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暁の刃を振りかざせ  作者: kiyama
第1章 異端児たちの学園生活
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ドジっこアカルさん

 分厚く古めかしい装丁本を3冊ほど抱えて、大きく湾曲して設置された豪華な装飾の施された手摺がつけられている赤絨毯敷きの階段を、慎重に慎重を重ねておそるおそる下りてくる少女がひとり。

 見渡す範囲に他の人影もない薄暗い図書館だった。数少ない窓際に閲覧テーブルが設置されているが、出入り口に程近い階段ホールは現在無人だ。

 階段正面にあるカウンターにも、普段は誰かひとりくらい待機しているはずの職員の姿がない。


 レンディアナ王国立ナーガ魔法学園大図書館。この場所は現在16学年必修科目である魔法史学総論の授業で貸し切られていた。

 そのため、図書館職員もカウンター業務はせずに学生たちのレポート執筆補助に回っているのだ。


 学園16学年所属である少女も現在同授業に出席している立場であり、レポート執筆に必要な資料を2階から探しだして持ってきているところだった。


 それにしても、重いとはいえたかが本3冊を抱えている程度で慎重すぎる足取りだが。


「おい」


「ひゃっ! っきゃあっ!!」


 突然の声に驚いて足を滑らせたアカルが、残り数段の上で尻もちをついて下まで落ちてきた。


 窓際にある閲覧テーブルの方から書物を守るためあえて薄暗くされている館内の暗がりに紛れるようにやって来た少年が、階段をゆっくり降りる彼女に気付いて声をかけたのが原因だった。

 イライラした様子なのは、教授が適当に割り振ったグループ授業で彼女と同じ班を押し付けられた苛立ちついでに、資料を探してくると言って勝手に席を立ったまま待ちぼうけを食らわせられた腹立たしさからきているようだ。


 が、全く気付いていないところから驚かされた彼女は、悲鳴を上げると共に顔を上げ、その拍子に階段から足を滑らせたというわけだ。

 残り数段とはいえ滑り落ちて身体を強打するのは免れない。にも関わらず、手も突かずにむしろ抱えた本を抱き締めていた。自分の身体よりも抱えた貴重書の方が大事らしい。


 悲鳴とドタドタという物騒な音を聞いて何人かの生徒が狭い書架の間を抜けて駆けつけてくる。

 その生徒たちを掻き分けて、少年がひとり飛び出した。


「姉ちゃん! アカル姉ちゃん、大丈夫!?」


 髪の色は姉と呼んだ少女と同じ赤茶色。しっかり結ってお下げにした少女と違ってザンバラに切り散らした髪が、わんぱくそうな顔立ちに良く似合っている。


 いたた、と強く打ったらしい尻たぶをさする彼女に手を差し出す少年に、彼女は自分の手ではなく抱えたままの本を乗せた。


「姉ちゃん……。本より姉ちゃんが先だろ」


「あら、本の方が先よ。これを待ってたんでしょう? 禁退出本だから大事に持っていってね」


「俺には姉ちゃんの方が大事なの。これは預かるから、ほら、掴まって」


 掴まって、と言いながらも、姉が手を伸ばしてくるのを待たずに少年の方から腕を掴み引き、立ち上がらせる。

 見たところ出血も無いようでひと安心だ。


 一方、声をかけたものの彼女が転んでしまったため無視された形になってしまった同班の級友は、唖然としたままそこに立ち尽くして事の成り行きを見守るしかない状態だった。

 急に声をかけたせいで彼女が転んでしまったのは見たままで、とはいえただ声をかけただけなので自分に責任があるともいえず、ただばつが悪いのだ。

 そもそも、急だったとはいえ声をかけられたくらいで驚いて勝手に階段から落ちるなど、どんくさいにも程がある。


 目撃していたわけではないものの、ただみているだけの彼の様子に悟るものがあったようで、姉に手を貸しながら閲覧テーブルに戻る道すがら少年は彼を睨み付けた。


「見てんじゃねぇよ、役立たず」


「なっ! こ、コニファが勝手に驚いて転んだんだろ!!」


「転んだ責任まで言ってねぇよ。バカか、お前」


「こら、ナナト。喧嘩売らないの」


 ポスッと全く痛そうではない音を伴って彼女が弟の頭に拳骨を乗せる。その軽い衝撃に合わせて少年は首を竦めた。

 そうして、ふたり寄り添って閲覧テーブルの方へ戻っていった。途中まで来ていた野次馬のうち男女何名かが、転んだ少女というよりはそれを助けに行った弟を出迎えて、じゃれながら去っていく。


 特に何もしていないのに何もしないうちに事態が推移して何事もなく終息してしまい置いてきぼりを食らった彼は、先ほどまで燻らせていた苛立ちをさらに募らせて床を蹴りつけた。


