第58話 シルウェスVs.ディアボロス!
王都フェリクにある城。そのの2階にて。
窓から爽やかな光の差す廊下にて、シルウェスはディアボロスに戦いを挑んだ。
怒りを切っ先に込めた激しい突き。
――ギァンッ!
ディアボロスのさりげなく出した右手に、シルウェスの剣は弾かれた。
彼女は赤く妖艶な唇から、ふふっと含み笑いをこぼす。
「なかなかの剣撃ですが、この程度じゃわたくしには届きませんよ」
「くぅっ! ――ならば!」
シルウェスはバックステップして離れると、剣を構えつつ詠唱を始めた。
しかしディアボロスが叫ぶ。
「今です、ヤルンストラ! 城まで運びなさい!」
「ああ、そんなっ」
ヤルンストラは泣きそうな表情とは裏腹に、頭の角をバチッと光らせる。
次の瞬間、疾風よりも早く駆け去った。意識を失ったユーシアを背負いながら。
「しまった――ッ!」
シルウェスは歯ぎしりをして悔しがった。美しい顔が悲痛に歪む。
「ふふっ。油断しましたねぇ。わたくしの作戦勝ちです」
「くっそぉ! ――お前を倒して、後を追ってみせる!」
シルウェスは翡翠色の瞳に怒りを燃え上がらせて彼女を睨んだ。
「それは楽しみです。さあ、どうぞ」
ディアボロスは挑発するように手のひらをひらひらと動かした。
シルウェスの声が廊下へと高らかに響く。
「我が名シルウェストリスと契約せし、土炎の精霊マグニート! 我が呼びかけに応じ、大地の怒りを具現せよ――溶岩竜召還!」
彼女の構える剣から激しい炎が生まれた。逆巻きながら形を取る。
真っ赤に燃え上がる刀身に四本の足を持つ獣の姿が重なる。トカゲに似ていた。
「やぁぁぁ!」
シルウェスが風のような早さで踏み込んだ。
ディアボロスは手を前に出したまま、余裕の笑みを崩さない。
「虚無の破片 深淵の慟哭 すべてを喰らう牙となれ――虚無魔顎」
突き出す右手が漆黒の禍々しいオーラに包まれる。
しかしシルウェスの接近が早かった。
炎一閃。
――ギィンッ!
堅いものを切断する耳障りな音が響いた。
ディアボロスの肘から先の手がドサッと落ちる。
「ん……っ! やりますねぇ」
「まだまだ――うわっ!」
シルウェスがとっさに剣を振りながら横に飛んだ。
彼女が今までいた空間を黒い影が駆け抜ける。
キィンッ――ぎゅああ!
間一髪黒いものは弾いたが、甲高い悲鳴が響いた。
ディアボロスの右肘から黒い蛇のようなものが出現していた。
ギラギラした赤い目を持つ獣の顔がぐぐっと持ち上がる。その動物の顔は崩れたように醜かった。
口には溶岩のトカゲを咥えている。
トカゲは悲鳴を上げながら激しく身をよじってもがいていた。
しかし魔獣の牙が幾重にも食い込んで逃げられない。
ディアボロスが大げさなしぐさで首を振った。緑の髪が妖しく波打つ。
「本当の姿を晒すのは、あまり嬉しくありませんね。せっかく美しい体をエメルディアさまからいただいたというのに」
ゴリッ、メリッと鈍い音を立てて、腕の獣が溶岩のトカゲを食いつくした。
シルウェスは赤い唇を震わせて呟く。
「せ、精霊を食らうだと……化け物め」
「否定はしません。わたくしもこの姿が嫌いでしてね。やはり絡み合うなら美少女同士でないと! ――さっさと終わらせてしまいましょう」
ディアボロスは緑の髪を揺らして大きく一歩踏み込んだ。
不気味にうねる右手を振り抜く。
黒い腕が鞭のようにしなって先端の牙が襲い掛かる。
「くっ!」
シルウェスは後ろに飛んだ。
さらに黒い腕が空気を切り裂いて追撃してくる。
床に転がって避けた。
ドレスのスカートが乱れて、すらりとした太股がのぞいた。
ディアボロスが舌舐めずりをして見下ろす。
