第61話 すべて魔王の手のひらで
王都フェリクの外周は戦火に包まれていた。
人々は逃げまどい、街壁の上では兵士たちが弓を放ち、槍を振るう。
ゲバルトは壁の上を駆けながら、銀毛を膨らませて吠える。
「ひるむな! 敵の部隊は統制が取れていない! 力任せに襲ってきているだけだ! 防御陣を崩すな!」
「「「はい!」」」
兵士たちは険しい顔をしながらも、戦意を感じさせる声で答える。
「よし、その調子だ――必ず、ユーシアさまは助けに来てくれる……必ず。それまで持ちこたえろ!」
――が。
突然、巨大な火柱が街門前に上がった。
「な、なんだ!?」
顔を青ざめさせた兵士が駆け寄ってくる。
「ゲバルトさま! 炎巨人です!」
「くっ! 波状攻撃か! ――手薄な北側を襲う気だ! 魔法部隊を回せ! 俺を援護しろ!」
「はっ! 伝えます!」
ゲバルトは大剣を肩に乗せて街壁の上を駆け出した。
陽光を浴びてふさふさの毛が銀色に輝く。
走りながら大剣を振るう。
壁を上ってきた魔物をすれ違いざまに斬り捨てた。
また、空を飛ぶ魔物を斬撃の衝撃波を飛ばして打ち落とす。
そのたびに「おおっ!」「さすが!」「そんな技が!」などと、兵士たちが驚きの声をあげた。
ユーシア不在の中、王国軍の士気はぎりぎりのところで保たれていた。
そしてゲバルトは北門まで来ると上から飛び降りた。
炎に包まれた人の二倍以上ある巨人たちの目前まで一直線に駆け抜ける。
振り上げた大剣がきらりと輝く。
「ここから先は一歩も進ませない!」
「なんだ? 犬が吠えてるぞ。がははっ! ――食らえ!」
先頭のひときわ大きな炎巨人が槍を振るった。
それだけで巨大な火柱が立って天を焦がした。
ゲバルトは大剣を盾にして炎をしのぐ。
「く――っ! なんて強さだ!」
「強い? まだまだ小手調べだぞ、がはは!」
乱杭歯の目立つ巨人が大口を開けて笑った。
そしてまた槍を無造作に振る。
ドゴォォン!
ゲバルトの後方、街壁を焦がすように火柱が上がる。
「ぐわ!」「熱い!」「ぎゃあ!」「助けて!」
兵士たちが炎に巻かれて倒れていく。
ゲバルトは銀毛を逆立てて叫ぶ。
「ひるむな! 絶対に門を開けなければ、必ず――」
――が。
ギィィィィ――ッ、と鈍い音を立てて門が開いていく。
さすがのゲバルトも口を半開きにしてうなった。
「な、なにをしている……あ、あれは」
開いた門から美しくも不気味な半身半蛇の化け物が這い出て来た。
ディアボロスが高々と掲げる右手には美しきエルフの姫、シルウェスが捕らえられていた。苦しげに顔をゆがめている。
ゲバルトは膝を振るわせていた。
「な、なんてことだ……どうすれば……」
「もう終わりなんだよ、犬っころ!」
ゲバルトの体が陰に隠れた。
いつの間にか、炎巨人が隣に立って槍を振り上げている。
ゲバルトは悔しげに歯をかみしめ、目をつむった。
「くっ……油断した! ユーシアさまになんとお詫びしてよいか」
「げ、げばると……逃げろ……」
捕まれたシルウェスが息も絶え絶えにつぶやく。
ディアボロスがにんまりと目を細めて笑った。
「美しくもない裏切り者は殺してしまいなさい」
「了解! ――しねぇ!」
炎巨人が槍を突き出した。
――がぁん!
