してみよう、という安全策なのだ。


 そして、安全策はもうひとつ用意していた。


 ふたりの背後で小枝がパキリと折れる音。

 寮部屋の玄関に忍ばされた手紙に応じてやって来た、セイル王子である。

 もしアカルの身にもしもの事態が発生しても、ナナトでは姉を背負って歩いて戻るしかない。その点、魔力ランク学年1位のセイルには浮遊魔術もお手のもので、それでアカルの部屋まで送り届けられるという手筈だ。


「ってか、コニファ姉の部屋でやりゃ良いじゃねぇか。個室だろ?」


 現れて一言目がツッコミというのもどうなのか。


「俺じゃ忍び込めねぇよ」


 言うまでもなく、女子寮は男子禁制、逆もしかり。姿を隠して忍び込むか窓から出入りするくらいしか入る方法はない。

 それこそはじめからセイルを連れて行けば良いのだろうが、人の多い時間帯に彼と一緒に女子寮に忍び込むなど至難の技なのだ。


 それもそうか、と頷いて、セイルは改めて不思議そうに首を傾げた。


「で、万が一のための俺なのは良いけどよ。毎回か?」


「今回やってみて生命力まで持ってかれるのが分かったら次からは諦めるわ」


「じゃあ、そうなったらその万年筆俺用にくれよ」


 むしろ失敗しろとばかりに目をキラキラさせて強請るセイルにアカルも苦笑を隠せない。欲しいならもう1本作るぞ、とナナトまで気を遣う有様だ。


「つか、コレもしかして商品化したら売れるか?」


「売れるだろ、間違いなく」


「セイル王子愛用なんて宣伝すれば必要以上に売れるわよ」


「おう、良いぞ。広告塔になってやる」


 まだまだ開発途上にも関わらず既に乗り気なセイルである。


 そんな無駄話をしている間に、ナナトの魔力を吸い続けていた魔道具がカチリと音を立てて充魔石を取り出し口に吐き出した。充填できる最大限まで貯まったことを示していた。


 次にアカル用の万年筆から充魔石を取り出してセットする。


「多分一瞬だから」


 それはもちろん、満タンに貯まるまで、ではなく、アカルから吸い取れる量がその程度という意味で。

 吸いすぎ防止のためにこの魔道具には安全装置も完備されているし、装置が作動する前にナナトの手で終了させられること請け合いだ。


 先程のナナトと同じく手を翳す。

 ナナトは魔道具のスイッチに手を置き、セイルはアカルが倒れたらすぐにでも支えられるようにスタンバイして。


「じゃ、いくよ」


 開始スイッチを押した瞬間。

 魔道具がパチンと音を立て、小さく火花が散った。


書き貯めた分が終わってしまったのでしばらくお休みします。

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