第6話 食事の支度と古竜の娘
お昼前の暖かな日差しが森に降る。
森の中の屋敷前で、巨大猪グレートボアが置かれていた。
アンナが解体のための道具やシーツを台所から運んでくる。
広場を掃除していた子供たちがぞろぞろと集まってきた。
「わあー、すげー」「おっきい、いのしし!」「おいしそう~」
「ユーシアさまが捕まえてくださったのですよ」
「さすが魔王さま!」「ユーシアさま、すごい!」「つおい!」
子供たちは豪華なご飯を予想してか、みんな笑顔で喜び合った。
アンナがぱんぱんと手を叩いて注目させる。
「さあ、皮をはいで解体しましょう。大きいですが、兎の解体と要領は同じ。生きていく上で大切なことですから、みんな覚えましょう」
「「「は~い」」」
それから道具を使って解体を始めた。
アンナは金髪を縛って邪魔にならないようにしていた。
年長の男の子サジェスは茶髪を揺らしてナイフを使う。
二人がかりで巨体の皮をはいでいく。
女の子は腸を丁寧に水洗いした。
男の子は広げたシーツの上で骨から肉の塊を切り離していった。
壷に入れて塩を振る。
しばらくして広場近くの藪がガサッと音を立てた。
黒いマントを翻し、ユーシアが猪を肩に乗せて立っていた。
「ふははははっ! 我輩にかかれば猪の一匹や二匹、造作もないわ!」
「さすがですわ、ユーシアさま! ――さあ、こちらに!」
アンナは金属のタライを地面に置いた。
ユーシアは頷き、猪の頚動脈を切ってタライへと血を入れる。生暖かな湯気が立つ。
「くくくっ。液体の血が腸詰になるだと? 楽しみではないかっ」
「ままー、洗いおあったー」
最年少の女の子――フルールが傍に来た。中を綺麗に洗った白い腸が桶に入っている。
アンナが優しい笑顔になって褒める。
「よく頑張ってくれましたね。さあ刻んだ野草と、解体時に出た小さな肉片を入れましょう」
それから手際よく腸詰が作られた。
大量に余った肉は、壷に入れられ塩漬けにされる。
水分が抜け切ったところで燻製にしてさらに保存性を高める予定だった。
ユーシアは青空を見上げた。白い雲が柔らかく浮かんでいる。
「もう昼か……向かうのは昼食後だな」
「え? どこかへ行かれるのですか? エメルディアはどこにいるかわかりませんが……」
「ふんっ。ならば知っているものに会いに行けばよい! ――そやつらはきっと南の村にいるからな」
「な、なるほど……村に滞在する魔王姫軍に尋ねるのですね! では、急いでお昼の支度をいたします。みんな手分けして手伝って」
「「「は~い」」」
台所で火を起こす子、水を井戸からくみ上げる子、食材を切る子。
屋敷の周りを今まで以上に子供たちが動き回った。
お腹がすいていたからに違いない。
ユーシアは広場に立ち、傲慢な態度で部下たちの仕事振りを眺めている。
しかしどこから取り出したのか、手には紙の束を持ちペンを走らせていた。
そんなユーシアを、年長のサジェスだけは浮かない顔をして見ていた。
◇ ◇ ◇
一方その頃。
森の南にある村では、魔王姫軍の小隊が駐屯していた。
村の大通りに、ずらっと人形兵が音もなく整列している。
村人は恐れをなして家に閉じこもっていた。
宿屋兼酒場では、魔物たちが昼間から酒を飲んで騒いでいる。
しかし隊長の豚魔族――オークのアンドロポフだけは、苦虫を噛み潰した表情で骨付き肉を頬張っていた。
「遅い! ガブとグブは何をやっている! 女と子供ぐらい、すぐに捕まえてこれるだろうが! ――このままじゃ、王都決戦に間に合わねぇ!」
アンドロポフの座るテーブルに、一人の少女が近付く。
長い黒髪にすみれ色の美しい瞳をした娘――リスティア。
「でしたら、あたしが様子を見てこようか?」
「へっ! 荷物引きがでしゃばるんじゃねぇ!」
リスティアは拳を握り締めつつ必死で訴える。
「こ、これでもあたしは、かつて魔王軍筆頭を務めた漆黒古竜の子孫。魔王さまのお役に立つのが使命……」
「翼をもがれたトカゲが偉そうに!」
ぎゃはははっ、と酒場に嘲笑が巻き起こる。
くっ、と悔しそうに唇を噛んでうつむいた。
「こんなはずでは……あたしは、あたしの一族は! 魔王様に仕えるために生まれてきたのに……っ!」
リスティアの悲痛な言葉は、酒場の喧騒に消されてしまった。
エメルディアは魔王姫と呼ぶことにします。