「何なんだよ、クソ!!」


 ご愁傷さま、といった有り様である。





 レンディアナ王国立ナーガ魔法学園16学年には、同学年内では知らぬもののないほど有名な落ちこぼれ姉弟がいる。

 ふたり合わせて一人前と揶揄される彼らは、王都および有力地方都市の各地に支店を展開する小売店、コニファ商会創業者一族の次代を担う予定とされる双子の姉弟だ。

 姉の名はアカル・コニファ。学園16学年特進科所属学力ランク主席。肩書きだけをみればエリートもいいところだが、残念ながらこの学園は王国の特産である魔術師を産出することを目的として設立されており、魔力は学年最下位という彼女は誰にも見向きもされない落ちこぼれだ。頭でっかちは必要ない、ということらしい。

 弟の名はナナト・コニファ。学園16学年技師科所属で学力ランク最下位争い常連者だ。魔力ランクも学年内ではちょうど真ん中といったところだが、魔力はあっても魔術体系を覚えられないため大技が繰り出せず、魔力を力任せに叩きつけているが故の成績だった。潜在魔力は測定器を信じるならば学年最強だという。

 双子だけに、ふたりで能力を別々に分けあって産まれてきたのだろうというのが世間一般の見解であり、おそらくは間違いない。


 そんなコニファ姉弟が所属する学園は、10歳から18歳の能力ある上流階級の子供たちを集めて国を代表する魔術師になるよう教育する、全寮制の共学校だ。

 年次が若いうちは全員を均等に分配したクラス編成で一般教養および魔法に関する基礎知識を教育する。15学年からは、能力と将来性から学科を分けており、魔術科、騎士科、技師科、特進科のそれぞれで特化科目の授業が追加されるカリキュラムだ。

 このうち特進科については学力ランクおよび魔力ランクのそれぞれ上位10名しか所属できない学科になっており、将来は王国上位官僚として活躍させるべく詰め込み授業が行われているハードスケジュールだった。学力ランクも考慮するのは、文官ならば魔術を使用する機会もないためその能力は度外視されるという事情による。


 そんな特進科の教室で、大方の予想に違わず実はしっかり足首を捻挫していたアカルは、自席で王子さま然としたキラキラ容姿のイケメンに恭しく捻挫した足を持ち上げられたまま大爆笑されていた。


「相変わらずドジだなぁ、コニファ(あね)! お前、動かない方が良いんじゃないのか?」


「ちょっと、セイル! 笑ってないで姉ちゃんの足治せよ!」


「はいはい。ナナトもシスコンぶりすげぇな」


 爆笑こそ治まったもののまだ笑っているセイルが捻挫の患部に手を当てて治癒魔法を施す。軽い捻挫程度、セイルにとっては切り傷を治すよりも簡単だ。

 いや、今となっては、という接頭語がつく。


 セイルが治癒能力に長けているのは今その治癒能力の恩恵を受けているアカルのおかげだった。

 そうでなければ喩え級友といえどもただで治癒魔法など使ってやらないだろう。これでも治癒魔法は国内でも駆使できる人間の限られる貴重な能力なのだ。


 何事も、能力の駆使にはその及ぼす対象に対する知識が必要不可欠である。

 火を扱うならば火が燃える原理を知る必要があり、水を扱うならば水が循環する仕組みを理解する必要がある。

 同じように治癒魔法を扱うならば治癒対象、つまり人体の仕組みを理解する必要があった。医師の基礎知識と同レベルだ。

 その難しさ故に、治癒魔法が駆使できる人間が少ないのである。治癒魔法そのものは、簡単な切り傷なら子どもでも治せる、むしろその魔力量を見た目で測る指標になるものだった。


 ならば、仮にも魔法学園の在籍しているアカルであるのだから、セイルにその知識を授けたほどの知能もあることであるし、捻挫くらい自分で治せば良い、と言いたいところだが。残念ながらそうはいかない。

 アカルの魔力の無さは、知識があれば切り傷を治すより簡単な捻挫すら治せないほどなのだから。

 それ故に、貴重な知識を授けてくれたお礼にアカルの専属治癒魔法師状態に収まったセイルである。


 軽い捻挫を治してもらいながら、アカルはセイルとナナトの軽口の応酬を呆れて見守っていたりするのだが。


「セイルはもう少し集中力上げたら良いんじゃないかしら。あなたの能力ならこの程度の捻挫瞬殺でしょうに。ナナトはもうちょっと言葉を改めなさいな。ご好意で許していただけているとはいえ、仮にも相手は王子様よ」


「仮にもとか言ってる時点でアカルも大概失礼だろ」


「あら、ごめんなさい。そんなに畏まられたいならすぐにでも……」


「やめてくださいアカルさん」


 全ての言葉を言い終わる前に土下座の勢いで遮ったセイルに、アカルは楽しそうに笑っていた。


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