第5話 おぞましき魔王城!
青空の天頂近くから、まっすぐな日差しが降り注ぐ。
森の中の屋敷を魔王城にするため、ユーシアは森へと踏み込んでいた。
屋敷からある程度離れると、手に持っていた槍に黒いオーラを纏わせる。
「《幻影結界》――ふんっ!」
一息で槍を半分以上地面へ突き刺す。槍は人形兵が持っていたものだった。
後ろには修道服を着たアンナが従っている。
「あの、ユーシアさま。いったい何をされているのでしょう?」
「魔王城に雑魚が近付くようでは面倒だからな。我輩の部下以外近づけぬ結界を張っておる」
「まあ! 子供たちが安全に過ごせるために結界を張ってくださっているのですね! なんとお優しい……やはりユーシアさまは、勇者――」
ユーシアはアンナを振り返って鼻で笑う。
「ふんっ、勘違いするな! この世を地獄の惨状で覆い尽くすという、我輩のおぞましき目的のためにやっているだけだ! ……ただ部下を守るのは当然のこと。部下の命をないがしろにする上司は上司失格だからな!」
「それは、どんなに役に立たない部下であってもでしょうか? ……ティセちゃんとか、フルールちゃんとか」
アンナは小さい子供の名を言った。心配そうに胸に手を当てている。
ユーシアは犬歯を光らせ怖い笑みを浮かべた。
「何を言う! どんな部下でも正しい役割を与えれば、役に立つ! 役に立たない部下などと言うのは、部下を使いこなせない上司の世迷いごとにすぎん!」
「さ、さすがですわ、ユーシアさまっ!」
アンナは感激した様子で胸の前で手を合わせた。
その後、屋敷を四角く囲むように結界を設置した。
ブゥゥンと低い音を立てて地面に刺した槍が振動を始める。
「うむ。これでよし、と」
「ありがとうございます、ユーシアさま」
――と。
目の前の茂みがガサッと動いた。
巨大な猪が姿を現す。口の端からは2本の鋭い牙が伸びている。
結界が発動したため、境界まで押し出されてきたのだった。
アンナが、口を手で押さえて息を飲む。
「ひっ、グレートボア!」
グレートボアはユーシアたちを見るなり、前足で土を蹴った。
「ブモォォォォ!」
ユーシアたち目掛けて、まっすぐに突進してくる!
途中の木の枝は折れて飛び、小石が弾かれて飛んでいった。
ユーシアはゆらりと足を肩幅に広げて立ちつつ、目を細める。
「芸がないな――我輩の偉大さを理解できぬ雑魚とみえる」
――グレートボアは鼻息荒くユーシアに迫る。
「ユーシアさまっ!」
アンナの悲鳴。
ドンッ!
深い森の中、ユーシアのマントが揺れた。
ただそれだけ。
グレートボアの牙を掴んで突進を止めていた。
ぐぐっと腕に力を込めて猪の巨体を持ち上げる。
「ブモモッ!」
猪は短い脚を激しく動かすが、空を切るばかり。
木漏れ日の中、ユーシアは下から巨体を見上げつつ、残忍な笑みを浮かべた。
「終わりだ――真空影波」
黒い刃が飛び、ズバッとグレートボアの首筋を切った。
真っ赤な血が噴き出す。
「グモモモモ――ッ!」
痙攣するように巨体を震わせ、そしてすぐに動かなくなった。
滝のように流れた血は、重力を無視してすべてユーシアの口へと流れ込む。
白い喉がごくりと上下する。
アンナが目を見開き、声を失っている。怯えるかのように震えていた。
「ゆ……ユーシアさま……」
一分ほどですべての血を飲み干した。
ユーシアは牙から手を離し、猪の巨体を掴んで肩に担いだ。
犬歯を血で赤く光らせつつ言う。
「ふむ、食後のデザートにしてはなかなかの味だった。――残りは部下たちの食料になるな」
「あ、はい……ユーシアさま……」
アンナは呆然とした表情で元気のない返事をした。
「なんだ? ――ふははっ、血を飲む姿の凄惨さに恐れをなしたか! 貴様もようやく我輩が魔王だと確信したようだな!」
アンナはふるふると首を振った。木漏れ日に金髪が美しく輝く。
「いえ、血をそのまま飲むなんて、お腹は大丈夫でしょうか? それが心配で心配で……。野草とともに腸詰して茹でれば、とても美味しいソーセージになったのですが」
くわっとユーシアの目が見開かれる。
「そ、そのような食べ方があったのか! ――よかろう! どうせこの付近にもう1~2匹うろついているはずだ! 部下たちの安全のためにも、今度は血抜きせずに仕留めてこようではないかっ!」
「はい、でしたら屋敷で用意してお待ちしております。あ、そのグレートボアは運んでくださいね。解体して保存しておきますから」
「よかろう! 心して待っておるがよいわ! ――ふははははっ!」
二人は森の中の屋敷に戻った。
玄関前の広場に猪を置くと、ユーシアはマントを翻してすぐに森へと戻っていった。