「いい脚線美ですねぇ……素晴らしい眺めです。――ああ、もっと時間をかけてあなたの美しさをもてあそびたい」
「こ、この変態め……!」
シルウェスは素早く立ち上がりつつ、服の乱れを正す。
ディアボロスが一歩前に出る。
シルウェスは下がる。しかし背中が壁に当たった。
はっと息をのむ。左右を見て逃げ場を探すが、腕から延びる魔獣の頭部がしっかりと狙っている。
「さあ、もっと精霊を呼んだらどうです? 魔法を使わなければわたくしを傷つけられませんからねぇ」
「出したらまた喰う気だろう……認めたくないが、精霊魔法とは相性が最悪だな」
「だからわたくしは逃げずに戦ったのですよ。――さあ、もっとあなたの美しさを堪能させてください」
ディアボロスが興奮した目つきで唇をなめた。魔獣も同じく舌を出す。
シルウェスが剣の柄を握りしめる。
「――ならば、切っ先を当てる瞬間に召喚する!」
その時だった。
ドドッと廊下に複数の足音が響いた。
城の兵士が数名、駆けつける。
「シルウェスさま、王都南方に敵襲――なんだ!?」「どうされました!」「何者だ!」
戸惑いながらも槍や剣を突き出してけん制する。
シルウェスは赤髪を揺らして叫んだ。
「来るな! お前たちでは――」
彼女が言い終わる前に、ディアボロスの下半身がドレスとともに吹き飛んだ。
煙の中、黒い影が疾風のように動く。
――バシィッ!
「ぐっ!」「ぎゃあ!」「ぐあっ!」
兵士たちは吹き飛ばされた。壁や天井に叩きつけられて動かなくなった。
ディアボロスの下半身が黒と緑の鱗に覆われた蛇の体となっていた。
蛇の尻尾を揺らしつつ、倒れた兵士を見下す。
「無粋ですねぇ。二人だけのお楽しみに水を差さないでください」
「今だっ!」
注意がそれた今を見逃すシルウェスではなかった。
昼の日差しが美しく差す廊下を、赤いドレスを翻してディアボロスに駆け寄った。
◇ ◇ ◇
一方その頃。
穏やかな平原を雷となって駆け抜けるヤルンストラの姿があった。
上半身は裸だが、体の輪郭自体はぼやけている。
頭から生える2本の角はバチッバチッと何度も電光を放っていた。
そして背中におぶわれたユーシアは息をしているのかも怪しいほどに動かなかった。
しばらくしてヤルンストラの足が止まった。水色の髪と美しい胸が反動で揺れる。
雑草が風に揺れるだけの平原。周りには何もない。
「王都からだいぶ南に来たけど。ここは? ――あ!」
突然彼女の目の前の空間が揺らいだ。
直径1キロはある灰色の巨大な岩が出現する。
岩の上には黒い石壁を持つ大きな城が乗っていた。
ヤルンストラは息をのんで見上げた。
「こ、これが魔王姫城……」
ゆっくりと城が降下する。
ズズ……ンッ……。
岩の下部が地面に衝突して土煙を上げた。
すると地面に面した岩壁に扉が浮き上がった。
両開きの巨大な扉。
それがゆっくりと開いていく。中は闇のように真っ暗だった。
ヤルンストラの顔が緊張で固まる。
しかし体は勝手に動いて城内へと入った。
彼女が入るなり、後ろで扉が閉まった。
同時に、ろうそくの明かりがぼうっと灯る。
2本のろうそくが等間隔に並んでいる。
どうやら壁に沿って階段があるらしい。
誘導するかのように灯りは上まで続いている。
「ユーシアさまを連れていけというの……ああ、上まで行ったら本当に……」
「行けばよかろう」
「えっ!?」
ヤルンストラは慌てて振り返った。
背中で気絶していたはずのユーシアが犬歯を見せて勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「どうした? さっさと運ぶがよい」
「ユーシアさま!? 生きていらしたのですか!」