硬いものを叩く音が四方の平原に響いた。
続いてドゴッと、土にめり込む鈍い音。
黒いトカゲが頭から地面につっこんでばたばた暴れていた。
ゲバルトがはっと目を見開く。
「リスティア!? なぜ、ここに――まさか!」
唐突に大気を震撼させる高笑いが鳴り響いた。
「フハハハハッ! この程度で我輩を罠にはめたつもりか! 愚か者どもめ!」
敵も味方も一斉に笑い声の発信源を振り仰ぐ。
声は城の上から聞こえていた。
晴れ渡る青空の下、高い塔の上に胸を反らしてユーシアが立っていた。
ばさばさと黒マントが風になびく。
ユーシアはニヤリと笑いながら、手を突き出す。
「まずは南からといこうか――暗黒闇星波」
動きを止めていた魔王姫軍が重力によって地面に叩きつけられた。
「ぐあっ!」「なんだこれは!」「つ……つぶれ……ぐぅ」
力の弱い魔物から順に潰れていく。
人間の兵士たちからどよめく声が挙がった。
「ユーシアさまだ!」「ユーシアさまがまた来てくださった!」「なんと頼もしい!」「さすがユーシアさまだ!」
「我輩は常に一番おいしいところをもっていく! それが魔王ユーシアだ、フハハハハッ!」
彼の最高に楽しそうな笑い声は、王都の四方にあまねく響き渡った。
◇ ◇ ◇
魔王姫城の人形工場。
だだっ広い倉庫のような広間の中央に魔王姫エメルディアとヤルンストラがいた。
ユーシアは作業台の上に寝かされており、白目をむいている。
しかしエメルディアもまた、大きな瞳を驚愕で見開いていた。
スクリーンに映し出された王都の映像と目の前のユーシアを交互に見る。
「な、なぜじゃ! ユーシアはここにおろう! むう――ヤルンストラ、騙しよったのか!」
「そんなはずはありません! 私は命令にさからえないではありませんか――!」
頭に生えるねじれた二本の角からパチッと静電気を発しながらヤルンストラが叫んだ。
「だったら、なぜ――」
「そんなもの、二つに分けたからに決まっておるわ!」
作業台で死んだ振りをしていたユーシアが目を見開いて叫んだ。
エメルディアが驚きのあまり尻餅をついた。スカートがめくれてパンツが見える。
「な、なんじゃと! なぜ意識があるのじゃ! お、おぬしは魂を封印されたはず――それに分割じゃと!?」
ユーシアがゆっくりと身を起こした。
作業台の上に片膝を立てて座り、不敵に笑う。
「我輩を正攻法では倒せぬ以上、封印してくるのはわかっておった。だから分割した上で一人はここへ、もう一人は素直に封印されたというわけだ」
エメルディアが幼い手足を使って、ずりずりと後方へ尻で這う。
「くぅぅ……こ、ここで会ったが百年目……真の魔王である妾がやっつけてやるのじゃあ……っ!」
「はっ! くだらん! こんな幼児が魔王を名乗るなど言語道断! 百年早いわ!」
「くぅっ! わらわの安住を破壊した上に、侮辱する気か!」
エメルディアはぐぬぬっと唇を噛んで睨んだが、ユーシアは取り合わない。
「ふん、わがままを言うだけの子供に魔王が勤まるはずがない。したたかさではディアボロスの方が上だろう」
「な、なんじゃと! ディアボロスはわらわの忠臣ぞ!」
ユーシアは、ギラリと犬歯を光らせながら、怖い笑みで彼女を見下ろす。
「ほーう、忠臣か……。くくくっ、面白い。本当かどうか、見てみようではないか」
とても楽しそうに笑いつつ、ユーシアはスクリーンを眺めた。
エメルディアは悔しそうに唸りながらも、ユーシアに釣られて画面に目を向けた。
早いところでは明日から発売するようです。(でもゲーマーズだと25日発売になってる……)
アニメイトとメロンブックスなら特典SSが付きます。たぶんとらのあなも。