第57話 ユーシア大ピンチ!
王都フェリクにある城の中は、井戸に毒物を入れられたために騒然としていた。
人のいない廊下で、ユーシアはヤルンストラと向かい合っている。
ヤルンストラだけが毒を飲んでいないことを追及したのだった。
彼女は水色の髪を乱して必死で訴える。
「ユーシアさま、私はなにも知りません! きっと偶然助かったのです」
「ほう。まあいいだろう。――ちなみに貴様は病気をしていると言ったな? どんな病気だ?」
「物心ついたときから、心臓が……」
「そうか」
ユーシアはゆっくりと手を上げた。
彼女を指さしたと思ったら、一気にドレスの前を引きちぎる!
彼女の上半身が露わになった。陶器のように白い肌がさらされる。
下着に包まれた形のよい胸が弾けるように震えていた。
彫像のように均整の取れた美しさだった。
呆然としているヤルンストラ。
「――きゃあッ!」
一瞬遅れて事態を飲み込んだ彼女は両腕で胸を隠し、しゃがみ込んで背中を向けた。
「な、なにをなさるのですか、ユーシアさま!」
「なるほど。背中か」
「え?」
ユーシアはなだらかな曲線を描く彼女の背中を見下ろす。
「どうやら知らぬ間に手術されていたようだな」
「え、え?」
ヤルンストラの背中には、うっすらと一本の線があった。
「本人に知らせずにスパイに仕立てたというわけか」
ユーシアは考える。
――ということは、雷巨人を生け贄に使うという作戦も嘘だな。
この娘を我輩の下に行かせるために作り上げたブラフ。
「そんな! ――あ!」
彼女の頭に生える角が、バチッと電光を放った。
次の瞬間、ヤルンストラはユーシアを羽交い締めにしていた。
ユーシアは身動きのとれないながらも、ただ冷静に考え込む。
「ふんっ、なるほどな。二人きりになるチャンスを作るために毒を投じた、というわけか――邪魔が入っては困るようだな。つまり――」
「か、体が勝手に! ユーシアさま、お逃げください!」
行動とは裏腹に、彼女は真剣な顔で逃げるよう諭す。
しかし、ユーシアはニヤリと笑う。
「背中に当たる感触……なかなかのよい形をしておるな」
「……っ! ユーシアさま! 今はそのような時では――あ」
恥ずかし気に頬を染める彼女。
その胸の真ん中から光があふれだした。
円の中に幾何学模様が浮かぶ魔法陣。
ユーシアの全身が激しい光に包まれて延び縮みする。
さすがのユーシアも動揺した声を上げた。
「こ、これは、邪気封印! ――なぜ異世界の魔王姫どもがこれを知っている!!」
「ユーシアさまっ!」
「遊んでる場合ではないな――ぬうう! ハァッ!」
ユーシアはヤルンストラの腕をふりほどきつつ、素早くターンした。
黒マントが音を立てて翻る中、黒いオーラをまとった右手を突き出して、ヤルンストラの胸を下着ごと掴む。
美しかった胸がゆがんで、指の間から柔らかくはみ出る。
彼女は痛みに美しい顔をゆがめてあえぐ。
「くうっ! ユーシア、さまっ!」
ユーシアは空いた手に黒い霧を発生させて、魔法陣を掴む。
「これしき! ――光陣二分割闇腐蝕!」
ユーシアを丸く囲む魔法陣。
ピシィッと乾いた音を立てて亀裂が入った。
「ふんっ、我輩にかかればこんなもの――」
きらめく燐光を残して魔法陣は――消えなかった。
「なに!?」
ユーシアの体が光りながら、さらに伸び縮みして新たに生まれた魔法陣に取り込まれていく。
「なっ! なぜ消えない! まさか! ――こいつの魔法陣はおとりだったのかっ! というか、なんだこの魔法陣は! 初めて見る――ぐわぁぁぁ!」
床に広がる魔法陣に光が吸い込まれた。
ドサッとユーシアの体が倒れ込む。
ヤルンストラが胸を隠しながら叫んだ。
「ゆ、ユーシアさまっ!」
彼女がユーシアを助け起こした。
しかしユーシアは白目をむいて動かなかった。
その時、廊下に声が響いた。
「初めて見る魔法陣は、さぞ戸惑ったでしょうね……ふふっ」
「だ、だれ!? ――あ、あなたは!」
廊下に新しい人影が現れた。
緑色の長い髪を揺らして女性が進み出てくる。
魔王姫軍四天王にして最高司令官であるディアボロスだった。
妖艶さの漂う美しい顔。赤い唇が喜びで震えている。
「さあ、ヤルンストラ。連れてくるのです」
ディアボロスの言葉に反応したかのように、ヤルンストラが機敏に動いた。
ユーシアを抱え起こして背中に背負う。
驚きの表情をディアボロスに向ける。
「え!? 体が勝手に!? ――いったい、私に何をさせようというのっ! ユーシアさまに何をしたの!」
「こちらの古文書をもとに生成した新魔法、邪魂封印――彼の魂だけを封印しました。体はいろいろ使い道がありますのでねぇ」
「た、魂だけ!?」
ヤルンストラは背負ったユーシアを振り返る。息をしているのかもわからないほどに、反応がない。
ディアボロスは感極まった表情を浮かべて身もだえする。
「ユーシアを人形化すれば最高の手駒となりましょう。障害を排除したうえで戦力増強につながる。素晴らしい案だとは思いませんか?」
「そ、そんな……!」
「さあ、話してる暇はありません、さっさと運びますよ」
「くうっ!」
ヤルンストラが歩き出す。ディアボロスは笑いをこらえきれないでいた。
――と。
廊下に鋭い声が響いた。
「ユーシアさま! 大変です、魔法障壁が――なっ!? 貴様は……ディアボロス! やはりヤルンストラ、騙していたな!」
エルフのシルウェスがドレスを翻して駆けつけた。
異常事態と見るなり、腰に下げた儀典用の細剣を抜き放つ。
ヤルンストラは水色の瞳を潤ませて首を振る。
「違うのです……体が勝手に……」
「これだから巨人は信用ならない!」
シルウェスの鋭い言葉にヤルンストラの表情が泣きそうなほどに歪む。
一方ディアボロスは優雅に手を前に出してポーズをとる。
「そう簡単には帰してくれませんか……。余興には丁度いいでしょう。ヤルンストラ、能力を使って全速力で魔王姫城にユーシアを運びなさい。――あなたはこのディアボロスさまが相手してあげましょう」
「くっ! 望むところだ! ユーシアさまを返せ!」
「わたくしが倒せるのならね。くふふっ」
「その言葉、忘れるな! ――でやぁぁぁ!」
人気の少ない広い廊下にて、シルウェスは赤髪を燃えるように逆立てながらディアボロスへと突っ込んだ。
次話は三日後ぐらいに更新します。