「ふんっ。当り前だ。我輩が死ぬはずがない。封印されたのは2分割した片方だ」
「え……どうしてそのようなことが」
ユーシアの笑みに怖いぐらいの残忍さが加わる。
「相手が馬鹿でないと仮定した場合、もう我輩に勝てる手段は残されていないと気付いたはず。だとするなら別の手段を取って来る、確実に。そして我輩はかつて一度封印されたことがある。今度の相手も封印しようとしてくる可能性は十分にあった」
「で、では、どうして封印されるがままに?」
「スパイ、毒の投下、二人きりの状況。魔王姫軍の戦力低下。士気低下。これらを考えると、ただ封印するわけではない。我輩の力を欲するはずだ――いきなり攻めてきたのは驚いたがな。好条件で――例えば世界の半分をやるぐらいの提案で我輩と交渉してくるかと思っていたが……それだけ奴らは焦っていたとみえる。いや、失態続きのディアボロスが焦ったとみるべきか」
水色の髪を揺らしてヤルンストラが驚く。
「そ、そこまで先読みをされていたと言うのですか……っ!」
「ふんっ。上に立つものとして、常に最悪の事態を考えて対策を立てるのは当然だ」
「さ、さすがユーシアさまです……でも、よくわかりましたね。私ですら知りませんでしたのに」
「本来、誰でもできるはずの役目をわざわざ光速移動ができるお前にしたと考えた時点で、ただ封印するだけの作戦ではないと理解できたな」
「すごい……やはり私は――ごめんなさい、ユーシアさま。今は裏切者ですが、それでも私はいつかユーシアさまにお仕えしたい……」
「よかろう。貴様の能力は、我輩は高く評価している――この戦いが終わったら我輩直属の部下として召し抱えてやろう」
「ありがとうございます、本当に嬉しいです。――あ、足が勝手に……」
水色の瞳に感激の涙を浮かべていたヤルンストラが歩き出した。
笑顔を浮かべながら真っ暗闇に灯るろうそくの間を通っていく。
かすかに鼻歌まで歌っている。
そんな彼女の楽しそうな態度に、ユーシアは眉間にしわを寄せた。
背負われている状態で腕を前に回す。
ちょうど彼女の形の良い胸を掴む体勢になった。
ヤルンストラは華奢な体をびくっと震わせる。
「やんっ、ユーシアさま!? 何をなさって……」
「ふんっ。貴様は演技が下手だな。同族をさらわれた上に、助けを求めた相手を裏切ったという絶望的状況であるのに、少し喜びすぎだ。こうして少しばかり苦し気に顔を歪めているがよい」
「そ、そんな……あっ、いや……っ」
軽やかな指先で胸をもてあそばれたヤルンストラは、切なげに眉を寄せて頬を赤く染めて喘いだ。
すらりとした足をがくがくと震わせながら壁沿いの階段を上っていく。
それでもユーシアは手の動きをやめない。
下着に包まれた胸を強く掴み、時には優しく掴んで、自由自在にもてあそぶ。
彼の指の動きに合わせて胸は柔らかく変化し続ける。
ヤルンストラの声を殺した息遣いだけが真っ暗闇の中に響く。
「う……っ。いやぁ……っ。ダメ……あっ」
声だけなら泣いているようにも聞こえた。
耳やうなじまで赤く上気させた彼女を、ユーシアは背中から見下ろしながら満足そうにうなずいた。
「ふむ。期待以上の反応だな。この敏感さはなかなかのものだ――さあて、魔王姫エメルディアの顔を拝ませてもらおうか」
喘ぎながら階段を上り続けるヤルンストラの背中で、ユーシアは不敵な笑みを浮かべていた。
ご報告。
現在連載中の「旧魔王Vs.異世界魔王!」が7月23日にレッドライジングブックスより書籍にて発売されます。
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